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そのときはもう、新しい環境で新しい人間関係に馴染んで昔のことはどうでもよくなってるかもしれないし。そうじゃないかもしれない。…あの頃はどうしてあんなに柘彦さんに夢中だったんだろう、思い込みが激しくて子どもだったなあって思ってるかもだし。五年経ってもまだあなたじゃなきゃってそこは変わらないかも…。それは。時間が実際に経ってみないとわからない」
彼の目は奥の方で波立っているのがわかる不思議な色をしていた。わたしはそれを見据え、駆け引きよりも正直な気持ちをぶつけるつもりで真正面から彼を説き伏せようと続ける。
「だけど、それだけ時間をかければ自分があなたに依存してないことは証明できると思う。わたしが、あなた無しで一人の力でも充分世の中を渡っていけるところを見せられて。それでもなおかつ柘彦さんしか考えられない、他の人とは結婚できない。ってことがわかったら。…そしたら、いいでしょ。結果を出したらそれは認めてください。柘彦さん、好きな女の人も特にいないんでしょ?」
本当のことを言うと彼だって五年も経てば新しい出会いがあって好きな女性の一人や二人見つかってもおかしくない。だけど彼本人はそういう展望は抱かないだろう。自分が誰かをこれから好きになることはない、って本気で思い込んでると見た。
案の定、彼はその仮定には素直に頷いた。
「はい。…それはそう、ですね」
「それでわたしのこと、別に嫌いってわけではないでしょ。だったらお願いだから。…学校卒業して頑張って資格も取れて、仕事ばりばりできるようになって。誰にも頼らず自力で生きて来られるくらい五年間全力で頑張った、って証明できたら。そのご褒美に、あなたの残りの人生をわたしにください。もちろん、そのときわたしに他の好きな人が現れてなければ、だけど」
念押しに条件を付け加える。これは駆け引き。
そう言えば、きっと今はこんなこと言ってても五年も経てば気が変わって、え?わたしそんなこと言いました?ってちゃっかり新しい彼氏と楽しく暮らしてるだろう。と、柘彦さんは油断するに決まってる。
彼はわたしが結婚しようなんて言い出したのは単なる若気の至り、一時の気の迷いだと思ってるんだ。これから五年かけてそれはそうじゃない。わたしは本気で真剣なんだってことを身をもって証明していかなければならない。
少ない脳みそから絞り出したそんな精一杯の策略を知ってか知らずか。彼はふっと僅かに微笑んで、いっとき考えてから結局静かに頷いた。
「…そうですね。わかりました、じゃあ。その条件でいきましょう。五年経って、それぞれ自分の力で生計を立てていける目処がついて。お互い一人でも生きていけることを証明できたなら。…なおかつ、あなたにそのとき好きな相手がいなくてまだ僕と結婚したいって気持ちが消えずにいたら、ですが。そのときはもう、仕方ないです。それで決めましょう」
「仕方ない、って言い方…。まあいいです。それは」
ちょっと引っかからないこともないが文句を言うほどのことでもない。約束が成立したことの方が重要だ。
わたしはさっきまでの世界の終わりみたいな落ち込みが嘘みたいに内心うきうきして、だけど彼の前でそれを悟らせまいと何とか真面目な顔を作ってじり、と彼の前ににじり寄った。
何か大変な約束をしてしまった、とはまだ微塵も気づいてないその穏やかな両目をひたと間近に見据える。
「じゃあ、約束ね。わたしが誰にも頼らずに自力で生きていけるちゃんとした大人の女になって。五年後、…そうだな、わたしが二十五歳になったとき。まだあなたと結婚したいって気持ちが変わらなかったら…。そのときはもう諦めて、大人しく受け入れて。嘘ついちゃ駄目だよ?」
彼は細かい条件はついたけど概ね説得は上首尾にいった、という様子を滲ませて珍しくにっこりと笑った。
「大丈夫です。ちゃんと承知しました。…だったら、四月から専門学校生ですね。眞珂さんこそ。約束をきちんと守ってくださいよ。今の台詞の後半はまあいいですが、前半の条件は必ずしっかり達成してくださいますよう、よろしくお願いします」
そう言うと思った。
「心配ないです。わたしだって、それは絶対何とかしなきゃ。とちゃんと本気で思ってるから」
わたしはごく真剣に請け合った。
それは実際そう。どうせ気持ちの継続の方は自信ある。彼への思い、変えたくてもそう簡単に消えはしないって予測はかなり確信に近い。
だけど、今から学校にきちんと通って技能を身につけて。資格を取って並の一人前以上に生計を立てなきゃ、ってかなり難易度高い上に今後のわたしたちにとっても絶対必要な条件だ。
彼がバーテンダーとして成長してプロになれるか、というのもさることながら。それだけで一生やってけるのか、とかいろいろ将来の不安要素がないとは言えない。
どう考えても何があってもいざというとき支えられる人間がこの先いつも彼のそばにいられるようにしておいた方がいい。そのためにはわたし自身が必ず食いっぱぐれない手堅い職を手につけておかないと。
そう考えたらここに来て急に浮上した学校に通ってきちんと勉強する、って条件は悪くない。今後のわたしたちの生活に貢献できる重大な要素になりそうだ。
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