花のうてな 12

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その様子を見ていた紅鳶は小さく頷くと、升麻の肩にポンと手を置いた。 「それからもう一つ、俺からも渡したいものがある」 にこりと微笑む紅鳶を見上げながら、升麻は少し恐ろしくなった。 このファイルだけでも充分すぎるくらいなのにこれ以上何をくれるというのだろうか。 ドキドキとしながら待っていると、紅鳶が背後に佇む男衆に指先だけで合図を送る。 男衆はゆっくりとした足取りでやって来ると、紅鳶の隣に立った。 不気味な翁面からはやはり素顔や表情は窺えない。 だがその時、妙な違和感を感じた。 男衆にしては身長が高かったからだ。 体型のわかりづらい黒衣を着ているが、淫花廓にいた男衆たちはここまで背が高くはなかった気がする。 だが目の前にいる男衆は紅鳶よりも身長が高く身体も引き締まって見えるのだ。 男衆も人間だからさまざまなタイプがいるのかもしれない。 もしかすると、お供をする男衆はプロポーションで選ばれるのかも… 妙な違和感に勝手にあれこれ憶測をたてていると、紅鳶が低い声で命じた。 「取っていい」 その言葉を合図に男衆が面に手をかける。 その瞬間、妙に心臓が高鳴って落ち着かなくなった。 そんなまさかと疑う気持ちと、そうであってほしい期待とが入り混じる。 だが期待せずにはいられない。 現れた瞳の色や高い鼻梁、そして唇の形。 そのどれもが何度も頭の中で思い出し、焦がれていたものと一致していたからだ。 どうして… なんでここに… 「升麻」 聞き覚えのある柔らかな低い声が、放心する升麻の鼓膜を揺さぶる。 「ます…はな?なんでここに…」 升麻は半ばパニックに陥りながら舛花を見つめた。 瞬きを繰り返し、夢や幻ではないことを何度も確認する。 「二時間後に迎えに来る」 紅鳶がそう言って部屋から出て行った後も、升麻は暫く呆然としていた。 ついさっきまで会えないと思っていた人が、今目の前にいる。 そう簡単に会えるはずがない人が自分の目の前にいる。 飛び上がるほど嬉しいはずなのに、これが現実なのか頭が全くついていかないのだ。 「あー…えっと、紅鳶さんが手をまわしてくれたんだ」 はにかみながら舛花が頭をがしがしと搔く。 その仕草でようやく舛花が確かにそこにいる事が理解できた。 「本物の、舛花…?」 「はは、何だよそれ。最近そういうの流行ってんの?」 肩を竦めながら笑う舛花。 細くなる目尻、笑うと三日月のように弧を描く口元、少し粗雑な口ぶり。 升麻の心に空いていた無数の穴に、その一つ一つがぴったりと収まっていく。 「舛花っ」 気がつくと、その広い胸に飛び込んでいた。 「会いたかった…」 もしも次に会う時が来たら真っ先に謝ろうと思っていたはずなのに、口から出たのは謝罪ではなかった。 「ずっと舛花に会いたかった…」 心の叫びにも似た本音が、涙とともにぽろぽろと溢れてくる。 「俺も会いたかった…升麻」 胸板から響く低い声と体温。 もう二度と離さまいと、升麻は抱きしめる手に精一杯力を込めた。
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