第25章 わたしたちが結ばれない理由

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あくまでも怯まない。もしかしたら本心から、彼を振り回して弱らせた、酷いことしたって感覚がないのかもしれない。 社交が好きで生まれつき得意な人からしたら、不特定多数の前に晒されて気の休まる暇もなくて潰れる人間の気持ちなんてわからないのかな。それとも単に、わたしみたいなつまらないもんにお前が間違ってたと指摘されること自体我慢ならないのかも。 どうせこの人の好感を得る可能性なんか今後ゼロどころかマイナスなんだから。ここは言うべきことは言う、と開き直って肚を決め、思いきって言葉を返した。 「悪いって言うか…。人には向き不向きがあるわけだから。知らない人たちの前に彼を見せ物みたいに晒し続けるのをやめてください。ずっと静かにひっそりと暮らしてきた人なんですよ。その生き方を認めて、自分は自分。彼は彼でやり方は違っててもそれはそれとして、共存していくことはできなかったんですか?」 「…あなた。見た目通り本当に子どもね」 彼女は威圧する態度を崩さず、ゆっくりと脅すように低い声で呟いた。 「お嬢ちゃんにはわかってないみたいだから、丁寧に説明してあげるけど。…この人は普通の立場の人じゃないのよ。その辺の無職の、無能な生きてる価値もない引きこもりと違うわ。伝統ある由緒正しい、能條家の当主っていう。特別な地位に生まれた宿命を持った人なのよ」 どんな引きこもりだって生きてる価値はある。まあこの人の価値観からしたら当然そう言うだろうけど、自分が見てる世界が歪んでない正しい見え方だと思うなよ。と彼女みたいな人からしたら当然無価値と判断されるであろうつまんない存在のわたしには。とてもじゃないけど看過できない暴言にしばしかっとなったが。 今の話の本筋はそこじゃない、ってことも理性ではわかってる。どうどう、と自分に言い聞かせて何とか血の気を醒ますことに成功した。今は名もなき引きこもりたちのために怒りを爆発させるステージじゃない。柘彦さんの話に意識を集中せねば。 まあ、彼だって現象としては引きこもりなわけだから。能條家の当主ってことを除けば生きる価値もない、っていま断言されたも同然だけど…。 「この人だって現実には普通の引きこもりと一緒じゃない。何が違うの?って思ってる顔ね」 ある意味見抜かれた。いや、だって。一般のその辺の引きこもりさんを否定するなら、彼のことを否定したのと大して変わらなくない? わたしがその疑問をそのまま口にしたのか、と錯覚するくらいストレートに彼女はふふん、と笑みを浮かべて疑念に答えた。 「まあ、あなたがそう思うのも無理はないわね。この人がこれまでやってきたことは、確かに平凡な普通の引きこもりと変わりないわ。ただ先代の遺産を食い潰して、能條家の資産で何年もの間無為に生きてきただけ…。でも、それじゃ困る。この人には本当は、こなさなきゃいけない社会的責務が山ほどあるのよ」 そこで彼女は初めて、静かに俯いて一言も発しない自身の夫の方をきっ、と睨んだ。 「それにこの人は一度も、本気で取り組んだこともない。歴史あるお家の跡継ぎに生まれてその家系をきちんと未来に継承しなきゃならないし、お屋敷だって自分の代で勝手に食い潰したら無責任すぎる。丁重に管理して次の代へ無事に引き継がなくちゃ…。それに、会社だって。本当なら形だけの役員なんかじゃなく能條家歴代の当主らしく経営にひと役買うのが筋ってものでしょう。本来自分一人の考えで引きこもったり勝手に逃げ出していい立場じゃないのよ?」 …確かに。 血筋に縛られる、ってこと自体には普段から批判的なくせに。こう正面切って責任感に訴えられるとそうなのかなぁとややぐらつく。早くに先代に先立たれて気の毒すぎる状況とはいえ。立場的には会社や洋館を将来どうするか、中心となって采配しなきゃいけなかったって言われればまあ、そうかもしれない。 「…ですけど。向いてない人が無理やりにでも責務を引き受ければ事態がよくなるってものでも…。会社の経営やお屋敷の維持管理に適性がある人が他にいるなら、そちらにお任せしても別にいいじゃないですか。関心もなくて向いてもないのに跡取りだからって義務感だけでそこを切り盛りしようと無理に手を出していくより。自分向きじゃないって割り切って、ほかの信頼できる方にお願いする方が結果的にみんな満足するってことだって…」 「…あのお屋敷の人たちがみんなしてそんなぬるい考え方だから。結局は柘彦さんの首を絞めて、しまいにはこの人の居場所が館になくなるって次第になるのよ」 何が彼女の琴線に触れたのか、少し吐き捨てるような口振りで忌々しげに横を向いて呟いた。 「やりたくなければ、向いてなければいい歳して館の当主の身なのに何もしなくていいなんて…。自分の生まれた家を引き継ぐってそんな簡単なことじゃないのよ。同じ立場に生まれた人間は、みんな小さなときから将来を見越して先祖から受け継ぐものを先に繋げられるようにしっかり叩き込まれてる」
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