花のうてな 11

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昨日紅鳶と言葉を交わした机床台のある場所へ向かうと、そこには既に紅鳶が立っていた。 今日はいつもの着流しではなく、スリーピースのスーツに身を包んでいた。 普通の人間が着ていたらビジネススーツだが、紅鳶が着るとたちまち高貴な家柄の人物、もしくは世界を股にかけるスターのように見える。 初めて見る紅鳶のスーツ姿に舛花は思わず声をあげた。 「紅鳶さん今日スーツっすか?やべーかっけーっす!」 だがすぐに鋭い視線が飛んできて、口を噤むよう牽制される。 変装とはいえ今の舛花は男衆。 男衆は陰であり、常に忍んでいなければならない身だ。 既に計画は始まっている、外に出たかったらそれらしく振る舞え。 紅鳶の眼差しがそう言っている気がして、舛花は慌てていつも男衆がやっているようにその場に膝をついた。 「ついて来い。何を聞かれても喋るな、いいな?」 紅鳶は手短かに告げると、足早に歩き始める。 靴音を鳴らしながら歩く紅鳶の一歩後ろを舛花もついていく。 よくよく考えてみると、この計画舛花にとってもリスクが大きいが紅鳶の方がもっと大きいはずだ。 次期楼主としての立場でありながら、一男娼の規律破りに加担している事がバレたりでもしたらタダじゃ済まないだろう。 そんなリスクを背負ってまで紅鳶が舛花を外に出す手引きをしてくれている理由はわからないが、とにかくこの計画は絶対にしくじるわけにはいかない。 黒衣の下ではしきりに心臓が波打っている。 あと数メートル。 あと少しで外へ通じる出入り口へ着く。 と思ったその時。 「待て」 という短い命令に二人は歩みを止められてしまった。 声がした方へ視線を向けた舛花は、思わず声が出てしまいそうになったのをギリギリのところで喉の奥に留める。 そこに立っていたのが、楼主だったからだ。 「いつもは一人のくせに男衆を引き連れて行くたぁどういう風の吹きまわしだ?」 懐手に煙管という鷹揚自若な態度で楼主が近づいてくる。 そして、舛花の目の前にやってくるとジロリと視線だけ向けてきた。 値踏みするような見抜かれているような眼差しに、額から変な汗が噴き出してくる。 楼主の威圧感をいつも以上に強く感じるのは、後ろめたい事をしているせいだろうか。 心臓をバクバクさせていると紅鳶が答えた。 「特に意味はありません。何か問題でも?」 さすが紅鳶だ。 舛花とは違い、その顔色は少しも変わっていない。 「ほぉ、意味はねぇのか。だが俺ぁ今までお前が意味のねぇことをしてるところを見た事がねぇんだがな」 鋭い指摘に握った拳の内側が湿りはじめた。 やっぱり疑われている。 だが舛花にはどうすることもできない。 ここで一言でも声を出してしまったら一瞬で舛花だとバレてしまうし、それに紅鳶が加担している事もバレてしまう。 絶体絶命かもしれないと思ったその時。 「俺が頼んだんです」 またもや足音がして刈り込みされた木の影から人影が現れた。
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