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「見ろよ、サイズが違う」
「おお…乱交の線が濃厚だなあ」
「しかし女の形跡は少しもない、普通女がいると化粧品やら下着やら置いてったりって事があるんだよな、犬のマーキングみてえなもんだよ、するってえとデリバリか、行きずりか」
「ひゃあ、お盛んなこって、たまんねえ、あやかりてえもんだ」
「お前にはみどりがいるだろう」
「駄目駄目、女と畳は新しい方がいいに決まってら」
「お前もムショに行くべきだ、女体のありがたさを思いしれ。ちょっとした落書きでも興奮するよなありがたい体になって帰ってこられるぜ」
「やなこった」
かか、と笑ったサンマは多分気を使っている。俺の4年6ヶ月、失ったのはアパートだけじゃない。だがサンマは何も言おうとはしなかったし、俺も何も言わない。
いい関係だ。
俺達がゴミ箱のゴミについて、ああだこうだと言いながら寝室を出て、さてどうするかと思案していた時、玄関から音がした。鍵穴に鍵を差し込んで回す、あの音だ。
俺達が玄関を見守っていると、ガチャンと扉が開いて、白髪混じりの頭が覗いた。
目つきの悪い、壮年の男だったが俺達に気付いて笑った顔はなかなかいかしていた。
「ああ、カツ坊の客か」
「お邪魔してます」
「いいよいいよ、俺も居候の身分だからよ。ちょっとあんたら手伝わねえか」
パチンコで勝っちまって、と伸びたTシャツを着たおっさんは缶ビールの箱を二箱、抱えていた。
お見事だ。
昔は相当稼いだもんだ、と言ったおっさんは元当たり屋だった。
竹沢さんとは小さな頃からの付き合いで、体を壊して仕事を廃業したおっさんを竹沢さんが世話をしているのだそうだ。
俺達は竹沢さんに飼われている雑魚だが、このおっさんは言うなればペット、の扱いなんだろうと思った。
雑魚は魚の餌にしようが食おうが捨てようが構わない。竹沢さんのお心一つなのである。
だけどペットはそうじゃない。長生きしてもらう事が竹沢さんの狙いだ。
「ここはどうにも落ち着かなくってよう」
リビングの隅で我々はおっさんが持ってきた景品のビールで乾杯をした。リビングはあんまりにも広すぎて、真ん中にいるとソワソワしちまう。
万年貧乏の俺達はおっさんの気持ちがよく解る。
金魚鉢から池にはなされためだかの気分、そういう例えは分かり難いか?
とにかく俺達は隅っこでお互いを知った。おっさんは伊香と名乗った。
「カツ坊は俺が育てたようなもんさ、そりゃあ酷いおっかさんだった、パチンコ狂いの婆でね、自分は日がな一日パチンコ台にかじりついて、息子は店の前でずっと立ちっぱなしだ。あんまり可哀想なもんだから常連の連中で飯を食わせてやったり、景品のお菓子をくれてやったのさ。特に俺になついてね、今じゃあんなすました顔してるけどな、甘えん坊で恐がりの糞坊主だ、なんたって小学校三年生まで寝小便を垂れていたんだぜ」
「はあ」
「まあ、親の都合で引っ越しちまって随分ご無沙汰だったんだが、数年前にふらりと俺ん所へ来てね、昔の恩を返しにきたとかなんとか…」
そこで伊香は言葉を切った。遠い目をしながら酒を飲む。あんなに小さかったのにあ、と一人ごちている所を見ると、昔を思い出しているのだろう。
それから俺に、なああんた、と切り出した。サンマは黙って聞いている。
「出世魚って知ってるか」
「はあ、まあ。ワカシ、ワラサ、イナダ…って奴でしょう」
「そうそれさ、奴はそれだったんだなあ。悪い道に入ったのは可哀想だが俺みたいに落ちぶれねえでとんとん、と出世してくれたのはめでたいこった、俺はさしずめ磯巾着だな、おこぼれを預かって飯を食うちんけな生き物よ」
「まあ俺達だって変わりゃあしませんよ、なんて言ったってサンマとイワシ、名前からしてからきし弱い」
「なあにその内に芽がでるさ。今日は飲もう、俺の奢りだ」
そう言って、伊香が笑った。
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