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31.クリスとピーターとの出会い
※12月27日までに最新話(30)を読んでいた皆様へ。
エブリスタの投稿様式に慣れておらず、前までは特に意味のないところでページを切っていたため、ページの切る場所を変えました。
12月27日までに最新話(30)まで読んでくださっていた方は、『27.リディアはその日二度目の大声を上げた。https://estar.jp/creator_tool/editor/novels/25871275/edit?pageId=265163042&pageNo=31』まで戻って読んでくださると助かります。
ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません。
クリスとピーターの兄弟とリディアが出会ったのは、十年前。
ダグラスと出会い、前世を思い出してすぐのことだった。
たまたま父親と一緒に街に来ていた時、訪れていた宝飾店の隣の屋敷前に停まった荷馬車に、首を金具で繋がれた男の子が二人乗っていた。
一人は七歳のリディアよりも少し年上。灰色の髪が特徴の男の子だった。もう一人は、茶色い髪の五歳ぐらいの男の子。どちらも普通とは言い難いほどに痩せていて、服から覗く鎖骨はこれでもかと浮き出ていた。
まるで荷物のように運ばれてきた彼らにリディアは目を見張り、父の服を引っ張った。
『お父様、あれは?』
『あれは、奴隷商人だよ』
『どれい?』
リディアの呟きに父親は厳しい顔で『良くない文化だよ』と声を漏らした。
そして、リディアの目に二人が映らないように、彼女を馬車とは反対側に向ける。そして、歩みを促すように彼女の背中を押した。
『あの二人はどうなっちゃうの?』
リディアの純粋な問いに、父親は曖昧に笑うだけ。
後から聞いた話だが、その屋敷の主人は定期的に奴隷を購入しては使い潰し、時には道楽で皮を剥ぐなどの人道に反したことをして楽しむ人間だったそうだ。
そのことを知っていただろう父親の曖昧な笑みに、リディアは何かを感じ取り振り返る。
瞬間、荷馬車を降ろされる灰色髪の男の子と目があったのだ。その生気のない仄暗い彼の瞳に、リディアは背中を押す父の手を振り払った。そして、人差し指を彼らに向ける。
『お父様。私、あの二人が欲しいわ』
『え?』
『私に専用の執事をつけてくれるった話だったでしょう? 私、ずっといらないって言っていたけど、彼らがいい!』
『それは……』
さすがの要求にリディアの父親も戸惑ったような顔を浮かべた。
そんな彼にリディアはさらに言葉を重ねる。
『高いお金を出して他所から引き抜くって話だったでしょう? それなら彼らを買って、足りないところがあれば徹底的に教育すればいいわ。その方が安上がりよ。そうでしょう? お父様?』
『それはそうかもしれないが……』
『買って』
お願いというよりも命令に近い形でそういうリディアに、父親も狼狽える。
今までリディアがそういうお願いをしたことがなかったからだ。わがままも言わない、物欲も少ない、そんな子供が突然した初めてのワガママ。それが、『奴隷を買って』というものだった。
『いやしかし、彼らはもうきっとここの主人に……』
『二倍の金額を出すといえば、きっと譲ってくれるんじゃないのかしら? それでも、他所から引き抜くよりはきっと安いわ。お金は、いつか私が働いて返すから!』
『いや……それは』
煮え切らない父親に剛を煮やしたリディアは、未だ肩に乗っていた父親の手を完全に振り切り、奴隷商人の元へと飛び出した。父親が彼女の背中に何か声をかけたが、そんなもの関係ない。
奴隷商の元へついたリディアは、大柄の眼帯をした男を見上げた。
『こんにちは、奴隷商人さん。いきなりなのだけど、そこのお二人を譲ってくれないかしら』
突然現れた少女に男は驚き、そして、まるで馬鹿にするように頬を引き上げた。
『悪いが嬢ちゃん、こいつはもうここの屋敷の主人のものなんだ』
『ここの主人はいくらで買ったの? 私は、その二倍は払うわ!』
『人ってのは高いんだぞ? お嬢ちゃんなんかに買えるのか』
『払えるかどうかは金額次第よ』
小さなレディを男は完全に舐めているようだった。
男はリディアのことを鼻で笑うと太い人差し指を二人に向けた。
『一人頭、二十万ペンドだ。こっちは若いから、三十万ペンドな? 二人で五十万ペンド』
『その値段でここの主人にも売ったの?』
『まぁ、そんな感じだな』
ふっかけたのだとその瞬間にわかる。しかし、それは想定済みだ。
別に、予算内ならばいくらだって構わない。
『わかったわ!』
リディアは上着のポケットを探る。そうして、一つの懐中時計を取り出した。金色のいかにも高そうな懐中時計だ。蓋をあければ、文字盤にはダイヤがはめこまれる。
