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楼主に許可をもらい、升麻は蜂巣から外へと出た。
淫花廓へ来た初日は精神的にも追い詰められていたため景観を愉しむ余裕などなかったが、改めて見てもこの淫花廓という場所がどれほど美しい場所かわかる。
その美しさは廊下の木目や窓枠の細部にまで行き渡っており、もはや有形文化財に認定されてもおかしくはない。
庭がまた素晴らしかった。
玉砂利の敷き詰められた庭園には、手入れの行き届いた彩りの花や木々が美しく配置され、どこを見ても見るものの目を楽しませてくれている。
最後に淫花廓という場所を見たかったのは、個人的な興味はもちろん、ミサキインテリアの代表としてこの場所の価値を知りたかったからだ。
祖父が愛した淫花廓。
人の欲望が入り乱れる場所。
ここでは夜毎淫靡で卑猥で妄りがましい行為が行われている。
肩書きや表の顔を忘れて、ひとりの男娼と一夜を共にする。
外の世界では高いぼったくりの風俗だと罵る人もいるかもしれない。
だが、ここにいる男娼は皆大金を積まれた分だけしっかりと客をもてなす知識やマナーを身につけている。
その努力は升麻自身、身をもって経験し知る事ができた。
この場所、そして男娼たちには価値がある。
そして、ミサキインテリアにとってなくてはならないビジネスパートナーだ。
会社も人も決して一人で成功することはできない。
支え合ってこそ、素晴らしいものが生み出されそれが繁栄していくのだ。
それを改めて強く思う。
庭を散策しながら今後の事を考えていると、ふと木々の間に目が止まった。
「あの花…」
庭の真ん中に咲く大輪花と違い、ひっそりと小さく咲く薄紫の花。
その花のくす玉のような丸い蕾が、風に乗ってゆらゆらと揺れている。
一度舛花が見舞いにと摘んで来てくれた花だ。
「そう言えばこの花の名前、聞きそびれちゃったな…」
舛花が庭師に聞いといてやると言っていたが、きっと忘れているに違いない。
こんな小さくてか細い花、きっと誰も目に止めないだろうな…
升麻はしゃがみこむとその俯向いてる花を指先で掬い上げた。
するとその時、突然さぁっと風が吹きその花とくす玉のような蕾が揺れる。
風の波に乗るように、左右に揺れる小さな花たち。
ふと、どこかでこんな景色を見たことがあったような気がした。
花の名前も知らないのに不思議だ。
突き抜けるような青空に向かって風が吹き上げていく。
何枚かの葉が風に舞って踊るのをぼんやりと眺めていると、突然背後から腕を掴まれた。
「升麻っ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、舛花が青ざめた顔で立っていた。
「舛花…?」
「部屋にいないから死ぬほど焦った」
この世の終わりを見たような顔で舛花が呟く。
よく見るとその肩は上下に揺れている。
どうやら走って探し回ってくれていたらしい。
「楼主に許可をもらったんだ。でももう見習いじゃないから自由に見ていいんだって」
升麻はそう言うとにこりと笑ってみせた。
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