恋人たちに明日はない

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恋人たちに明日はない

 バイトに出かけたスピカを見送ったアレスは、どうしたものかなと思いながらも、路地裏に出かけることにした。  昼間に簡単に洗脳された上に、尻尾を生やされて下僕になったのが恥ずかしかった上に居たたまれなかった。 (魔力が全然足りないから、魔力を消耗するような力はコピーできねえし、制限多過ぎだ……スピカほど頑張りたくねえけど、でもなあ……)  魔法など使えなくても、アルカナの力が弱くても、平民であったら魔法と無縁で生きていけるし、不便に思うことなんてないが。  学園アルカナでは勝手が違う。強い大アルカナを持ち、その力を持つのは大概は貴族なのだ。  魔力の量がこの学園にヒエラルキーを築き上げ、生徒会執行部も五貴人もこの混沌とした学園を支配できるのは、その力のおかげだ。  ……【悪魔】を完封できない今の自分だったら、貴族に下克上なんて夢もまた夢だ。 (格好つけた手前、このまんまなんもできないのもなあ……)  だからアレスはさっさと寮に帰り、自室で魔力増量の訓練を行おうと思っていた。誰かに見られるのが嫌なため、ひとりでこっそりと行いたかった。舐められたらおしまいという路地裏で育ったアレスからしてみれば、舐められたら負けるということを身をもって体験していた。  そんな中「アレス?」と声をかけられる。  ……誰かを引きずっているスカトであった。それを見て、アレスは「うげっ!」と声を上げる。 「お前、また喧嘩したの? やーねー」 「やーねじゃない。いい加減に入学式で諦めてくれたらよかったのに、僕のカードがそこまで強くないと判断したら、アルカナ集めで襲い掛かられたんだ。そういうアレスは今日は襲われてないみたいだな?」 「うーん、たしかに今日はな」 「そういえばスピカは?」 「ルヴィリエとバイトだとさ。うーん、ちょっと聞いていいか?」 「なんだ?」  アレスはきょろきょろと周りを確認してから、スカトに尋ねる。 「お前はルヴィリエをどう思うの?」 「どうって……女子じゃないのか?」 「はあ……それ以外」 「それ以外……アレスのことを嫌ってるようなとこがある、というより男子があんまり好きじゃないみたい?」 「うん。ルヴィリエの趣味趣向じゃないってば。あー……お前に聞くのが間違ってたみたいだけど……」 「さっきからアレスもずいぶんまどろっこしいことばかり言うなあ。なにが言いたいんだ?」 「じゃあ単刀直入に聞くけど。あいつって信じて大丈夫な訳?」  アレスの言葉に、スカトは少なからず驚いた顔をして、アレスを見た。  ルヴィリエは少々口うるさい部分が多く、男子の扱いが雑だが、どう考えても善良な少女に思えるからだ。 「……すまん。俺はアレスがなにがどうルヴィリエを気に入らないのかがよくわからないんだが……」 「別にあいつがいい奴か悪い奴かっつうのは、まあいい奴かもしんねえけど? ただあいつ、嘘ばっかついてるから、余計によくわかんねえんだよ」 「嘘……もしかして、僕たちが貴族だってことを隠していたことか?」  それにしゅんとスカトが肩を落とすのに、アレスは首を振る。 「いや、お前からは普通に話を聞いてるから、別に今は納得してるってば! ただ、ルヴィリエからはなんにも聞いてねえんだよ」 「そりゃあ、まあ……僕と同じで言いたくなかったからじゃないのか?」 「それも少し考えたけど。あいつ不可解なんだもん。これだけ派手に校内でやり合ってるのに、どうして昨日の食堂まで誰にも襲撃かけられなかったんだよ?」 「……そんなの、他に襲われてない新入生はいるだろ」 「それは中立地帯の寮に帰ってるだろ。どうして寮に帰らずに普通に誰にも襲撃されてないんだよ」 「それは……」  アレスの指摘に、スカトは言葉を失う。  少なくとも、まだ新入生は魔力がそこまで多くない。どれだけ強いアルカナを持っていたとしても、使いこなすことすらできずに、殴ってカードを奪われたらそれでおしまいだというのに。  新入生はいきなりのアルカナ集めのせいで、ほとんどは我先にと寮に逃げ帰ったが、スカトのように学年の違うカウスを探していたり、スピカやアレスのように下校中だったりだと、他学年に見つかる可能性もうんと高くなる。  しかし、普通に校舎内に残っていたルヴィリエは襲われた形跡は全くなかった。 「彼女のアルカナの能力っていうのは……」 「それも考えたけど。だったらそれ、もっと早くに言うことないか? 俺やスカトが気に入らねえんだったら、せめてスピカには」  アレスからしてみれば、ルヴィリエはどうにも自分に対して当たりが厳しいというのを隠しもしてないように思えた。  年頃の女子からしてみれば、アレスみたいなタイプは子供みたいに見え、やることなすことが気に食わないんだなと辟易しているから、ルヴィリエはそういうタイプなんだろうで割り切れるが。  その年頃の女子が、女友達に執着するのもまた理解ができる。だが。  ルヴィリエがなんらかの力を使って、アルカナ集めを回避しているんだったら、それを仲のいいスピカに使ってやるべきではとアレスは思うのだ。 「ただあいつのアルカナの能力使う条件のせいで、言えないっつうのなら別にそれでかまわないけどさあ……俺は逆の場合を気にしてるんだよ」 「逆って?」 「……わざと俺たちを嵌めようとして動いてねえだろうなと」 「おい、いくらなんでもそれは、憶測にしか過ぎないだろ?」  さすがにたまりかねて、スカトがアレスの物言いに咎める。 