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朝からどしゃ降りの日
子供を保育園に送っていく
低気圧のせいで頭が重く
仕事は捗らず
締め切りはまだ先だから
二度寝することに決めた
ふと目が覚め時計を見ると
(あらま、もうお迎えの時間)
園は徒歩で数分の場所
靴を履くのも煩わしい程の豪雨
(どうせ濡れるなら雪駄で行くか)
父の残した雪駄を履き
大き目の雨傘をさして歩きだす
玄関の階段を降りると
既に道は膝下あたりまで
水が満ちている
(こりゃ、凄いゲリラ豪雨だ…)
T字路の角を曲がると
見えてくるはずの道が見えない
(妙ちくりんな雨だな…)
と思いつつも歩く
水かさは、どんどん増してくる
(しかし清流のように清い洪水とは珍しい)
と思って進んでいくと
向こうから漆黒の魚が泳いでくる
(ぶつかると危ないなぁ…)
と思い道を譲る
(このまま歩いて園まで辿り着くだろうか
無理しても“お迎え”に行かないと
拗ねて帰宅後のルーチンワークに支障が…)
と使命感に燃え
胸まで水に浸かりつつ進む
(世の中には、これほど珍しい水中生物がいるのだろうか?)
などとサファリパークのような気分で
流されてくる生物を眺め
(まて、奇妙奇天烈な物見遊山でお迎えを遂行しているが
帰宅時はどうする…?)
という保護者的な観点から復路の心配をしていると
「奥さん、今日は酷い雨ねぇ
私、船で来たから乗っていくといいわぁ~」
と、三軒隣の山田さんが声をかけてくれた
「ありがとう!
まさか、こんな豪雨になるとは思いもしなかったわ
今朝の天気予報で言ってたっけ?」
「降るとは言ってたけれど
これほどとは言ってなかった気がするわ」
山田さんの助けを借りて、ずぶ濡れになった重い身体を
船のバランスを崩さぬように気を付けながら上がる
「ほらほら、バスタオルあるから拭いて」
大判のバスタオルを私に渡してくれる
「気が利くのねぇ」
「当たり前でしょ。これ位常識よ。
奥さん、のんびり屋さんだから
なんど激しい豪雨に会っても
持ち物増やさないんだから」
と笑った。
「ほら、園が見えてきた。
今日は、それほど遠くまで移動しなかったみたいね」
「ほんとだ、時々とんでもないとこまで流されるからなぁ
そろそろ我が家も“船”買おうかなぁ…」
「買っちゃいなさいよ。
この先絶対に必要になるからさ
雨が降るたびに“お休み”するわけにもいかないでしょ」
「だよねぇ…」
「ゴム製のエンジン付きなら、そんなに高くないわよ
情緒があるのは木製だけど」
「そうかぁ。木製の渋めが欲しいなぁ」
「小学校に上がっても使うから
思い切って買ってみたら。妥協しないでさ」
「だよね…まだまだ、お迎え続くものね」
「あ…子供たちが手を振ってる。楽しそうねぇ
子供は何処でも生きて逝けるような気がするわ」
小高い丘の上に小さな森が広がっている。
大昔、“くじら”と呼ばれていた生き物だそうだ。
ざばーーと水を蹴り上げて子供たちを濡らしている。
飛沫がかかるたびに、園児の陽気に叫ぶ声が聴こえてくる
「あららら、あれじゃ傘してる意味もないわねぇ」
山田さんが呆れた声で笑う。
雨は止み
黒い雲の隙間から眩しい黄金の柱が水面を照らした。
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