怪しい容疑者たち

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怪しい容疑者たち

 7  「それで、五時四十分ごろに、死体を見つけたと」  「‥‥‥はい」  背の高い刑事の問いに頷くと、刑事は真っ青な顔をしたままメモを取る。さすがの刑事でもあの光景には耐えられないのか。  あの惨状を目撃したあとしばらく呆然としていたが、その間に日ノ本が通報してくれたらしい。しかし、やはりこんな状況においても彼は冷静だった。  首なし死体の傍らに並べられた八つの生首。その一つは当然村本のもので、他の首はあの大学生七人組のものであった。  つまり、一夜にして八人が殺されたのだ。凶器はやはりサロンに置かれたあのギロチンで、日ノ本によると刃には新しい血液がべっとりと付いていたらしい。八人があのギロチンに並べられて、同時に殺される光景を想像してしまい、吐き気をこらえる。  村本以外の、七人の胴体は部屋の正面にある窓から投げ捨てられたらしく、あの真下にある焼却炉から大量の骨が発見されたという。  こんな所業を成し遂げられるなんて、犯人はいったいどんな神経をしているのだろうか。僕にはそれが気になって仕方がなかった。  「では、しばらく待機をお願いします」  「‥‥‥はい」  刑事が去っていくのを見送ってから、僕はソファに腰を下ろし、手を股の上で組んだまま俯いた。  そこで日ノ本が隣に座った。  「それにしても、まさか八人同時に殺されるなんてな。せいぜい村本ひとりだと思っていたが」  「‥‥‥」  「ところで世界堂。あの死体、なかなか凄くないか?」  「ああ、どうかしてるよ」  「そうじゃない。まるで、一つの体から八つの首が生えているようじゃないか? まるで、ヤマタノオロチのように——」  「・・・・・・あっ!」   嫌々光景を思い出して、僕は叫んだ。なんであんな風にする必要があったのか、と思っていたが、あれはヤマタノオロチの見立てだったのである。一つの体から八つの首が生え、そして切断された。まるでヤマタノオロチのあの有名な話のような状況ではないか。  「そう、あれは見立て殺人だ」日ノ本はどこか楽しげでもあった。「確かにあの再現はなかなか凝っている。しかし馬鹿な犯人は重要なことを忘れてる」  「‥‥‥尾がないってことか」  「その通りだ。ヤマタノオロチを知る人ぞ知る、あの八つの尾があの死体には再現されていなかった。つまり、犯人はヤマタノオロチを忠実に再現するつもりはなかったんだ」  「それは、言い過ぎじゃないか?」  「いや、違う。あれは意味のない快楽殺人のようなものではないということだ。すなわち、ヤマタノオロチを見立てること自体に意味があるということだ。分かるか?」  「うーん‥‥‥分かるような分からないような」  犯人は必要があって、死体をヤマタノオロチに見立てることにした。こういうことだろうか。つまり、そこまで忠実にヤマタノオロチを再現する必要はなかった。  「その意味はなんだろう」  「日ノ本、よくそんなことを考えられるな。僕なんか思い出したくもない」  「‥‥‥俺は別に犯人を探しちゃいねぇ」そんなことを言い始める。「ただ、そこが気になっただけだ。報酬ももらえないし、来て損したな」  「呑気な」  僕が聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いたとき、いきなり外が騒がしくなった。窓から覗くと、マスコミとやらがカメラのシャッターを切っているところで会った。  もうそんなところにでも情報が行き届いたのか。  と、今度は廊下が騒がしくなってきた。日ノ本と目配せをして廊下に出ると、三階から声が聞こえる。一瞬躊躇したものの日ノ本がためらわずに階段を上り始めたので、それに倣うことにした。  階段から顔を出してみると、先程から続いている声は村本の部屋から聞こえているらしかった。  