花のうてな 11

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花のうてな 11

「はぁ…」 舛花は何十回…いや何百回目かわからない盛大なため息を空中へと吐き出した。 吐き出した先には雲ひとつない快晴の空。 直射日光から舛花を守っている木の枝には見事な色の羽と嘴を持った小鳥が美しい音色で囀り、庭に咲く季節の花や木々たちは陽の光を浴びて喜んでいる。 そんな穏やかな昼中だが、舛花の周りだけはどんよりと重く淀んでいるようだった。 ついさっきまでゆうずい邸のトップ男娼に入る漆黒という男娼が一服していた。 だが、舛花の抱える暗い雰囲気と溜め息に嫌気がさしたのか「辛気臭いのがうつりそうだ」と言っていなくなってしまった。 「チッ…あの髭おやじ、せめて煙草一本くらい恵んでくれたっていいのによ」 舛花は舌打ちとともに再び溜め息を吐き出した。 確かに今の舛花はお世辞にも明るいとは言えない。 四六時中溜め息を吐かれていい気分になる人間なんかいないこともよくわかっている。 だが、自分の行いを思い返すたび後悔とやりきれなさと悔しさが押し寄せてきて、溜め息でも吐いていないと到底やっていられない精神がずっと続いているのだ。 升麻と気不味い別れ方をしてから一か月。 結局、升麻とはあのまま離れ離れになってしまった。 升麻の方から会いに来てくれる事もなく、何をしているのかという情報さえ一切入ってこない。 これまでの舛花なら、こんな状況に陥っても誰かを抱けば大抵のことは忘れられていた。 ある程度時間が経てば仕方ないと諦める事ができていた。 だが今回ばかりはその解決法が全く効果を発揮しない。 それどころか、誰かを抱けば抱くほど日が経てば経つほど、淫花廓のあちこちにいるはずのない姿や気配を求めて後悔に襲われている。 なぜあんな風に突き放してしまったのか。 なぜあの時話を聞いてあげなかったのか。 あの日もっと舛花が冷静になっていれば、こんな風に煮え切らない毎日を過ごす事はなかったかもしれない。 升麻の正体についてはなんとなく察しはついていた。 楼主の口から出た『ミサキインテリア』という大手企業の名前。 そして、その名を聞いた升麻の顔色。 そこから升麻がミサキインテリアに深く関わる人間だということはわかった。 升麻が淫花廓から出て行く事を決意したは『ミサキインテリア』のせいであることも間違いない。 あの時カッとなって升麻の話に聞く耳を持たなかったのは、そのミサキインテリアと自分を天秤にかけてしまったからだ。 舛花は升麻に自分を選んでほしかった。 ここを出て行かなかければならないほどの理由があったとしても自分を選んでほしかった。 これまで、舛花に近寄ってくる人間は沢山いたものの、誰一人として舛花を真に想ってはくれる人はいなかった。 実の母親にさえ見捨てられた人生の中で、初めて心の底から好きだと思い守りたいと思ったのが升麻だ。 升麻は他の誰とも違った。 舛花を本気で想ってくれているのがわかったからずっとそばにいて彼を守り、一緒に生きていくつもりでいたし、升麻も同じ気持ちでいてくれると思っていた。 それなのに、何の相談もせず勝手に淫花廓から出て行くことを決めてしまった事がどうしても許せなくて納得できなくて、あんな風に冷たい態度をとってしまったのだ。 正直、話を聞かなかった事を後悔しているものの今でも升麻の決断については納得できていない。 その気持ちをずるずると引きずっているから立ち直る事ができないのだ。
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