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翌日、舛花の部屋の前に見たことのない二人の男衆が現れた。
正確には一人は怪士面の男衆だったが(それでも珍しい蓄髪姿)もう一人は男衆のように見えない男衆だった。
黒い着物に下駄姿。
顔は般若の面で覆われ、黒い髪が肩のあたりまで波打っている。
着物から覗く肌は透き通るように白く、線が細い。
少し触れただけで簡単に手折れてしまいそうなほどだ。
ゆうずい邸きってのプレイボーイとして名を馳せている舛花にはすぐにわかった。
目の前にいる般若が只者ではない事が。
妖しげな雰囲気を放つ男衆をしげしげと眺めていると、背後にいた大男がわざとらしく咳払いをした。
「ほら、頼まれてたものだよ」
爪の先まで細い指が舛花の目の前にニュッと伸びてくる。
指にぶら下がっていたのは紙袋だった。
「は、はぁ…」
『頼まれていたもの』に頭の中でクエスチョンマークをつけながら、舛花はおずおずとそれを受け取る。
「なんだい、頼み事をしておいてお礼のひとつも言えないのかい」
般若面の覗き穴から黒い瞳に睨まれて舛花は慌てて礼を言った。
「あ、あざっす…」
そして紙袋の中をチラリと覗いた。
男衆が着る黒衣と面らしきものが見える。
舛花はホッと胸を撫で下ろした。
紅鳶の昨日の言葉が気休めでも冗談でもなかったからだ。
これがあればごく自然に淫花廓を抜け出すことができる。
もうすぐ升麻に会えるかと思うと何かが沸き立ってくるようで、舛花は紙袋を握りしめた。
すると、怪士が般若に声をかけた。
「行きましょう、貴方がここにいると目立ちます」
般若は振り向き頷くと、舛花の方へ視線を戻した。
「さっさと着替えて中庭に行くんだよ」
「あ、う、うっす」
「言っておくがしくじるんじゃないよ。万が一僕らがこの件に関わっていた事がバレたりしたら、お前の大事なところを切り落として再起不能にしてやるからね」
見た目とは随分かけ離れた物騒な言葉に舛花は青ざめながら頷く。
「う…うっす」
「返事は“はい“だよ、全く。紅鳶や青藍がいなくなってからのゆうずい邸はたるんでるんじゃないのか」
般若はぶつぶつ言いながら怪士を引き連れて去っていった。
二人の背中を見送ると、舛花は急いで部屋に戻り紙袋を開いた。
男衆たちが着ている黒衣に間違いない。
セキュリティーの厳しいこの淫花廓では、楼主の特別な許可がない限り外出は不可能に等しい。
だがこれを着て紅鳶のお供の男衆となれば、疑われずに済むはずだ。
昼中の今は男娼たちにとって就寝時間。
男衆たちも男娼たちが部屋にいる事をいちいち確認したりしないだろう。
舛花は素早く黒衣に着替えると、翁面をつけた。
姿見の前に立つと、顔が見えない事を確認し寮の部屋を抜け出す。
途中何人かの男衆に会い、心拍数が上がったが何とか平静を保ちながら中庭に辿り着いた。
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