「おい、どうしたんだ?」  日ノ本がスーツ姿の一人に声をかけると、それは先程僕に事情聴取をしていた刑事だった。名前は確か竹取(たけとり)と言っていた。  「君たち、なんでそこにいるんですか」竹取はその童顔をしかめる。「とにかく、被害者の村本数男さんの部屋から、怪しい粉が見つかったんですよ」  「怪しい粉‥‥‥? もしかして、違法薬物とか」  「らしいです。おそらく覚醒剤の類かと」  「ほら、またしてもビンゴだ」  日ノ本が呟く。彼の言わんとしていることは何となくわかった。  「まさか‥‥‥」  「きっと、じいさんは俺たちに見張らせている間にクスリの取引をしようとしたんだ。これで分かっただろ? あの年齢でジャンキーってわけだ。つまり——」そこで階段から従業員が覗いているのが見えたのか、そちらに手を挙げた。「おーい、ここに印刷室はあるか?」  「あ、ありますよー!」すぐに返事が返ってくる。「二階の奥に」  「行くぞ」  警察を避けながら日ノ本がどんどん先に行ってしまうので、僕も速足に進む。一番奥の部屋に印刷室と書いてあった。  「印刷室がどうしたんだ?」  「決定的な証拠をつかむ」  「はあ」  日ノ本は目の前にそびえる印刷機を手慣れた様子で操作する。すると印刷口の部分から音を立てて一枚の白紙が出てきた。  日ノ本はそれを取り上げて笑う。  「こういうことだ」    「どうした?」  「見ろ」  そう言うと日ノ本はポケットの中から紙切れを取り出した。昨日村本から渡された殺害予告の紙だ。  「ん? ‥‥‥あっ!」  この紙と先程印刷した白紙を並べてみると、同じ位置にインク漏れの跡があったのだ。つまり、この殺害予告はこの印刷機で印刷されたわけだ。  「これで分かっただろう? これが完全なる自作自演だということが」  「うん」  わざわざこうして確かめる必要はなかったかもしれないが、これがあの騒動が村本の自作自演だという決定的な証拠になったわけだ。  「状況を整理するぞ。村本数男は何者かとクスリの取引をするために俺たちを雇って周りを見張らせたわけだ。館内じゃなくて周りを見張らせたのは、内部の者ではなく警察を恐れていたからだ。  しかし今朝、村本数男はあのクズの七人組と一緒に殺されたというわけだ」  「ということは、村本さんはクスリの売人に殺された?」  「いや、売人は今回殺されたあの七人組だろう」  まるですべてを見透かしているような物言いである。さすが、自称天才。  「それはすなわち?」  「あの〝よっち〟とか言われていた男。あいつはボヤ騒ぎのとき、こんな真冬にもかかわらず腕まくりをしていた。最初は手を洗った直後なのかと思ったが、手の湿り具合を見てみるとそうでもない。しかし、腕をよく見てみるといくつか注射痕があった。あれは医者のようなプロが注射した痕じゃなかった。その時点で俺はあいつらが部屋でヤってきたんだと気づいた」  「そんなところで‥‥‥」  よく思い出してみると、確かにあのとき、よっちと呼ばれた男は腕まくりをしていた。そしてあとから慌てたように袖を戻していた。あの数秒間で、日ノ本は見抜いていたのか。日ノ本がしばらく放心状態だったのも、そのせいだろうか。  「あの七人組は毎年ここに来ているらしいな。つまり、毎年聖なる夜に、じいさんにクスリを届けていたわけだ。さながらサンタクロースだな」  「こりゃあ、あのマスコミたちも大騒ぎだな」  明日の朝刊には、あの有名企業の村本が違法薬物に手を出していたということが新聞の大見出しにでも載せられることだろう。  「さて、次は犯人探しだな。事情聴取だ」  まるで先程の彼とは別人のように、日ノ本はやる気を見出していた。印刷室を飛び出ると、速足で去っていく。僕も急いで彼を追いかけた。  「死亡推定時刻?」  「ああ、まだ分からないのか?」  日ノ本は印刷室を出るとすぐに竹取のもとに向かい、そう訊ねた。様子を見ていると竹取という刑事は警察の中でもだいぶ下っ端のようで、簡単に質問に答えてくれそうだと思っているのだろう。  