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「いい、匂いだ」
「興奮するか」
「ああ…酷く興奮しちまうよ、疼いてたまらねえ、早くブチ込んでもらいたくなっちまう」
「男なら誰だっていいんだもんな、おじさんは」
「…そうだ、俺は誰だっていいぜ、別に構っちゃいられねえ、この、呑気に寝ている兄ちゃん達にも言ったけどな、俺は磯巾着よ。岩陰にへばりついておこぼれをもらったり、え、騙して獲物を食ったりするセコい男よ。お前だって本当は俺に執着するよな男じゃねえんだろ、お前は男が好きって生来の趣味を俺のせいにして俺に頼って生きてんだろうがな、お前は誰とだってできる筈さ」
「違う」
違わねえよ、と伊香は馬鹿にしたように笑った。
「いつまで経っても女々しいのは変わらねえな、この蛆虫野郎が。突っ込みてえんなら御託を並べてねえでとっとと済ましてくんな。俺は逃げやしねえが、誰が俺をヤろうが金をくれりゃあ俺にとっちゃみな一緒なんだぜ、え、お客さん」
「おじさ、ん」
竹沢さんは、弱々しい口調で伊香を呼んだ後、黙った。それから唐突に頬を張る音、バチン、と痛々しい音が聞こえた。
どさ、と俺の上に倒れ込む伊香、その伸び切ったTシャツの胸倉を容赦なく竹沢さんは掴んで立ち上がらせる。
鉛の匂いがツン、とした。きっと鼻血でも出ているんだろう。
「この色狂いが。一度位はおべんちゃらを言ったらどうなんだ。」
「か、かか。おべんちゃらか…そうだな、なんて言えばいいのか教えてくれりゃあ、何遍だって言いますよ」
「…」
「ほらカツ坊、好きな言葉を言ってみな。上手く言ってやるよ、百回だろうが万回だろうがよ、お前が満足するまで言い続けられるぜ、」
下品な笑い声が響き渡る。リビングが嫌な空気に満ち満ちていた。
竹沢さんの殺気は悲しい。
だが、俺は伊香が一番悲しく思えた。気のせいなのかは真実を知らない俺に解る筈もねえ、だけど俺は伊香は無理をしているように聞こえた。俺は悪い商売をして飯を食う。だから本当に悪い奴と悪くない奴の空気が読めなきゃ自滅する。
その悪党の勘がまるで伊香が竹沢さんに嫌われたくって悪びれているようだと俺に囁いた。
竹沢さんは普段は温厚だ。洒落っ気があって、ちょっとした会社の社長に見える。困った顔をしながら笑ったりなんかすると、男の俺でも変な気になった。
だが、キレたら手がつけられない。度胸なんてもんじゃねえ、狂気だ。
その竹沢さんが、唸った。
足で俺を蹴り飛ばし、俺はコロコロと鉛筆みたいに転がった。寝ているからって、ちょっとは俺達に配慮はねえのか。
こっちは一応人間なんだぜ、と思いながらサンマの方に転がり、横向きに寝ているサンマの胸に添う形で止まった。もちろん故意的に顔を竹沢さん達に向けて、だ。
サンマとキスする羽目になっちゃあ、かなわねえ。
サンマの息が首筋にかかる、ああ生臭えな、思いながら俺は薄目を開ける。
二人はしばらく睨み合っていたが、竹沢さんが伊香を床に叩きつけるように張り飛ばした。
伊香は年なのか、体にキレがない。俯けに叩きつけられれば、ヨロヨロと起き上がろうとする。
その様子を見ていた竹沢さんの左足が横っ面を蹴り飛ばす、それでも起き上がる、すると今度は顎下に蹴りが入って、どうっ、と倒れた。
無言で竹沢さんは伊香を見ている。俺に背中を見せて、仰向けに倒れた伊香を、じっくり検分しているようだった。
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