花のうてな 10

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二日後、迎えに来るように頼むと迫間とは別れた。 そしてすぐに男衆を呼ぶと楼主への言付けを頼んだ。 返事はすぐに返ってきた。 楼主は升麻がそうする事をわかった上で話を振ってきたのだろう。 升麻が淫花廓を出ると伝えても然程驚きもせずに「そうか」とだけ答えたらしい。 ミサキインテリアの事まで予想していたかはわからないが、きっと楼主ははなから升麻を男娼にする気はなかったのだろう。 蜂巣に閉じ込めて他の男娼と接触しないようにしていたのも、升麻のような異例の存在で他の男娼が戸惑わないようにしていたのかもしれない。 ぶっきらぼうでポーカーフェイスで、態度や口調はすこぶる冷たいが、誰よりも淫花廓の事を思い、男娼たちを大切にしているのは間違いなく楼主だ。 亡くなった祖父がこの場所を大切にしていた気持ちが改めてよくわかる。 まる窓から差し込む太陽に目を細めながら、升麻は拳を握りしめた。 体調は万全とはいえない。 だが戻ると決めた以上、自分にできる事を精一杯やらなければならない。 だがその決意を鈍らせるものが唯一あった。 それは舛花のことだ。 ここを出ていけば舛花とは会えなくなる。 あの声で名前を呼ばれることも、あの体温で包まれることも、あの優しい眼差しで見つめられることもできなくなってしまう。 升麻にとって舛花は光だ。 初めて恋を教えてくれて、人を好きになる気持ちを教えてくれた人。 そして升麻のコンプレックスごと受け入れてくれた人。 ようやく結ばれたのは最近で、日毎…いや毎分毎秒舛花という存在が自分の中で大きくなっていっているのがわかる。 一緒に来てほしいと言ってしまおうかとも思った。 男娼には身請けというシステムがあり、相応の対価を払えば淫花廓から連れ出す事ができる。 金を払えば舛花を手に入れ一生そばに置いておける。 しかしつまりそれは舛花の人生を金で買うという事と一緒だ。 それがどうしても升麻には決断ができなかった。 もしも仮に身請けが成立し舛花と一緒に外の世界で暮らせたとして、それがどれだけ幸せな生活であっても、舛花の人生を金で買うことはできない。 升麻を好きでいてほしい気持ちはある。 誰よりも一番に愛してほしい。 だがそれを強要して、舛花の人生全てを奪う権利など升麻にはないのだ。 何より彼はこの場所で輝いている。 そしてそんな彼を求めて足を運ぶ客もいる。 もしかしたら舛花に会う事を生き甲斐にしている客だっているかもしれない… そう思うと、舛花を独占したい気持ちにブレーキがかかってしまうのだ。 好きという気持ちはもっと温かくて優しくて心地良いものだと思っていた。 だが、実際は好きになればなるほど苦しくて辛くなる。 そばにいて、独り占めにして、誰にも触れさせたくない。 本当はずっとそばにいたい… しかし、升麻にはやらなければならないことがある。 そこからもう目を背けることはできない。 「言わないと…」 淫花廓を去る日まで残り僅か。 升麻は舛花に真実と気持ちを伝えようと覚悟を決めた。
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