「鑑識の見解だと、八人とも昨晩の十時から二時の間に殺されたとのことですが‥‥‥。それと、村本さんの場合は胴体にも首にも外傷はなく、出血の量からしても首の切断が致命傷ということで間違いないらしいですね。うっ‥‥‥!」  失礼、とだけ言い残すと竹取は口を押えながらトイレのある方へ走っていた。  どうしたのだと思っていると、ちょうど現場からブルーシートで覆われた担架が運ばれているところだった。この光景を見て現場の惨状を想起してしまったのだろう。  「警察の癖にひ弱だな。あんな奴、やめちまえばいい」  「そりゃあ、警察だってあんな死体、見たことないだろうから。ヤマタノオロチの見立て殺人なんて——」  しかし、八人もの人を殺害したのは、まさかヤマタノオロチを見立てるだけのためというわけではあるまいか。  しかし、日ノ本の考えだとあの七人はヤクの売人ということだったし、八人を殺すというのは明らかな計画的犯行だ。  「また、誰か覗いてるぜ」  日ノ本が言うので前方を伺うと、確かに階段から見かけない顔が覗いているようだった。真冬だというのに帽子を被った青年だ。  「もしかして、彼が村本さんの言ってた、火野智さんとかいう‥‥‥」  「きっとそうだ。おーい、覗き魔! ちょっと来い」  「ひっ!」  日ノ本の招きに悲鳴を上げると、火野らしき青年は階段からすっと消えてしまった。  日ノ本は面倒くさそうに舌打ちをすると、そちらの方に向かって行く。やがて階段の角で縮こまっていた青年を見つけると、切れ長の目で睨みつける。  「ここまで分かりやすい犯人はいないな、お前が犯人だ!」  「おい、日ノ本、それはやりすぎじゃ——」  日ノ本が暴走し始めたようである。まさか、そう指摘したあとの反応を窺って、犯人か否かを判断しているわけではないか。  「ぼ、ボクはやってない! 許してくれ!」  「ははっ!」日ノ本は本当に嬉しそうだ。「火野智だな」  「そ、そうだけど」  そう言って彼は帽子のつばで隠れた顔を見せた。目も鼻も口も細く、背も小柄な方で、いかにも人に見下されそうな風貌である。この態度からして実際、何回も人に見下されてきたのだろう。  「許してほしければ質問に答えろ。お前は昨晩の十時から二時までの間どこにいた?」  「ね、寝てた! もちろん自分の部屋で」  「あんた、毎年ここに来るらしいが、何が目当てだ?」  「何って、そりゃ見崎瀬依(せい)ちゃんがいるからに決まってるだろ」  火野は顔を赤らめながらそう言った。その名前を訊いてはっとする。彼はあの従業員である見崎のことが好きなのか。ついでに見崎の下の名前も知り(っていうかなぜ彼が知っているのだ!)、少し得した気分になる。  「はぁ? 誰だそれ」  「多分、あの従業員さんじゃない?」   「ああ、あいつか」日ノ本は火野を再び睨む。「つまりストーカー野郎ってわけか。それで、殺された奴らと面識は?」  「いったい、誰が殺されたんだよ」  「あの七人組と村本っちゅうじじいだ」  「え⁉」どうやら本当に知らなかったらしい。目を見開き、口をあんぐりと開けている。「じゃあ吉田(よしだ)も死んだの?」  おそらく〝よっち〟と呼ばれていたあの男か。  「死んだ奴らの名前は憶えてねぇが、きっとそうだろうな」  その瞬間、微かに火野の口が綻んだのが分かった。まるで勝ち誇ったような笑みである。やはり日ノ本もそれを見逃さなかった。  「何が嬉しいんだ、このストーカー野郎が」  「いや、実は七人組の中の吉田も瀬依ちゃんを狙ってたんだ」  「それで、ライバルが一人減ったというわけか」  案外なんでも話してしまうらしい。ライバルが一人減ったのはともかく、人が一人死んだにもかかわらず喜びを隠さないとは、よほど根が腐っているのだろう。  「で、でも殺したのはボクじゃないよ! 確かに吉田には消えてほしいと思ってたけど、わざわざ八人も殺す必要なんかないじゃないか!」  