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検証、そしてそれぞれのアリバイ
「いろいろと面白くなってきたな。この事件、興味深い」
「確かに、僕も気づいた。見崎さんが犯人が死体を処分しているのを目撃したのは十一時半ごろなのに、服部さんは村本さんを十一時四十分に目撃している」
「どこが不自然なんだ?」
「どこがって、証言がずれているじゃないか」
「ははっ!」彼の反応からして、どうやら僕はまた勘違いしているようだ。「村本の首なし死体は焼却炉に捨てられていない。サロンに並べられていただろ。それに、あの七人組があのとき殺されていたとしても、村本も同時に殺されていたとは限らない」
「ぐっ‥‥‥」悔しい。「確かに」
どうやら僕は、一夜にして八人が殺されたのだから殺された時刻も同じだという固定概念に囚われていたようだ。それに対して日ノ本は頭が柔らかい、というか、狂っている。
「そもそも根本的な問題が存在する。なぜ八人は首を切断されて殺されたのか、だ」
「そういえばそうだな」
「殺すならもっと手際のいい方法があったはずだ。あの貧弱な老人なら首を絞めてしまえば簡単に殺せるだろうに」
その言い方はかなり不謹慎だが、ともかく日ノ本の言っていることは正論である。あの村本然り、あの七人組だってまとめて毒殺などしてしまえば手際がいいはずだ。
「いや、違うのか」
そこで気づく。死因が明らかにされているのは村本だけだ。村本の胴体部分は残されているが、その他の胴体はすべて燃え尽きてしまっているからだ。
もし、村本だけが首の切断が致命傷だったら? 七人組もおそらくは首の切断が致命傷だったのだろう、と警察は判断してしまうのではないだろうか。もしそれが犯人の目的だとしたら——
「死因を隠そうとしているのではないか、なんて考えていないよな?」
「君は千里眼を持っているのか?」
「千里眼に透視能力はない。それに、心なんか読んでない。馬鹿の考えることは見え見えって言っているだろう。俺が考えるところ、七人の死因を隠すことによって発生するメリットはない」
「まだ分からないだろう?」
「それに、七人の死因を何らかの理由で隠したいなら、首ごと焼却炉に突っ込んでしまえばいい話だろう?」
「それはそうなんだけど‥‥‥」
日ノ本を無意識について行っていたが、そこでたどり着いたのはまたしてもあの現場だった。
先程よりは警察の数は減っているものの、まだ捜査をしているようだ。そこに躊躇なく入っていく日ノ本。さすがに僕は足を踏み入れるのをためらった。
奥で「また君か~」と、刑事の竹取らしき声が聞こえる。
「おい、世界堂。来るんだ」
「え~?」
正直、今まで生首が転がっていた場所に足を踏み入れること自体に抵抗があったので、どうしてもサロンに入る気にはなれなかった。
しかし興味本位で中を覗いてみると、あの巨大なギロチンの周りに刑事がたかっているのが見えた。これから運ぼうとしているのだろうか。
そこに乱入してくる日ノ本。運ぼうとしているのを邪魔されたのだから、刑事たちは当然彼を白い目で見る。
「少し邪魔する」
それだけ言うと、日ノ本はギロチンの前にかがみこんで観察し始めた。よく見るとギロチンの下部分には八つ窪みがあり、そこにうなじを当てるのだろうと察することができた。しかしどうしても、血がべっとりと付いているであろう刃には視線を向けることができなかった。
「日ノ本、まだか?」
そう言うと、日ノ本は満足した様子でこちらに向かってきた。早速彼は口を開く。
「世界堂、刃の部分を見ろ」
「なんだよ、いきなり」
「とにかく、刃の部分に血がついているだろう? しかし刃の一番端には、新しい血が付いていない、これがどういう事かわかるか?」
「ええと‥‥‥」
頭の中で情報を理解する。まずギロチンには犯行の際に付いたであろう血が付着していた。しかし刃の端の部分には新しい血は付着していなかった。端の部分、というのはおそらく一人分ほどの間合いのはずだ。ならば——