『私が大好きだったお婆さまの形見なの。売ったら200万ペンドにはなるわ。これでこの二人を私に譲ってくれないかしら? お釣りは結構よ』
『リディア! それは!』
追いついた父親が声を荒らげる。
責めるような視線を向ける彼にリディアは振り返った。
『お父様。これは私の商談なのだから口を出さないでください』
『しかし……』
『私ね。おばあさまのことも大切だし、この懐中時計もとっても大切』
『なら!』
『でも、思い出で人の命が買えるなら安いものだと思うの! これは買いだと思うわ、お父様!』
頬を引き上げながら晴れやかな顔でそう言うリディアに、父親はもう何も言うことができず、二人は無事リディアに引き取られることになったのである。
(確か、あれからすぐに奴隷禁止法ができたのよね……)
王宮からの帰り、リディアは馬車に揺られながら、そういろいろ思い出していた。
眼前に見えてきたオールドマン邸。そこにいるだろうクリスとピーターは昔のことをどう捉えているのだろうか。
「いい思い出、ってことはないわよね」
奴隷禁止法が施行された後、奴隷商たちはみんな職を失い、奴隷は解放された。一部の貴族たちの間で『奴隷が一斉に解放されれば治安が悪くなる』『せめて人買いを禁止して、今の奴隷は見捨ててはどうか?』という意見もあがったらしいのだが、結局その意見は採用されず、また法律施行後も治安もあまり変わらなかったらしい。
法律施行後、リディアも二人のことを解放しようとした。しかし、クリスは『働かせていただけるならここで働きたい』と言い、ピーターも『俺もお嬢の役に立ちたい』とそばを離れなかった。
そして、現在に至る。
(とにかく、二人には言わない方がいいわよね)
リディアは馬車から下りつつ、彼らには何も言わないでおこうと決意した。
手伝ってくれれば助かるが、嫌な思い出を蒸し返しても良い事はないだろう。
「はぁ……」とリディアはため息をつきながら屋敷の門をくぐる。
すると待ってましたとばかりにクリスがリディアを出迎えた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま」
いつも通りを装いそう返事をすれば、クリスはにっこりと笑いながら数枚の紙の束をリディアに差し出した。
「これは?」
「ジョルジュ・エルベールの資料です。奴隷商を廃業した後は、人材派遣の事業を始めたようですね。借金で首が回らなくなったような人間を集めて、主に鉱山などに派遣しているようです。ま、奴隷ではありませんが、ろくな給料は払っていないようですし、こいつの性根は変わっていないようですよ」
「え? ちょ、なに?」
いきなり渡された資料と『ジョルジュ・エルベール』という名前にリディアは混乱する。しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように、今度は背後にある扉が開き、別の声が背中にかかった。
「お。ちょうどいいじゃん! お嬢もいま帰り?」
「ピーター!」
「窓開いてなかったから、まだ帰ってきてないのかと思ったわ! ……ってことで、はいこれ!」
そう言って彼もリディアに紙を渡す。そのにはびっしりと住所が並んでいた。
「これは?」
「ジョルジュが持ってる物件のリスト。おそらく、この中のどれかが本丸だ。見取り図も今取り寄せてる」
「どうして……」
驚くリディアに種明かしをしてくれたのはクリスだった。
「実は、今朝お嬢様が王宮に向かった後、ピーターが『ダグラス様がジョルジュとのつながりを疑われてるみたいだから、内々に調査が入るかも』『もしかしたら、今日お嬢が呼び出されたのは、そのことかもしれないな』と言っていましてね」
「そしたら兄貴が『リディア様はお優しいので調査を頼まれても私たちには何も言わずに一人で片付けようとするかもしれないですね』『それならその前に私たちが資料を集めておきましょう』って!」
「二人とも……」
いつになく息ぴったりにそう言う二人に、彼女は眉を下げた。
感動と驚き。それと、安堵が胸を包む。
気の抜けた表情を浮かべるリディアに、クリスは微笑みを浮かべた。
「言ったでしょう。私の頭は貴女の頭であり、私の四肢は貴女の四肢。存分に使ってくださいと。私たちの気持ちを慮ってくださるのは嬉しいのですが、わたしたちからしてみれば、お役に立てないことの方が辛いですから」
「ま、一矢報いるチャンスが来たって思えば、気持ちもスカッとするわな!」
二人の言葉に、先ほどまで沈んでいた気持ちが晴れやかになる。
リディアは拳を振り上げた。
「よっし! みんなで協力してダグラス様の疑惑を晴らすわよ!」
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