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花のうてな 6
部屋から出て行った舛花が戻ってきたのはしばらくしてからだった。
いつになく静かに襖を閉める舛花。
その右手には白い包帯が巻かれてある。
升麻は慌てて駆け寄った。
「折れたの?!」
「んなやわじゃねぇし…勝手に巻かれただけだ」
舛花はぶっきらぼうに呟く。
だがその声にいつもの覇気はない。
紅鳶から制裁を受けたのだろうか。
それを訊ねてもいいのかどうか迷っていると、舛花は無造作に頭をガシガシと掻いた。
「あぁ…くそっ、やっちまった…」
ぶつぶつと呟きながら畳にどさりと胡座をかく。
少し悩んで、升麻はその向かい側に腰を下ろすと恐る恐る訊ねた。
「どうして殴ったりなんか…もしかしてあの…紅鳶さんって人と仲が悪いの?」
「…一回あの人の大事なもんに手を出したことがある。…殴られるなら俺の方だ」
よほど後悔しているのか、舛花は深く項垂れる。
だがすぐに顔を上げると升麻をじっと見つめてきた。
射抜かれるような眼差しに思わず息をのむ。
唇を重ねたことを思い出してしまったからだ。
たちまち顔が熱くなり、その眼差しから逃げたくなる。
紅鳶を殴った理由もだが、あの時されたキスの理由も知りたい。
指導でやったことなのか、それとも…
すると、突然舛花の手が升麻に向かって伸びてきた。
心臓がおかしな鼓動を刻み出す。
だがその手は升麻の襟元に落ちると、指先でこんこんと突いてきた。
「ここ、ちゃんと留めとけって」
見ると一番上のボタンが外れたままになっている。
「あ…ご…ごめん…」
密かに何かを期待していた自分が恥ずかしくなって、升麻は真っ赤になりながら慌ててボタンを留めた。
すると舛花がボソボソと呟いた。
「…升麻…お前…やめろ」
「え?何?」
うまく聞き取れず聞き返す。
だがすぐに後悔した。
「男娼なるのやめろ」
「何…どうして…」
突然の舛花の言葉に頭を鈍器で殴られたような気持ちになる。
昨日まであんなに親身になって研修をしてくれていた舛花の口から、男娼を諦めろなんて言葉が出てくるとは思ってもみなかったからだ。
「どうしてって…どうやったって無理だろ。体も弱い、経験もない、おまけに隙だらけ。たとえ研修が終わって座敷に上がったところでお前なんかが上手く立ち回れるわけがない。…男娼の世界ってのはそんなに甘くないんだ」
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