「‥‥‥」しばらく火野を恨みったらしく睨んだあと、「まあ、いいだろう。世界堂、次だ」  「う、うん」  僕らが階段を上っていく間も、火野はずっと踊り場でうずくまっていた。どこか誇らしげな表情が鼻に突いたが、おそらく彼自身は何も思っていない。  「ああいう奴は大嫌いだ」  日ノ本がこぼす。  「思うんだけど、本当の目的は吉田っていう人を殺すことでカモフラージュをするだけのために同時に八人を殺したっていうのは考えられないか?」  「本人は否定していたが、あのストーカーサイコ野郎ならやりそうなことだ」  火野の肩書が一つ増えた。日ノ本はポケットに手を入れながら、どこか寂し気に明後日の方向を向く。  「それにしても見崎さん、あんな人気なんだ‥‥‥」  個人的にはそれが一番ショックであった。この時点で二人もの人物が彼女を狙っていたと考えれば、密かに彼女に恋心を抱いている人は他に何人もいるだろう。  「次はあの家政婦だ」  「あ、そういえば」  「あ?」  僕はふと気になり、口を開く。  「見崎さん、大丈夫かな‥‥‥」  「お前、関係ねえだろ」  「いや、ごめん」  見崎はあれからずっと意識も朦朧としていて、今はロビーのバックヤードで休んでいるらしかった。確かにあの光景を見てしまえば失神もしてしまうだろうが、それでも体にまったくダメージを感じない自分が怖くなってきた。  もしかしたらこの状況に現実感がなくて、まだ人が死んだという事実を受け止められていないのか。  そんなときに、駆け足で階段を上ってきた家政婦の服部とすれ違った。  「ああ、こんなところに」  まるで我が子を探す母親のような言い草である。顔には汗が浮かんでいてだいぶ焦っている様子だったが、どうやら主が死んだことによるショックではないようだ。  「服部さん、どうしたんですか?」  「今、見崎さんが目を覚まされて、あなた方に話したいことがあると——」  「え、見崎さんが⁉」  彼女が目を覚ましたことによる驚きより、僕らと話したいことがあるという事実に驚いた。そこで隣から舌打ちをする音が聞こえる。  「それで、見崎っていうやつはどこに?」  日ノ本が面倒くさそうに訊くと、  「まだバックヤードで休んでおられます」  「日ノ本」  「まあ、行くしかねえな」  僕らは急遽方向転換をして、今度は階段を下り始めた。  「私、見ちゃったんです——」  一階のロビー。バックヤードの休憩スペースにあるソファに下半身を沈めた見崎は、まだ蒼白さの残るで顔で、まるでホラー映画の語り手のように話し始めた。  「見ちゃった、とは?」  「昨晩の十一時半ごろだから、世界堂さんと話す三十分前のことです」  「ちょっと待て」すかさず日ノ本が割り込んだ。「見張りから抜け出しておいて、お前は優雅に談笑してあがったのか?」  「今はいいだろう? 見崎さん、続けてください」  「うん。あ、はい。もう仕事も終わって帰ろうとしていたときに、いきなり『ドン!』と音がしたの‥‥‥」  「それは、どんな音だった?」  日ノ本が訊く。  「ええと、何かが落ちるみたいな音でした。それで、気になってここの窓から顔を出してみたら、そのときにまた同じような音がして。それで音のした方を向いたんです。そしたら‥‥‥その、人の影みたいなのが、ちょうど落ちてくるところで——」  「人の影?」  「はい、確かに見ました。人が上から落ちていって、そのまま焼却炉に飛び込んでいくところを」  「誰かさんがプールだと勘違いして、焼却炉に飛び込んだんじゃないか?」  日ノ本が見崎を馬鹿にするような口調で言うので僕は彼を睨んだが、日ノ本は明らかに気づいているはずだった。焼却炉の真上があの現場となったサロンになっていること。そして、見崎が見たあの光景は、おそらく犯人が七人組の首なし死体を焼却炉に落としているシーンであることを。  「音は全部で何回くらい?」  「数えてないけど、五、六回はしたと思います。