放課後は町に繰り出して

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放課後は町に繰り出して

 午後の授業を終え、長い一日もようやく終わりを迎えた。  魔力が枯渇しかかっているスピカはヘロヘロであり、それをルヴィリエは心配して肩を貸してあげている。 「大丈夫? 魔力ってそんなに一長一短で増えるものじゃないのに、スピカってば無茶するから……」 「だ、だいじょぶだいじょぶ……でも、こんなにしんどいことを王都ではしてたの……?」  そもそも叔父以外は皆小アルカナの状態で育ったのだ。だからスピカは魔力を増やす育てるという発想がまずなかったし、叔父のシュルマもスピカが目立たぬように秘匿の術ばかり教えていた。  スピカの言葉に、ルヴィリエとスカトは顔を見合わせる。 「……貴族の行く初等学校では、体育の授業と同じような要領でやっていたけれど、でも魔力をそこまで必死に育てる人はいなかったわ」 「ああ……僕みたいなあんまり平民と変わらない魔力の連中もいたしな」  貴族と平民の見えない壁を感じていると、アレスはぶすっと頬を膨らませる。 「俺、平民の学校しか言ってねえけど、俺は逆に無茶苦茶やってた。最初の一日二日だったら、スピカみたいにベチャーってなってたわ」 「そうなの?」 「俺の場合、強いアルカナのコピーが物言うんだから、完コピするとなったら魔力無茶苦茶食うんだよな。それこそカウス先輩たちみたいなゾーンをつくるなんつうのは、魔力を垂れ流し状態で平然としてなきゃなんねえから、垂れ流し状態で平然とできるだけの魔力がねえと無理だろ」 「たしかに」 「……正直、さっきのズベン先輩は、魔力量増やすのをサボッてたから助かったんだよ。もうひとりのゾーンが使える先輩が加勢してたらヤバかったんだしさ。次はもう負けねえ」  アレスがパシンと拳で右手を叩くと、スカトは「ふむ」と頷いた。 「僕の場合は正直、戦いじゃ僕のアルカナカードは全然役に立てないし、魔力量増やす意味があんまりないけど。増やすだけ増やしたほうがいいかな」 「なんもできねえよりはマシだろ」 「うん」  三人が同調している中、ルヴィリエだけはげんなりとした顔をする。 「もう! 無駄に暑苦しいんだから! そもそもスピカにこれ以上魔力に負担かけるような真似しちゃ駄目でしょ! 魔力の枯渇は本気で死に至るってことくらい、初等学校の子供でもわかることなんだから!」  そう言ってルヴィリエはスピカをぎゅーっと抱き締めながら肩を叩く。 「今日はもうあんまり無理しないで。寝る前くらいだったらやってもいいから。お金奮発して、お菓子食べに行こう。それで魔力回復できるから」 「え……甘い物で回復ってするものなの?」 「そりゃするよ。甘い物って食べ過ぎたら体に悪いけど、頭にも魔力にも優しいんだから」  ルヴィリエはスピカにそう優しく言いながら、男子たちにギンッとした顔で振り返る。 「スピカにはおごってあげるけど、男子は自分で払って!」 「えー……おごるってつまり、町だよな……そんなとこで菓子食べる金なんかないっつうの」 「僕もああいうところで飲み食いするのは……」 「じゃあ先に寮に帰ってて! 私はスピカとデートしてきます!」  スピカはそのままルヴィリエに抱き着かれたまま、町へと繰り出すこととなった。  値段の桁がおかしいのを知っているせいで、スピカは及び腰だ。 「ええっと……ルヴィリエだって、高い高いって言ってたでしょう? 大丈夫? 正直、あそこの値段って、私だと全然払えないお金なんだけど……無理してない?」 「……ああ、あれね」  既に置いてきたアレスとスカトの姿は見えない中、ルヴィリエは自嘲気味に言った。 「あれは嘘。単純に私、平民の皆に嫌われたくなかっただけ」 「え……そういえばルヴィリエは貴族……なんだよね? 大丈夫? アレス、貴族嫌いだけど……」  スピカからしてみれば、初めての王都で助けてくれたアレスと、初めてできた大アルカナの女友達のルヴィリエが揉めるのは心苦しい。何故かこのふたりは一緒にいる割には相性が悪そうに見えるから、余計にだ。 (ふたりとも私には優しいけど……ふたりだけにしちゃ駄目なような気がするから。そりゃ同じグループにいても、全員と仲良くなれるとは思ってないけど)  スピカが恐る恐るルヴィリエに尋ねると、ルヴィリエは「うーん」と首を捻った。 「正直、最初はなんて柄が悪いだとはそりゃ思ったわよ。アレスみたいなタイプ、周りには全然いなかったしね」 「やっぱり、生徒会長とか五貴人の人たちみたいな人しか、周りにいなかったの……?」  オシリスはいい人そうではあったが、厳しそうな人にスピカには思えた。逆に五貴人は未だに姿形も見たことなく、影しか見てないせいで、殿上人みたいに思えて縁遠い。そんな人しかいないんじゃ、スピカからしてみれば会話が成立しなさそうで怖いなあと思える。  それにルヴィリエは「ぷっ!」と噴き出した。 「あははははは……むしろうちの学園にいる人たちみたいなタイプの人になんか会ったことないから、入学してからずっと驚きっぱなし! だから……私の価値観なんて全然通用しないんだなあと思ってばっかりよ。