「時間切れだ」
「待って。八人中一人はギロチンで殺されていなかった、ということ?」
「違う。八人は同時に殺されていない、ということだ。一度七人が一遍に殺され、あとからもう一人も位置を詰めた状態で殺された、というわけだ。おそらくその一人は村本だろう」
「ああ、そういうことか」
つまりは、八人が一遍に殺されたわけではない、というさっきの理論の裏付けというわけだ。服部の証言に合わせると、七人組が殺されたあとに、村本が連れ去られて殺されたということだろうか。
「引き続き聞き込みだ」
まるですでに旅館の間取りを把握しているように、そしてどこに誰がいるのかを把握しているかのように、日ノ本は進み始める。
そこで僕は気になったことを口にした。
「思ったんだけど、服部さんが犯人で、嘘の証言をしているっていう可能性は?」
「皆無だ。村本が十一時四十分から二時までの間に殺されたと思わせたいなら、その間のアリバイを作っておくはずだろう」
「じゃあ、誰かを庇っている可能性は?」
「十一時四十分から二時までのアリバイがある人がいない限り、それはあり得ないな」
次に当たったのはあの矢本と小形のコンビだった。二人は二階にある部屋で静かに待っていた。
「十時から十一時三十分ごろまではどこに?」
これは見崎の目撃証言から、七人組が殺されたとされる時間帯だ。
「その時間はー」飄飄とした様子の矢本は、首をひねる。「小形もオレも一人だったね。オレは外を歩き回ってたよ。暇だったし」
「ボクは部屋にずっといました。証人はいないけど」
と、小形。
「じゃあ十一時四十分から二時までの間、二人はどこに?」
さらに服部の目撃証言から村本の死亡推定時刻を絞ったうえで確認を取る。
「その時間なら、二人でトランプとかやってたなぁ。なあ、小形?」
「う、うん」
つまりアリバイは完璧、か。
「その間に席を立ったものは?」
そう訊くと、小形が控えめに手を挙げる。
「矢本が一回トイレに行ってました」
「ああ、そうそう。部屋の中になくて困るんですよねぇ」
疑われると思って焦っているのか、矢本は関係ないことを言ってごまかそうとしているようである。しかし日ノ本は彼をスルーする。
「何分くらいで帰ってきた?」
「それも数分すよ。五分くらいかな。さすがに何時ごろの話かは覚えてないっすけど」
「それ以降はずっと一緒にいたんだな?」
「あと、小形も一回トイレに行ったはずだ」
「う、うん」
「それも数分か?」
「ほんの数分だったと思うよ。五分かそこらだね」
「うん、そうだった」
言動は怪しいものの、彼らの言っていることはおそらくは正しいだろう。二人が共犯なのでは、とも思ったが、それならばわざわざトイレに行ったという話などを持ち出す必要はないはずだ。
「いやぁ、まさか村本さんたちが殺されるなんてなぁ。そういえば、あのギロチンで首をちょん切られたとか?」
「まあ、はい」
「想像するだけでも鳥肌だね。怖いね」
矢本は、まったく怖くなさそうな表情でそんなことを言う。そこで小形も怯えて様子で口を開いた。
「まさか、あなたたちは犯人じゃないですよね?」
「俺は違う。世界堂は知らんが」
「おいおい。見張りを一緒に‥‥‥」と言おうとしたものの、そこで気づく。「ああ、死亡推定時刻の間ずっといたわけじゃないのか」
そこで途中でこっそり退散してしまった自分を恨んだ。あんなことしなければ、アリバイは完璧だったはずだ。
「そういえば、昨日ボヤ騒ぎなんかもあったねえ。あれも犯人の仕業なのかなぁ」
「‥‥‥あ!」そこで閃く。「もし、犯人がサロンの鍵を盗むためにボヤ騒ぎを起こしたとすれば、僕たちにはアリバイがあるじゃないか⁉」
そう、僕らはボヤ騒ぎの間、ずっと共に行動していたのだ。もしそれが犯人の仕業なのだとすれば、僕らのアリバイは完璧だ。
