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その時、近くで砂利を踏みしめる音がした。
音のする方へ視線を向けると、そこには元一番手の男娼が立ったいた。
「誰かと思えばお前か」
紅鳶は舛花がいる事に然程驚きもせず、舛花が横たわる赤毛氈の敷かれた大きな床几台に腰掛けた。
「紅鳶さん…いつもこの時間まで仕事っすか?」
昼中のこの時間は、夜型の男娼たちにとっては睡眠時間になる。
消灯時間がとっくに過ぎていることを咎められるかと内心ビクビクしながら、舛花は訊ねた。
「まぁな」
紅鳶はそう言うと、長い脚を無造作にもう片方の脚に乗せた。
「そうっすか」
その返答や態度から、紅鳶があまり機嫌の良い状態ではないことを悟る。
もしかして未だあのアオキという元しずい邸の男娼に手を出した事を根に持っているのだろうか。
それともこの前升麻と研修している最中、カッとなって殴ってしまった事を根に持っているのか…
とにかく、紅鳶から放たれる得体の知れない圧力をビンビンに感じる。
「あ〜じゃあ俺はそろそろ行きますね、お疲れっした」
ここはとりあえず逃げたもん勝ちだと、舛花は床几台から体を起こした。
そこらへんに投げ出していた下駄を拾い集めると慌てて足に突っ掛ける。
すると、突然紅鳶から言葉が飛んできた。
「俺を殴った割には女々しい奴だったんだな」
空気を切り裂くような鋭い言葉。
思わず振り向いた舛花に向けられていた眼差しも凍りつくほど冷たい。
「は、はは…どうしんすか、急に。俺、今そういう冗談に付き合える気分じゃないんすけど」
舛花はそう言うとヘラッと笑って見せた。
だが、紅鳶の言葉は確実に舛花の痛い場所を突き刺している。
「冗談に聞こえるか?ならはっきり言ってやる。今のお前は腑抜けだ、情けない」
立て続けに飛んできた侮辱の言葉に、舛花は眉間にしわを寄せると先輩だという事も忘れて紅鳶を睨みつけた。
「あ?」
「一ヶ月観察していたが、よく飽きもせずじめじめじとじとしていたな。おおかた升麻に見限られたとでも思ってるんだろ。だが、見限られても当然だ。惚れた男がこんなにも女々しくて鬱陶しくて情けない男だったらな」
「あんた、なんすか?俺に喧嘩売ってるんすか?」
舛花は紅鳶の前に立つと拳を握りしめた。
怒りのパラメータがぐんぐん伸びていっているのがわかる。
「お前は情けない、その上身勝手だ。自分の気持ちだけ押しつけて相手の事を知ろうともしない。いつまでそうやってうじうじしているつもりだ?セックスで上書きできるまでか?それともどっちかがくたばるまでか?」
プチン、と何かが切れる音がして、気がつくと紅鳶の上に馬乗りになっていた。
片方の手で胸倉を掴み上げ、片方の手はいつ繰り出してもいい状態で振り上げられている。
はらわたは煮えくりかえり、頭は怒りに支配される一歩手前でなんとか踏みとどまっていた。
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