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第一節 日常と逸脱と
ようやくあの男から解放された。
新しくできたアザをさすりながら、暗い廊下を歩いた。
「あら、お后様じゃありませんの」
「ごきげんようですわ、お后様。こんな夜更けに、どうされたのでしょう?」
女貴族の二人組と、偶然すれ違った。
「いえ。ただの散歩です」
「散歩? ああ、お后様は、徘徊癖がございましてよ、あなた」
「ええ、そうみたいですわ。こんなお若いのに、残念ですわね」
……。
「無視でございますの? 生意気ですわね」
「本当、よく三年も同じ態度が取れますわ」
それはこっちのセリフだ。いつもいつもねちねちと。
「わたし、身体を休めたいのです。もう行きますから。ごきげんよう」
足早に歩みを進めた。静かな空間に、足音が反響する。
何か、ひそひそと声が聞こえたけれど、気にするだけ疲れるだけだろう……。
――――
「お后様って、ちょっとキレイだからって、本当、調子に乗りすぎですわ」
「ええ、分かりますわ。なにか、心の中で見下されている感じがしますもの」
「あーあ……。どうにかして、あの澄ました顔を歪めてやりたいですわ」
「本当に」
「………………そうだわ。久しぶりに、アレ、やってみようかしら」
「アレって……ああ、もしかして、アレのことですの?」
「ええ。でも、それだけじゃあ、味気がないですわ。あれから三年経ったのですもの。わたくし、もっと面白くできそうな気がしていますの」
「まあ! 面白そうですわね。是非、一緒に考えさせてくださいな。ああ、わたくし、わくわくしてきましたわ」
――――
「……?」
ようやく自室にたどり着いたとき、かすかな違和感を覚えた。
なんだろう。誰かに部屋に入られたような……気のせいだろうか。メイドが仕事をしたのかも知れない。いいや。今はもう、何も考えたくない。
「……っ」
着替えたとき、数え切れないほどアザがついた身体が、鏡に映った。
もし……もし、この城に連れてこられなければ……こんなことにならなかったのに。こんな嫌な気持ちになることはなかったのに。
わたしは、恨んでいた。わたしを国王の后として推薦した、おせっかいな人間のことを。
毎晩、毎晩。
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