「え、どうなの?」
「そうなんすか⁉」
何も知らない二人が驚きの声を上げる。
「‥‥‥関係ないことばっか喋んな」日ノ本は立ちあがった。「検証するぞ」
またしても礼もいわずに去っていく日ノ本。僕も会釈だけして、日ノ本を追いかけた。
彼は速足で階段を上っていく。
「日ノ本、今度はなんだ?」
「矢本と小形に本当に犯行は不可能なのかを検証する」
「あー、ええと、それぞれ一回トイレに立ったっていう話か」
その五分間に村本を殺害することができないかを、検証するつもりなのだろう。日ノ本は三階に着くと、真っ先に村本の部屋に入り込んだ。すでに鑑識の調べなどは終わっているようだが、入るべきではないように思えた。
しかし日ノ本はというと、いつから持っていたのかポケットからゴム手袋を取り出し、嵌めてから奥へと進んだ。一方素手のままである僕はそのまま待機する。
「おい、世界堂。来い」
「だって手袋を‥‥‥」
「別に証拠に触んなければいいだろ」
「まあ、そうか」
僕が仕方なく村本の部屋に再び入ると、微かに血の臭いがした気がしたので思わず顔をしかめた。いや、ただの幻覚か。
しかし、証拠品に触らなければいいと言うのだが、いったい僕は何をするべきなのだろう。
「そこに寝そべろ」
「‥‥‥は?」
日ノ本が指さしたのは、他でもない村本の布団であった。
「いいから」
「村本さんの布団に入るなんて、証拠品に触れるとかのレベルじゃないだろ!」
「黙ってろ。警察に聞こえる」
別に聞こえたって構わなかった。日ノ本など、警察に叱られてしまえばいい。
「それに君が寝そべればいいじゃないか」
「‥‥‥それもそうだな」
案外あっさりと頷くと、彼は堂々と村本が寝ていた布団に潜り込んだ。ミノムシのように布団にくるまると、黙り込んだ。
「‥‥‥何をしているんだ?」
「俺を掴み上げろ」
「ああ、そういうことか」
彼は今、犯行のシミュレーションをしようとしているのだ。日ノ本が村本役で、僕が犯人役ということである。僕は日ノ本の頭側に回り込むと、一番簡単だと言われている、相手の脇に腕を入れて持ち上げる、という方法で彼を布団から引きずり出した。
布団から体を出した日ノ本は、またしてもいつから持っていたのかタイマーを握っていて、それをスタートさせた。
「このまま部屋から出るんだ」
「うん」
意識を失っているフリをしているのか、彼は完全に力を抜いているようで、玄関まで引きずるにはかなり労力が必要になる。
玄関までたどり着くと、僕はドアを開け、閉まらないように片方の手で押さえたまま、部屋から出た。なおも彼を引きずり、エレベーターの前まで運ぶ。ここまで来ればゴールであるサロンまではすぐだ。と思っていると、
「おい」
「ん?」
「あの時間、エレベーターは作動していなかったはずだぞ」
「‥‥‥え?」
そこで、昨晩部屋に帰ったときの記憶が蘇った。そのときエレベーターを使おうとしたものの、確かに電気がついていなかったはずだ。
つまり、僕は階段を使わなければならない。
「早くしろ。時間の無駄だ」
「分かったよ」
僕は引きずりからおんぶに切り替えようと日ノ本を持ち上げるも、背中に思った以上の重量がかかり、よろけた。
「急げ」
「はいはい」
そういうも、亀のような遅さで階段に方向転換。なおもゆっくりと進んだ。しかしここからはさらに段差である。足元に注意して下りはじめた。一歩踏み間違えれば二人そろって転落だ。
そこで自分は今八人の首をはねた犯人を演じているのだと気づく。本当に犯人はこんな面倒なことをやったのだろうか。
「一分切った」
「日ノ本。思ったんだけど、犯人が村本さんをこうやって運んだとは限らないんじゃないか?」
「‥‥‥」
「例えばそのとき村本さんは起きていて、犯人と一緒に階段を下ったのかもしれない」
つまり、犯人は村本を持ちあげてサロンに運んだのではなく、村本自らの足でサロンに向かったのではないか、ということだ。