スピカみたいな子にも会えたしね」 「私? 私なんて全然普通だと思うけど……」 「そう? 私、アルカナカードなしでアルカナカード使ってる人に立ち向かう人なんて初めて見たけど!」 「あ、あれは必死で……アレスが下僕にされちゃったし、なんとかしなきゃって思ったら……」 「そこがすごいんだよ。ねえ、アレスじゃなくって、私やスカトでも同じことできた?」  そうルヴィリエに尋ねられ、スピカは大きく頷いた。 「同じこと、してたと思うよ。アレスだけじゃなくって、スカトもルヴィリエも友達だし。私にとって大アルカナの友達はここに来て初めてできたんだから。絶対に同じことしてたと思うよ」 「うん……嬉しい!」  そう言ってルヴィリエはまたもスピカにぎゅーっと抱き着いた。 「うん、なんか学園内がぐちゃぐちゃしてても、ずっと友達でいてね」 「そんなの。当たり前だよ」  スピカはルヴィリエに抱き着かれながら、ふと中学校のことを思い返した。 (私、【運命の輪】だってばれたくない一心で、友達とも結構距離を取って、一線には絶対触れさせなかったもんなあ。ここに来て、初めてかもしれないな。親友ってものができたのは)  ふたりで歩いている間に、ようやく校門が見えてきた。  町に繰り出せば、寮に帰るまでは楽しいデートの時間となる。 ****  相変わらず町の物価は貴族価格であり、平民のスピカではどうしようもない。  スピカがひとりで尻込みしている中ルヴィリエが選んだのは、スピカでも背伸びをしたらギリギリ出せるくらいの値段の喫茶店だった。 「ケシの実ケーキにカプチーノをひとつ。スピカはどうする?」 「ええっと……じゃあチョコレートタルトとカフェオレを」 「かしこまりました」  店員がうやうやしく立ち去っていくのを見送りつつ、スピカは店内を見回す。  ナブーの実家の豪商がしている店ばかりが並んでいるとは聞いていたが、あの不審人物にしか見えない先輩の実家がいかに質がいいかを思い知る。  ナチュラルな色に見えるテーブルに椅子。出てくる食器の一枚一枚も光り輝き、窓の縁に埃ひとつ付いていない。そして先輩たちだろう、談笑しているグループがあちこちに見える。  そして届いたお菓子だが。  ひとつひとつがびっくりするほどおいしい。今までスピカが飲んでいたコーヒーはなんだったのかというくらいに味が濃厚なカフェオレに、タルト生地がさっくりとしていながらも、フィリングを食べるとしっとりとし、なめらかで重厚な舌触り。 「おいしい……! 今まで食べていたお菓子がなんだったんだってくらいに、おいしい……!」 「うん、さすが貴族御用達の店ね。値段が安いのに、本当においしい」  ルヴィリエがそうあっさりと言いながらケシの実ケーキを食べるのに、スピカは舌を巻く。 「これ、安いの? 私には全然だよ……?」 「もう。今日は魔力枯渇一歩手前のスピカにおごるんだから、そんなこと言わないの」 「でもやっぱり……今回は私が加減が全然わからなかったからだし、ルヴィリエにずっとおごられ続けるのは心苦しいよ。バイト探さないとなあ……」 「そこまで気にしなくっても……」 「あらあら、そんなことはなくてよ」  そう声をかけられ、ふたりは振り返った。  たおやかな口調に穏やかな雰囲気。昨日スピカとアレスを寮まで送ってくれた革命組織のアセルスだった。向かいには真っ白な髪に深紅の瞳の青年がいる。一瞬昼間にやり合ったズベンの友達かと身構えたが、ズベンの友達とアセルスとお茶を飲んでいる青年だと、陰気の質が違った。 (というより、なんでこの学園にはバリエーション豊かな陰気な人が揃っているんだろう……)  そうスピカは思ったが、自分の感想は引っ込めて「こんにちは、昨日は送ってくださりありがとうございます。アセルス先輩」と挨拶をすると、アセルスはにこにこと笑って「いいえ」と返す。 「今日はふたりだけなのねえ」 「あ、はい。友達のルヴィリエにおごってもらってます。なんだか悪いからバイトしたいなあと思っていたところで」 「バイトかや?」  不意に陰気な先輩に声をかけられ、スピカはびくつく。 「あ、はい……」 「ならアセルスや、雇えばよかろうよ」 「でもねえ……新入生の子を巻き込むのは、カウスさんが嫌がるのではなくて?」 「バイトじゃバイト。手伝ってくれたほうがよかろうよ」  ふたりのやりとりに、スピカは考え込む。 (アセルス先輩は革命組織の人だよね、カウス先輩と一緒にいたし。だとしたら、目の前の人もそうだし……革命組織でバイトってまずいのでは。そもそもルヴィリエはそんなこと知らないし)  ルヴィリエを巻き込むのは嫌だなあとスピカが考えていたら、ルヴィリエが警戒してふたりを見比べる。 「あのう……私たちはそろそろ食べ終わるので帰りますね……」 「待つがよかろうよ。記録会の記録係のバイトはいかがかえ?」 「……はい?」  路地裏の退廃的な雰囲気とは打って変わり、やたらと健康的なことを言われて、ふたりは顔を見合わせた。  よくよく考えれば、生徒会や五貴人がいつどこで聞いているかもわからない場所で、革命組織の話などする訳がなかった。
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