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磯巾着、出世魚を食らう
世の中には知ると危うい事実もある訳で。
弱い魚は非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿動がモットーだ。
三猿ならぬ三魚、それが一番賢いやり方、磯巾着が魚を食っても俺達ゃ知らぬ振りして遊泳している、何もできないのなら、何もしない方がいい。
所詮俺達ゃサンマとイワシなんだから。
そうだろ、相棒。
【磯巾着、出世魚を食らう】
4年6ヶ月は長かった。住んでいたアパートはとっくに引き払われていて、俺はどこにも行く場所がない。
相棒も女の所に厄介になっている身なのでとりあえずアパートを借りる手筈をつけてくれた。
茶目という一風変わった名前の知り合いがいい所を知っているというからそれは任せておいた。
最近は保証人だのなんだのが緩くなったとはいえ前科者に家を貸す所はない。
茶目の知り合いにまともなサラリーマンがいるのでそいつ名義で家を借りるという。
にしたって手続きに時間はかかるし、人間は真冬の下では生きていけないので俺は竹沢さんの家でしばらく世話になる事になった。
「荷物はこれだけか」
「はい」
「まあ上がれ」
シュッ、とした顔の男が笑って首を振った。
サンマと俺は顔を見合わせてから竹沢さんの家に足を踏み入れた。
竹沢さんの家はどデカい億ションの一室だ。俺達どチンピラにゃあ百年早い建物に竹沢さんは住んでいる。
流石兄貴、良い所に住んでおいでで、と言って讃えようかと思ったが、余計な事は言わない方がいいと考えなおして、やめた。
「まあ好きにやってくれ、俺は細かくない質でな。何をしてくれたって構わないよ」
「すみません」
「かまうなかまうな、浦島太郎のお前に何も言わないよ、サンマお前も数日ついてやれ、何かと不便だろうから」
「はい」
俺達は兄弟みたいに同じタイミングで頭を下げた。サンマとは杯を交わしちゃいねえが縁がある。
信用は人一倍しているからいいじゃねえか、そうだろう?わざわざ儀式をしなくたって、相棒は相棒だ。
とにかく竹沢さんは派手好きだった。どデカけりゃなんでもいいのか、と思う位どデカいキッチン、どデカいリビング、どデカいテレビにどデカいソファー。
これでもか、とばかりにバカ高い調度品は、少し嫌みに見えたが、テレビの上にゼロ戦のプラモデルがあって、ああこの人も悪い人じゃない、と思った。
竹沢さんはそれから、そうそう、と思い出したように付け加える。
「居候がもう一人いるんだ、俺の恩人でな。まあもうそろそろ帰ってくる頃合いだから、上手くやってくれ。俺はちょっと行かなくちゃならない所があるから」
「はい」
「粗相がないようにな」
と言って竹沢さんは部屋を出ていってしまった。俺とサンマは最初はもじもじとデカい部屋で小さくなっていたが、そこはどうしようもない愚か者の性、いけないと知りつつ(いけないって知っているからやりたくなるって事もあるだろう?)あちこち探った。
なんとも腹立たしい事に不完全ながらも掃除は出来ていたし、俺達が期待していた怪しいビデオ、なんてのはなかった。いい男は映像で処理ををしなくてもいいらしい。畜生、色男めと掃除能力ゼロの俺達は言いながら、とうとう竹沢さんの寝室に入っちまった。
すると目ざとい相棒が、ゴミ箱を指差しながらお盛んな事で、と言い放つ。なんの事だ、と思ったら、使用済みのコンドームとティッシュが無造作に捨ててあった。
一つじゃない。
わんさか、だ。
「絶倫だな」
「英雄は色を好むのさ」
「一回でこれだけだとしたら、女はたまったもんじゃねえ、ガバガバのユルユルになっちまわあ」
「ひー、ふー、みー、」
「おいおいイワシ!数えるんじゃねえや、こっちが虚しくなっちまう」
「竹沢さんだけのもんじゃないかもな」
「なんだと3Pか」
サンマは卑しい。
女と男の下世話な話になるとすぐに食いつく。
俺はそこまで品性がない訳じゃないが、サンマとからむとなけなしの品性は、どこか遠くに散歩に行ってしまうのだった。
駄目だこりゃあ、と思うが俺は元から駄目男だ。失う物などありゃしない。
俺はベッドサイドに置いてある使っていないコンドームを二つ手に取ってサンマに見せた。
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