一枚とびらのこと

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 臙脂がかった赤みにつつまれ、まるみをおび、しなやかで頑丈、無骨な気もするがユーモアにあふれ、たっぷりどっさりとしたパンタグラフを保ち、入線するときのひくいどっしりな台車の音、線路と車輪のかさなるきしむ音、廃校の校庭にわすれさられた鉄棒を手にこすりつけたようなさび、そんなものまでかんじさせてくれるような、車体、  もう走ってはいない、見かけることもない、一枚とびらの京急電車、標準規なのにもかかわらず、さらにでっぷりとよこはばがわかる、さわられるものなら、さらさらとざらざらのあいだのえもしれぬ金属塗料の質感にふれあえるのかもしれない、ガラスとびらもあつく、もちろん大きい、なみうってくれたら、なおさらいい、  一枚とびらであるためか、なにやら、ただよこにすうっととびらがしめられるのではなく、すこし上にういてから、戸ぶくろにでもしめられるような、すこしガタのある古い障子か木戸をしめるときの、ちょっとしたコツでもいるようにして一枚とびらはしめられていく、なつかしいおじいちゃんかおばあちゃんの家のぬくもりがかんじられている、  そう、せんぷうきもまわっている、すりこぎなのか、コーヒーミルなのか、そのようなうごき、支点力点作用点のかいまみられる、うごきをもって、羽と、せんぷうきじたいがまわっている、ましたには直接風はこないけれども、車内ぜんたいには風はまっている、しかしあつい、それもいいではないか、走ってくれれば風はやってくる、とおもえるような一枚とびらでもある、  ロングシートにすわれば、のびているのか、スプリングがよわくなっていておしりがしずむようにやわらかい、これも、まるみをおびた一枚とびらであるからかもしれない、なかからながめられるいつものけしきも、車両どうようにわずかにわん曲して見えているのかもしれない、  つり革のつり手、つり革の革のところ、つり革の革をとめるところのボタン、つり革にかかるステンレス、または手すりもなんだかまるい、まるい車輪もまるく床面もすこしまるみをおびているのかもしれないし、見えないが、パンタグラフのおりたたみのところだってまるいのかもしれない、  車両と車両とをつなぐところだってまるいし、おりかさなっている金属の板も長まる、じゃばらもいくらでもある長まる、じゃばらはすこし穴のあいているところもあり、長まるい光がもれ、長しかくの影をつくっていたりもする、長まるや長しかくなんて久しぶりにおもいついた、それもこれも、京急の一枚とびらのけしきだ、  電車も長まるや長しかくだったりするのだから、のっているひとだってのっているひとのおもいだって長まるや長しかくなのかもしれない、まるいおと、まるいにおい、まるいてざわり、まるいあじ、まるいけしき、だってある、
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