翻るセーラー服

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 今日もセーラー服のスカートを翻して夏来が来る。放課後、志乃が校門をくぐるかくぐらないかの時間に息せき切って夏来が走ってくる。 「志乃ちゃん!」 「今日もお迎え?」 級友たちが笑う。お迎え、と級友たちが言ったのは他校生の夏来がわざわざ走って志乃の学校までやってくるからである。律儀に毎日やって来る。夏来は志乃の家がやっている呉服店のアルバイトだ。同じ年と言うこともあって他の従業員とは段違いに仲がいい。だが、「お迎え」に来てもらうほどでは決してなかった。 「あのね。来てくれるのは嬉しいけど、無理して来なくてもいいのよ」 と言ったこともあったが夏来は「志乃ちゃんとお喋りしたくて」の一点張りだった。志乃ちゃんとお喋りしたいも何もどうせ呉服店で会う。夏来は結構な頻度でシフトを入れているからほとんど毎日顔を突き合わせてると言ってもよかった。仕事中にべらべら喋るわけでもないが、休憩中やちょっとしたときに十分喋っているし、帰り道のわずかな時間を作ってまで話すこともないのだ。大体、夏来は自分のことをあまり話さない。志乃も聞かない。志乃が知っているのは夏来に両親がいないこと。小学校まで施設で育ったこと。引き取られた先の家の子がアイドル(!)をやっていることぐらいだ。施設ではどんな暮らしをしていたのか、アイドルの子はどんな子なのか聞いたことはなかった。自分から言わないと言うことは話したくないか話す必要がないと思っているかだと少なくとも志乃は考えている。ならば、わざわざ聞くこともないだろう。  だが、どこから聞きつけたのか級友たちは夏来が施設にいたことも引き取られた先の子がアイドルなことも知っていた。そして遠慮なくあれこれ聞いた。特にアイドルの話を少しでも引き出そうとしつこく聞く。夏来は穏やかに「ごめんね。よく知らないんだ」をふんだんに使いながらぽつぽつと話した。それを志乃は苛立ちを以って聞いていた。そういう時、夏来が来なければと思う。だが、それを言えば夏来がひどく傷つく気がして何も言えなかった。  言えないまま、数か月が過ぎた。その日は授業が早く終わる日だった。当然、夏来の「お迎え」は間に合わない。そのことに気づいたのは放課後直前だった。 (朝、夏来にLineしとけばよかった) 別に夏来と約束しているわけでも来てくれと頼んだわけではないが、待ちぼうけを食らわせるのもよくないだろう。HR前に「今日もう学校終わる」とLineをするとスマートフォンをカバンに入れた。そのままスマートフォンを見ずに級友たちと帰った。 「今日お迎えないんだね」 「この時間じゃ無理でしょう」 志乃は内心、ほっとしていた。夏来に例のアイドルのことをあれこれ聞くのを見たくなかった。 「じゃあ、またね!」 級友たちと別れてしばらく歩くと苗字を呼ばれた。 「八木さん」 同じクラスの八木まゆだ。どちらかというとクラスの中心にいる子だ。まゆの取り巻きもいる。帰り道、こっちの方面だったろうか。 「どうしたの? 道こっちだっけ」 八木たちの顔は険しい。 「ねえ、なんで有希ちゃんのサインもらってくれないの?」 「有希ちゃん?」 一瞬、誰のことかわからなかった。 「高嶺有希ちゃんだよ!」 (高嶺。夏来の引き取り先の家だ。高嶺有希。そこの家のアイドルしてる女の子) 「それ、前に言ったよね。できないって」 「なんで。いつもお迎えに来てる子、吉田さん家でバイトしてんでしょ。毎日お迎えに来てくれるってことは何でも言うこと聞いてくれるんでしょ。ちょっと頼んでよ。吉田さんだってもらってるでしょ」 「もらってないし、夏来はパシリじゃない」 我ながらびっくりするほど鋭い声が出た。 「そんなのどうでもいいの。クラスでぼっちになりたくないなら」 「しーのちゃん」 セーラー服が翻る。一体この時間にどうやって来たのか夏来が立っていた。走ってきたのか汗びっしょりで息まで切らしている。 「待っててってLineしたのに」 「ご、ごめん」 「えーっと、有希ちゃんのサインだっけ?」 「夏来。