第四節 崩壊の序章(前編)

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第四節 崩壊の序章(前編)

「んぅー……」  午前の公務が終わって、机の前で伸びをしていると、昼餉(ひるげ)が運ばれてきた。 もう三年が経とうかというところだろうか。はじめは、あれほど嫌な顔をしていた給仕の者たちは、素知らぬ顔で配膳を終え、一礼のあとに出て行った。彼らは、飽きつつあるのだろう。わたしへの風当たりは、あの頃よりも、随分収まったように思う。もちろん、ゼロじゃなかったけれど。 「……」  ううん、何か、もっと楽しいことを考えよう。そうだ。白雪へのプレゼント。そのことについて、もっと時間をかけて考えないといけない。やっぱり、貰い物の多いお姫様だから、なにか形にするよりも、経験という形がいいんじゃないかな。どこか、景色のきれいなところに連れて行ってあげるとか……。そのとき、白雪はどんな顔をするだろう? 気付けば、わたしの口角は上がっていた。スープを一口、銀器ですくった。  カラン 「――」  一瞬、思考が止まった。 「なに、これ……」  黄色のスープに、触覚の生えた、黒いモノが()かっていた。 「……」  やって、くれるじゃない。  だけど、もう、わたしは泣いたりなんかしない。こんな嫌がらせなんかに、負けはしない。 「どうなされましたか? お后様」 「なんでも。なんでもないわ」  そう、なんでもない。わざわざ鏡に話すようなことでもない。  スープを()けて、慎重に他の料理に手を付けた。 「……」  どうしても、スープに目が行ってしまう。何度目をそらしても、見てしまう。  わたしは、迷った。それを知ったところで、どうしようというんだろう。どうせ、あの(しょう)の悪い女貴族の誰かに決まってる。仕返しなんて……。でも、知りたい。そうしたら、少しは、この胸のもやもやが、すっきりするはずだ……。 「鏡よ、鏡」 「なんでしょう、お后様」 「――わたしのスープに虫を入れたのは、だぁれ?」 「それは――」  ……。 「――にございます」  カチャ、カチャ 「へぇ。あなたが冗談を言うなんて、珍しいじゃない。もしかして、初めてのことなんじゃないかしら?」 「これは、冗談ではありません、お后様。私は、真実の鏡。真実だけを口にするのですから。それを知らない、あなた様ではないでしょう」  カチャ、カチャ 「――えっと、たまたま、よね。うん、たまたま。何か……そう、あの子が、興味本位で厨房を手伝って……そのとき、何かの手違いで、偶然、お鍋の中に入ってしまったのよね?  うん。そういうこと。そういうことでしょう?」 「ああ、お后様、なんとおやさしい。しかし、大変申し上げにくいのですが、これは、事故ではなく、故意によるものなのです」  カチャ 「お后様?」 「いい加減にして」 「……」 「そんなこと、あの子がするはずない。あの子は他人のことを思いやれる、やさしい子なのよっ! あなたも真実の鏡なら、それぐらい知っているでしょう!?」 「お后様。あなたは騙されています」 「っ! あなた、まだっ!」  鏡を割ってやろうかと思った。  ――次の一言を聞くまでは。 「? 白雪に救われたでしょう? けれど、そもそもその一件が、白雪の手によるもの。いいえ、その一件だけでなく、お后様への嫌がらせには、すべて、白雪が一枚噛んでいるのでございます」  ――――――。 「それに、白雪は、よくぼやいておりますよ」  聞くべきじゃない。  聞くべきじゃない。  もう黙ってしまえと言うべきだ。 「なん、て?」 「おや、丁度いいタイミングですね。お見せしましょうか」  鏡に、白雪の部屋が映った。白雪は髪を櫛で整えながら、たしかに、こう言った。 「もうすぐ三年になるのかしら。本当にあの女ったら、いつまでも城にいて。奴隷風情(ふぜい)が、お父様に取り入って……ああ(きたな)らしい」 「――――」  カチャン……
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