背中に背負っているので、日ノ本の顔は見えないが、微かに笑った声が聞こえた。
「あの部屋の布団の様子を見たはずだ。布団は村本自ら剥いだように裏返っていなかったはずだ。まるで寝ているところを引きずり出されたように布団の部分が膨らんでいただろ」
「ああ、そうだった」
自分も確かにそれを見たはずなのに、てっきり忘れてしまっていた。村本が寝ているところから引きずられた、と考えると睡眠薬か何かを前もって飲まされていたのだろうか。
そんなことを考えながら二階にたどり着く。階段から顔を出した瞬間、刑事たちの冷たい視線が突き刺さった。まあ、成人男性が成人男性を背負うといういかにも珍妙な光景に出くわしたのだから、当然か。
「やあ、竹取くん」日ノ本が目の前にいる男に声をかけた。「事件に進展はあったか?」
「そんな恰好で言われても困りますよ。警部ー」
困り顔の竹取は、助けを呼ぶように奥に声をかける。
僕はその警部とはなるべく出くわさないように、速足でその場を去っていく。もちろん日ノ本を背負ったままなので、走っても歩く程度の速度しか出ない。
そこでようやくサロンの前へとたどり着いた。現場の前には制服警官が仁王立ちしていて、いかにも怪しげな視線で僕らを見据える。
「ええと——」
僕が戸惑っていると、日ノ本がタイマーを片手に僕の背中を叩く。
「急げ!」
「じゃ、じゃあ失礼しまーす」
ダメもとでサロンの扉に手をかけると、当然警官が止めに入った。
「現場に忘れ物をしたんだ」
「あ、なら入っていい」
日ノ本の一言で決着がついた。あり得ないほど早く許可が下りたな、と感心しながら部屋に踏み入れた。
やはり部屋に入るや否や、血の臭いが鼻腔を刺激した。よく見るとカーペットに赤い染みのようなものを見つけたが、もはやどうでもいいと突き進む。
端に目を向けると、先程の警察官たちは持ち運ぶのを断念したのか、なおもあのギロチンがそびえ立っていた。血に染まった刃を見て、またしても吐き気が込み上げてくる。
「日ノ本、どうすればいい?」
「とりあえず降ろせ」
彼の言う通り僕はその場にしゃがみ込んで日ノ本を背中から降ろした。そしてギロチンを見上げる。
「ひ、日ノ本‥‥‥」
これが八人の首をはねたギロチンか‥‥‥。
「次に村本の首を切断するシミュレーションだ。あとは俺がやる」
彼はそう言って立ちあがると、手慣れた様子で傍らについている紐をしばらくいじり、刃の切っ先を確認すると、備え付けられたレバーを引き、刃を落とした。
耳をつんざくような音に、僕は思わず顔をしかめた。当然だがこの間に首を入れたら、ひとたまりもないだろうな、と思った。
「というか、なんでそんな手慣れてるんだ?」
「まあ、そういう仕事に勤めてたからな」
「いや、働いたことないだろ」
彼は僕の言葉をスルーし、そしてタイマーを止めた。
「‥‥‥十分三十五秒。長いな」
「そうだね」
いつの間にそんな時間が経っていたのだと知り、少々驚いた。
「お前が俺をサロンに運び込むまで八分。そしてギロチンを落とすまで二分ってところだ。お前の体力の少なさはともかく、素人ならギロチンを使うのにもっと時間を要するはずだ。そう考えると、五分やそこらでは犯行は不可能だ」
「まあ、そうだろうね」
退屈な作業だったが、これで五分ほどトイレに立ったという矢本と小形の無実(少なくとも村本の死には関わっていない)が証明されたということになる。
「忘れ物は見つかったか?」
その声に振り向くと、いつの間にか制服警官がサロンから顔を覗いていた。
「あ、はい、見つかりました」
僕が慌てて言うと、日ノ本は何も言わずに出口に進んだ。
「失礼」
彼は警官にすれ違いにそう言い、そのまま去っていく。彼の自由な行動にはいい加減苛々してきたところである。
「ああ、もう‥‥‥」
僕は髪を掻きまわして、彼を追いかけた。
二階の端にある部屋をノックしてしばらくすると、若い男性がドアから顔を出した。顔は見たことないが、バスの中で見た旦那さんに違いない。