「誰だって言いたくないことだってあるだろ? 僕だってそうだ。ルヴィリエだってあるのかもしれないし」 「だけどさ。ならどうしてあいつ、平民の乗り物に乗って入学したの? お前の場合はまあ納得したけど、あいつからはなんの説明も思惑も聞いてねえ。だから、俺は完全には信用できない」 「あのなあ……」  スカトは溜息をついた。  彼女に対する意見はどうしても、アレスとスカトは平行線のままのようだ。  ただ、ルヴィリエに好かれているスピカの意見は?  スピカからして、ルヴィリエは信用に値する人物なんだろうか?  しばらくしてから、スカトは口を開いた。 「何度も言うけど、誰だって言いたくないことはあるんだよ。アレスくらいにシンプルに生きられるんだったら、誰だってそう生きている。言いたいこと言いたくないことってのは、貴族も平民も関係ないだろ」 「……っ、ああ、もうわかったよ。今はそういうことにしておく」  そこで気まずい空気を残しながら、それ以上はふたりとも黙って寮に帰ることとなった。 (……そりゃそうか。今回はスピカはアセルス先輩とこからのバイトだから放っておいたけど、もし他所のバイトだったら様子を見に行ったしなあ……)  彼女もまた、生まれたときからアルカナ自体を偽り続けていたのだから、嘘をつくことに罪悪感を覚え続けているタイプだっているだろう。  ルヴィリエが罪悪感を覚えず嘘をつき続ける人間ではないと、そう信じることしか今のアレスにできることはない。 ****  アレスとスカトが揉めていたことを、話題の一画であるスピカが知ることはなく。  シュラークバルの試合も終わり、スピカとルヴィリエは記録シートをそれぞれアセルスに返した。  そのあとにすぐバイト代をくれたが、スピカはそれを見て目を引ん剝く。  ……平民育ちの教会暮らしからしてみれば、金額の桁がおかしい。 「あ、あの……これ、桁合っていますか? これ、バイト代って言っていいもんなんですかね?」 「合っていますわ。そもそもこの町の物価が高過ぎるし、あんまりバイトだけに明け暮れさせるのも、この学園に来た意味がなくなってしまうでしょう? ならバイトの賃金を上げるしかないですから」 「そ、そうなんですかね……?」  納得いくような、いかないような。  スピカはそう思ってダラダラと冷や汗をかいているものの、ルヴィリエは首を捻って封筒の中身を検めてから、封筒に押し込み直した。 「私も合ってると思うけど……だってバイト代だし」 「そうだけど! そうなんだけど! こう、このお金受け取って大丈夫なのかなと心配になったりするかなと!」 「もーう、スピカってば心配し過ぎだってば!」 「ええ。お金の心配はどうぞなさらないでくださいね。私たちのほうでいろいろ工面してますから。ねえ、アル?」  そうアセルスが話を振ると、あの陰気な先輩は頷いた。 「ふむ」  そう言いながら、彼はいきなりカードフォルダーを取り出した。カードに触れると、いきなりなにかを取り出し、スピカはぎょっとする。  それはどこからどう見ても鎌である。畑仕事に使うような片手で持って使うような小さいサイズではなく、両手で持たなかったら真っ直ぐ持つことは不可能な大きさのそれを持つアルは、陰気な雰囲気も相まって、教義の中で語られている死神に見えた。 (てっきり……この人は革命組織の人だって思ってたのに……カウス先輩、近付くなって言ってなかったっけか……この人、どう考えても【死神】じゃない……!)  スピカが思わず後ずさりをした中で、ルヴィリエがいきなりスピカに抱き着いてきた。 「えっ……ちょっとルヴィリエ……なに!?」 「危ない……!」 「えっ!」  ルヴィリエにそのままガバリと体重をかけられた先。いきなり風がなぶり、シュラークバルのために設置したポールがぶわんぶわんと揺れた。  そのつむじ風の方向には、先程更衣室に戻ったはずのエルメスが、レダを伴って立っていた。 「なんのつもりかや? そちは革命組織にも生徒会にも着くつもりがないコウモリではなかったかえ」 「コウモリ……か。たしかに俺は学園内の抗争にもアルカナ集めにもなんの興味もないんだけどねえ……事情ができたから、カードをいただかせてもらう」 「そちでは我には勝てぬだろ」 「その割には本気を出さないね」  そう言いながら、エルメスがつむじ風をぶつけてくる。そのたびに風が巻き起こり、ポールがぶわんぶわんと揺れる。  それにルヴィリエは慌ててスピカに抱き着いた。 「先輩たちが戦ってる間に逃げよう! 私たちだったら対処全然できないよ!」 「で、でも……私たち先輩たちからバイトもらったんだよ? これ放っておいていいのかな……」 「ああん、もう! そもそもあの人たちアルカナ集めに興味なかったんじゃなかったの!?」 「私、エルメス先輩はアルカナ集め自体には興味ないけど集めてる人だって思ってた……」 「それ! それ興味あるなし問わず集めてるじゃない! 逃げよう!」 「う……うーん……」  そう思ってとりあえず起き上がろうとしたが。アルとアセルスを狙う風以外に、もうひとつ風がぶつかってきた。  風の幕が生まれ、そこにスピカとルヴィリエは閉じ込められる。  振り返ると、その先にはレダがいた。 「……レダ先輩」 「ごめんなさいね。あなたたちが嫌いな訳じゃないけれど、妬いてしまうから。だから」  レダはカードフォルダーを掴む。 「あなたたちのカードをちょうだいね」
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