あげることないから」 「うん。こればっかは無理。志乃ちゃんのお願いでも無理」 夏来はにこにこ笑って言った。 「ごめんねえ。だからさ」 夏来は笑顔を消した。低い声で言う。 「志乃ちゃんにおねだりは、なしね」 志乃も一瞬寒気を覚えた。まゆたちはなにか言い訳じみたことをごにょごにょ言ってすぐにいなくなった。 「知ってたんでしょ。八木さんたちのこと。じゃなきゃあんなに慌てて来ないもん」 「うん」  夏来はバツが悪そうにうなずいた。 「だから『お迎え』に来てたの? なんでそこまでするの? 私」 そこまで夏来に優しくしてない。 「友達だから」 「あのね」 「あー、違うな」 夏来は頭をかいた。 「仲良くなりたかったの。志乃ちゃん、有希ちゃんのことも施設のことの聞かなかったじゃん」 「聞いて欲しくないんじゃないかって思ってただけ」 「うん。でも、初めてだから、そういうのなしでお喋りしたの。だから最初はもっとお喋りしたくて来ちゃった。あ、それは今もなんだけど。 志乃ちゃんが同じ制服のどっかのバカたちに狙われてるの知ったのはたまたま。いつも遠巻きに志乃ちゃんのまわり、物騒な顔でうろうろしてた」 「全然気づかなかった」 「志乃ちゃんとお喋りできて守れたら最高じゃん。ああいう奴らってひとりのときしか狙えないの、あたし知ってるから」 「何で黙ってたの」 「それはその」 夏来はもじもじと指をいじった。 「だってあたしのせいじゃん。いじめ寸前になってんの」 「それ、また言ったら怒るよ。夏来のせいじゃ絶対ない」 「それに、いやなもんだから。いじめられそうってわかるの」 「それ実体験?」 「まあ。っていうかいじめが実体験。いじめられそうってわかったのも実体験だけど」 「そのいじめ、まだ続いてるの?」 「ううん。中学の時の話。教師にしつこくチクって終わりにさせたし向こうの親にも謝らせた」 「うわ。すごい」 「でも、やっぱりやなもんだよ。別にあいつらと仲良くしたかったわけじゃないけど、やっぱりいやなもんだよ」 「夏来の気持ちは嬉しいけど」 志乃は歩き出した。慌てたそぶりで夏来も歩き出す。 「でも、私は言って欲しかった。狙われてるよって」 「……ごめん。でも」 「だっていじめなんてひとり狙いしかできないんでしょ。だったらいじめなんて成り立たない。夏来がいるんだから」 夏来の顔に朱が差した。むずむずと口元が動く。 「でも、学校内まではあたしなんにもできないよ」 夏来、照れてるなと思った。そう思うとなんだか夏来が可愛くて仕方ない。 「結学校内で何かされたら先生にでも親にでも言うもん。なんならどっかのNPOに電話してもいい。『いじめられてます』って」 「た、たくましいね」 「だって夏来だってそうしたんでしょ。私にだってできるわ」 「でも、いい気はしないよ。結局、中学の友達は誰もいなくなった」 今日の夏来は百面相だ。照れているかと思えば今度は慌てた顔をする。 「いいじゃない。学校に友達いなくたって。夏来がいる。他のバイトの子だっている。友達なんて学校だけで作るものじゃない。それにいじめられるの我慢して馬鹿にされるより、『こいつやばい』って距離置かれた方がマシでしょ。どんな状況だって私は自分の友達は自分で選ぶの。八木さんは友達じゃない。夏来は友達」 クラス中に無視されたっていいと思った。だって私には夏来がいる。私が友達になりたくて友達になった照れ屋で可愛い夏来。友達なんて少なくていい。大事な友達が少しいれば十分だ。 「そっか」 夏来また顔を赤くした。自分で仲良くなりたいなんて言ったくせにいざ友達だと言われると照れる。可愛いからもう少し照れされてみようかな。 「だから怖くない。うそ。やっぱり怖いかも。何かあったときは夏来に相談する。だから夏来も私に言ってね。いい?」 「うん。あのさ。志乃ちゃん」 「なに?」 「明日も一緒に帰っていい? お喋りしたいから」 志乃は夏来の手を取った。 「もちろん!」 明日、セーラー服が翻るのを志乃は初めて心待ちにした。
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