それで私、怖くて誰にも話せなくて。焼却炉を確かめる気にもなりませんでした」 「その話を警察には話したのか?」  日ノ本が問うと、  「これから話そうかと」  「なんで俺たちを頼ったんだ?」  「だって、死体の第一発見者だし、信用していいかと思って‥‥‥」  「‥‥‥ふん」日ノ本は鼻で笑ってから真面目な顔をする。「あんた、十時から二時までの間どこにいた?」  「ええと、十二時まではここで働いてました。世界堂さんとも話しましたし」  見崎が僕にそっと笑いかける。その笑みに僕も思わず微笑んでしまう。  「なるほど‥‥‥分かった。世界堂、次だ」  あとから気づいたが、僕らはすっかり〝捜査〟をしているようであった。  今までまるでやる気のなかった日ノ本だが、今はさながら名探偵のように聞き込みを続けているようだ。事件は防がないが犯人は絶対に探し出す、というのが日ノ本のモットーなのだろう。  僕らが次に当たったのは後回しにしていた家政婦の服部だ。  「服部さんって、確か毎晩村本さんの部屋に薬を置いていくんでしたよね?」  服部のために用意された部屋もあるらしく、彼女は三階のとある部屋で休んでいた。  「ええ、そうですけど、急にどうされたんですか?」  「え、ええと‥‥‥」  僕は予想していなかった質問に言いよどむ。まあそりゃ、突然そんなことを訊かれたら戸惑うはずだ。  「話すと長くなるから省く」そこで日ノ本が助け舟を出した。「それで、村本の部屋に入ったのは何時ごろだ?」  「毎晩十一時四十五分ちょうどに訪ねております。測定した結果、その時間が一番眠りを深くされているようで」  そんなこともしているのか。こんなことをするのは家政婦の中でも服部だけかもしれないが、それでも家政婦と言う仕事は大変なのだと感心した。  「そのとき、村本の顔を見たか?」  「ええ、布団をかぶって寝ておられました」  「顔をはっきり見たんだな?」  「ええ。はっきりと」  「‥‥‥」日ノ本はしばらく考え込むと、「村本がいつも服用している薬は、どんなものだ?」  「持病である心臓病の薬と、血圧を下げる降圧薬を」 「えっと」そこで質問者が僕に切り替わる。「村本さんはいつも何時ごろに薬を飲まれていますか?」  「詳しくはわかりませんが、癇癪の治まる八時ごろにお訪ねしますと、コップが空になっているので八時以前ということになられます」  「そうですか‥‥‥」  愚問だったと歯を食いしばる。朝村本の部屋を訪ねたときにコップに水が入ったままだったので、そこから死亡推定時刻を絞れると思ったのだが、そもそも死亡推定時刻は今のところ深夜二時までの間で、すなわち八時までに村本が薬を飲むという情報を知ったところで何も意味がないのだ。  「相変わらず馬鹿だな、お前は」   「うるさいな」  やはり日ノ本が茶々を入れてくるので、僕はわざとらしく耳をふさぐ。  「それで、聞きたいことは以上でしょうか?」  「ええと、犯人に心当たりは?」  というのも、長年村本に付き合ってきただろうし、そんな服部なら彼のことについて詳しいのではないか、と思ったからだ。  「そうですね。一応、村本様は大手企業の理事長を務めておられましたので、敵といえば星の数ほどいるのですが、詳しいことは知りません」  「はあ‥‥‥」  この家政婦、見た目は真面目だが意外と毒舌だ。しかも当の彼女は何食わぬ顔で僕らを見つめているので、悪気もないらしい。  「十時から二時までの間、どこにいた?」  「一人で部屋におりましたので、おそらくはアリバイ証人はいないと思われます」  「分かった‥‥‥次だ、世界堂」  「え、もう?」  「もうって、もう訊くことないだろ」  「確かに」  日ノ本は服部に礼も言わずに去っていく。僕は日ノ本の分もまとめて礼を言うと、またしても日ノ本を追いかける。    
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