殺人事件が起きたという事実に驚いている様子で、寝ぐせも直されていなかった。
「少し話をいいか?」
「ええと、誰ですか?」
日ノ本が頼み込むと、当然の答えが返ってきた。実際、僕らも相手の名前を知らないのだが、先に名乗るのが礼儀だ。
「すみません。僕が世界堂で、彼が日ノ本です」
「ああ、そうなんですか。それで?」
「事件のことについて、いくつか伺おうと」
「‥‥‥分かりました。ここでいいですか? まだ寝ているので」
そう言ってドアの奥を指さし、彼は廊下に出る。
「名前は?」
「湊一喜です。で、妻が早紀と言います」
「昨日の十時から十一時半までの間と、十一時四十分から二時までの間、どこにいた?」
「そんな時間、寝てましたよ」
「本当に」
「ええ、本当です」一喜は迷惑そうに日ノ本を睨む。「なんだ、犯人探しか。もしかして探偵ごっこでもしているつもりですか?」
彼の口調がいきなり荒くなる。そこで部屋の奥から足音がしたと思うとドアが開き、化粧の濃い小柄な女性が姿を現した。
彼女には見憶えがある。やはり、一喜の奥さんである早紀は、昨晩見張りをするときにすれ違ったあの女性だったわけだ。
「どうしたの?」
早紀は一度こちらを一瞥してから、心配そうな目で一喜を見つめる。
「いや、いいんだ。早紀は休んでてくれ」
「警察の方?」
「いえ、違いま——」
「ただの探偵ごっこをやっている奴らだ。気にするな」
「探偵ごっこ?」
「だから気にするな」
「う、うん」
「おい、待て待て」すかさず日ノ本が制す。「こんなところで気持ち悪い寸劇はやめてくれ。夫婦ごっこはよそでやれ」
「おれたちは夫婦だよ」
「俺たちは探偵だ。分かったら余計な口を利くな」
「‥‥‥」
その一言に、二人は黙り込んだ。僕は、巧みな会話術で相手を打ち負かしたことよりも日ノ本が放った『俺〝たち〟は探偵だ』という言葉に驚いた。
今まで僕を不要扱いしていたものの、一応は僕も探偵の一人として認めてくれたのだ。別に嬉しくはないが、少し意外であった。
「それで、お前らは十時から二時までの間、ずっと寝てたんだな?」
「ああ、寝てたさ」
「証拠は?」
「それは‥‥‥」
「つまり、夜中は誰でも抜け出せたわけだな?」
「もしかして、疑ってるのか?」
「よく分かったな。頭脳は正常なようだ」
「ちょっと」そこで早紀が割り込む。「言い合いはやめてくださいよ!」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥世界堂、次だ」
「え? あ、うん」
日ノ本はいつも通り無言で去っていく。誰に対してもまったく敬意を示さない姿は、ある意味分け隔てなく接していると言えるのだろうか。
「ああいう人種は大嫌いだ」
しかしながら、そう言う日ノ本の姿はただ嫉妬している人の典型のようにしか見えなかった。
「まあ、そんなこといいだろ? 僕〝たち〟は探偵なんだから」
そう言った途端、日ノ本はぴたりと足を止めた。
「‥‥‥」
「‥‥‥え?」
「お前は探偵じゃないだろ」
「‥‥‥え? で、でもさっき『俺〝たち〟は探偵だ』って——」
「悪いが、あれはただの語呂合わせに過ぎない。『おれ〝たち〟は夫婦だ』と言われたから『俺〝たち〟は探偵だ』と返しただけだ。簡単な対句法だろ」
「た、単なる語呂合わせ?」
「お前は休載中の漫画家だろ」
「まあ、そうだけど‥‥‥」
確かに、言い合いの最中に相手が言ったことに対して韻を踏んで言い返したい、という気持ちはわかるが‥‥‥。まあ、ただの考え過ぎだったというわけか。
「やっぱお前はアホだ」
「それで、日ノ本」急に恥ずかしくなって、強引に話題を変える。「もう一通り聞き込みは終わったと思うが、何をするんだ?」
「簡単な現場検証だ」
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