第25章 わたしたちが結ばれない理由

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どうにも我ながら聞き分けが悪いことこの上ない。 彼はごねるわたしにうんざりした風もなく、辛抱強く説得を重ねる。 「もちろん、きちんとした堅実な会社の正社員になれる目処があればそれでも構いませんが。現実問題として新卒でない若者が、安定したいい就職先を自力で見つけられると期待するのは今どきややナイーブな考えではないでしょうか。学校なら就職課があって伝手もあり、就職指導でまともな会社を紹介してくれる可能性が高いです。それに、資格も取れる学部ならば。当然尚有利ですしね」 あまりの彼の思考回路の手堅さにわたしはこっそりため息をついた。…そこまで無難な生存戦略を考えられる人が。どうしてここまで手に職もなく平然と引きこもりのまま三十を越えていられたんだ? まあ、自分自身のことと他人の身の上の話はまた別なのかもしれない。それに堅いかどうかはともかく、今からでも彼自身に向いてると思える職をしっかり見つけて技能を身につけようとしてるところなんだから。 彼は彼で初めて、自身の将来に前向きな選択肢を選ぼうとしてるのには間違いない。そう考えると。 …まだ若いうちに学校でも通ってそこで学べることは吸収しておけ。という指摘は確かに合理的だろうな、ってわからなくはない。 そこでふと彼の続けた何気ない呟きを耳にして我に返る。 「…専門学校に行けば同じような分野に関心のある、同年代の学生さんたちにたくさん出会えるはずです。あなたはもともと同世代の友達が少ない傾向にありますから。そこで人脈を広げるのも大切なことです」 またそんな…、自分はわたしの年頃のときにしようともしなかったこと持ち出して。 そう反発してぶんむくれるのだが、彼はそんな反応を気にも留めずに人生経験をしっかり積んだ大人みたいな顔を見せてわたしを丁寧に諭すのだった。 「限られた狭い世界から出て。今まで会ったことのない人たちに会って、たくさんの出会いをしてください。そしたら、これまでに見てきたものがどんなに小さくて些細なものかきっと驚くことになると思います。…いろんな経験をして、世の中の成り立ちを知って。そこからあなたの人生がやっと始まるんですから。ここにとどまっていたら。きっと成長も難しいままに終わってしまうでしょう」 「…もう、いいです。わかりました」 台詞の割には全く納得してない声でわたしは不貞腐れて遮った。 まあつまり、彼の言いたいことは理解した。 学校に行って同世代の知り合いを作って、人生経験を積めば。これまでの自分の世界は小さかった、あんな狭い範囲で人生の大きな選択肢、つまり彼と結婚するなんてことをさっさと決めてしまおうとするなんて本当に世間知らずだったんだ。世の中にはもっと自分に合ったいい男いっぱいいるのに、ってわたしが考え直すとでも思ってるんでしょう。 こういうとこ、この人って楽観的というか。案外甘いんだよな、とわたしは心の中で密かに思う。 彼の方が絶対世の中のことわかってないよね。自分みたいな、もしくは彼自身よりずっと素敵で魅力的な男の人がちょっと足を踏み出して探せばその辺にごろごろしてると本気で考えてる節がある。そんなわけあるか。 わたしだってすごく広く世間を知ってるわけじゃないのは知ってるけど。それでも柘彦さんみたいな人、どこででもそうそう出会えるってもんじゃないってことくらいわかるよ。それを証明するためにわざわざ世界中を実際にこの目で見て回る必要なんてない。 きっと、専門学校に進ませてそこで新しい出会いがあればわたしは子どもだった。こんなにわたしにぴったりな男の子に出会う前に柘彦さんほど素敵な人なんてこの世の中にいるわけないと決めつけたりして。あのとき勢いで結婚しちゃわなくて本当によかった。と手のひらを返すとでも思ってるんだろうな。 そんな風に彼が思った通りに運ぶと楽観してはいけない。わたしがそう簡単にはいかないこと、身をもって証明してあげよう。 脳内で妥協点を見出し、わたしは目を開いて真正面から彼を見据えた。 「…学校は。行きます」 「それはよかった」 ぱっと表情が輝いたりするほどわかりやすくはないが、彼はそれなりに心の中で喜んでる風に見えた。その反応を見届けてからわたしはゆっくりと口を開く。 「ここから通える専門学校を見つけて、資格も取ります。手に職をつけて、バイトじゃないきちんとした仕事にも就きますし知り合いも増やそうと思う。…それができて。例えば五年くらい経って、わたしが誰にも頼らずに自力で世の中でやっていけるってことがはっきり証明できたら」 わたしが何を言い出すのかわかってる様子じゃない彼に向けて、一旦切った台詞の先を思いきって切り出した。 「…それでも変わらず、あなたじゃなきゃ駄目、他の人とは考えられないって気持ちが全然変わらなければ。そのときは今度こそ。…わたしと結婚してください」 間髪入れず断られるのを避けようと急いで補足を差し挟む。 「ちゃんと学校行って、仕事も波に乗って一人でも生きていけるってことになったら。その上で誰を選ぶかは別にわたしの自由でしょ?
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