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しかし返事は返ってこない。
気のせいかと思ったその時、再び舛花を呼ぶ声が聞こえた。
さっきより少し距離が遠くなっている。
舛花は立ち上がると、声のする方へ駆け出した。
風に乗って聞こえてくる微かな声を頼りに、広い中庭をぐんぐん進んでいく。
「升麻!!」
見えない姿をなんとか視界に捕らえようと辺りを見回していると、いつのまにか目の前が紫色になっていることに気づいた。
よく見るとそれは小さな花で、その一つ一つの薄い紫色が、景色の色を変えている。
その花は、いつか升麻と見たあの花だった。
頭を垂れた蓮華のような可憐な花。
蕾はくす玉のように垂れ下がり、風に乗ってゆらゆらと揺れている。
不思議な事に、その花は前来たときより増えている気がした。
隅にひっそりと咲いていたはずなのに、今や木々の間やその先まで続いていて、まるで辺り一面が紫の絨毯のようになっている。
「ここ、こんなだったか…?」
変わってしまった風景に首を傾げていると、ふわりと風が吹いた。
晩秋香る少し冷たい風に小さな花たちがさわさわと騒つく。
その時、少し離れた木々の間に見覚えのある後姿を見つけた。
「升麻!」
舛花は叫ぶと駆け寄り、升麻の手首を掴んだ。
細い手首の感触にヒヤリとする。
一瞬、升麻が消えてしまうのではないかと思ったからだ。
白いシャツをなびかせながら升麻が振り向く。
「何で…ここにいるんだよ」
舛花は掴んだ手首をぎゅっと握りしめると訊ねた。
「…舛花に会いたくて」
そう言ってはにかむように笑う升麻。
だが舛花はそれに笑い返す事ができなかった。
目の前にいるのは確かに升麻のはずなのに、なぜか現実味がなくて妙に足元がふわふわしている感じがするのだ。
まさか会えると思っていなかったから思考がついていけてないだけ。
嬉しさより驚きの方が勝っているだけだ。
舛花は胸を騒つかせる不安と奇妙な違和感に何とか理由をつけようとした。
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