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21.五月祭2
例年通りに、その年の五月祭も賑わっていた。
いつもより多い露天に、遠くで鳴る祝砲。カラフルな衣装に身を包みながら街を練り歩く人々に、花でいっぱいの山車。広場の中央では、楽器を持ち寄って即興で音楽を奏でる人がいたり、アクロバティックな技を繰り出す大道芸人もいたりする。
春を祝う祭りだからだろう、人々の髪や帽子には花が飾られており、子供たちは花冠までかぶっていた。
「あの花の形をしたランタン、とっても綺麗ですね。フィリッ……ア、アンドレ様?」
「本当だ。綺麗だね、ローラ」
恥ずかしげに頬を染め、うつむくローラ。
そんな彼女の隣にぴっちりと張り付く、フィリップ。
彼の本当の身分と名前を知ってしまい戸惑っている彼女に、彼は微笑みながら艶美な声でこう耳打ちをした。
「本当の名前を呼ぶのは、二人っきりの時にね?」
「あ、はい!」
「真っ赤になっちゃって、可愛い」
「からかわないでください! ア、アンドレ様……」
そう言ってローラは、恥ずかしげにうつむいた。
その姿もどこからどう見ても恋人同士である。
恋人のような距離感は、おそらく、フィリップの名を口にしてしまいそうなローラに対する配慮なのだろうが、だとしても近過ぎやしないだろうか。
(最悪だ……)
ぴったりとくっついた二人の後ろ姿を見つつ頭を抱えたのは、もちろんリディアである。ダグラスとローラをくっつける予定だったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。確かにフィリップのルートは、『ぼーっとプレイしていたら彼のルートになる』と言われていたぐらい簡易だし、ゲームの中でも一番王道なルートだが、こんなに抗っているのだから少しぐらい外れてくれてもバチは当たらないんじゃないだろうか。
それともやはり、運命の力には敵わないということだろうか。
(しかも、やっぱりダグラス様も機嫌が悪いし……)
リディアは隣を歩くダグラスを見上げる。
彼の眉間には、海溝のように深い二本の皺。リディアとは言葉を交わさず、じっと目の前を歩く二人の後ろ姿を見つめている。
そんな彼の様子に、リディアの口からはため息が漏れた。
痛む頭を抱えると、悩みすぎたのだろう、わずかに知恵熱も感じる。
(でも、落ち込んでばかりもいられないわよね! もっと、ポジティブに考えないと! とりあえず、二人が出会えただけでもよしとすべきよね!)
出会わずに始まる恋愛はないのだ。
これで一歩前進! ということにしておこう。そうじゃないと絶望感でこの場にうずくまってしまいそうだ。
そう、リディアが密かに拳を作った、その時――
「……リディア」
「あ、はい?」
無言に耐えきれなくなったのか、ダグラスにそう呼ばれた。
再び見上げれば、どことなく不安げな顔のダグラスと目があう。
どうしてそんな顔になっているのかわからず首をかしげていると、彼は少し迷った後、口を開いた。
「君はさっき、フィリップと――」
「はい?」
「いや、……なんでもない」
歯切れの悪い言葉にリディアは「へ?」と声を漏らす。
(フリップ様と何? 私、何かした?)
しかし、彼が気にするようなことは何も思い出せない。
ダグラスはそれだけ言ったあと、また無言に戻り、リディアの隣を歩くのだった。
それから、しばらく歩いていろいろ回った。路上で行われている楽器の演奏を聞いたり、不安定な母の上に命綱なしで登る大道芸人に声を上げたり、珍しいアイス屋なんてものもあったので、ローラに強請られるまま一緒に買って食べたりもした。
それから一時間も経つ頃には、ローラはフィリップとの距離感に慣れてきたようで、最初の頃のように頬染めてたり、声を上擦らせたり、互いに意味深な言葉を吐いたり、というようなことはなくなっていた。
(でも、どうしてもいい感じにならないな……)
ローラとダグラスが、である。
別に避けている風ではなく、楽しげに話しはしてはいるのだが、それだけだ。
なんというかこう『知り合い以上、友人未満』な感じかどうしてもしてしまう。どういいように見たって、あれは友人だ。
(仲が悪いわけでは無いのだけが救いよね……)
リディアだって、別に指を咥えて二人を観察だけしていたわけじゃない。
事あるごとに二人をペアにさせようとしてきたし、わざとフィリップと会話をしたりして、ローラとダグラスが一緒にいる機会を増やしたりもした。
それでも二人は、いい雰囲気にならないのだ。
しかも、ダグラスには最初の時に
『おそらく、彼女がアネモネです』
とまで言っている。ちなみに、その時の彼の反応は……
『そうか。彼女が……』
だけだった。しかも、その後もローラへの態度は変わらない。
あんなに必死に探していたアネモネが目の前にいるというのに、がっつきもせず、ローラにアネモネのことを聞いているそぶりもない。もしかして、手紙が再開したことで彼のアネモネに対する執着が弱まってしまったのだろうか。
だとしたら、少し寂しい気もするが……
(そもそも、ローラに対してちょっとそっけない気がするのよね……)
最初は良い印象を持っていなかったとはいえ、ゲームでは後にローラにぞっこんになってしまうダグラス。そんな彼だからこそ、悪いところが見つからないローラに出会えば速攻で恋におち、猛烈なアタックを仕掛けると思っていたのだが……
「猛烈なアタック……というのは、今のところ見当たらないわよね」
思わずそうぼやいてしまう。
悪い印象は持っていないようだが、特別良い印象を持っていないような気がする。猛アタックなんてかけらも見られない。
というか、ローラもローラだ。望んでもいないフィリップとはいい雰囲気になるくせに、ダグラスには一歩引いた態度で接している。まかさダグラスの魅力が足りないとでも言うのだろうか。
(それはない……わよね?)
リディアはフィリップと共に前を歩くダグラスの背中を眺め見る。
街を回るということで、いつもよりは少々抑え気味のラフな格好だが、それだって彼に似合っているし、着こなしている。喋り方もゲームの彼とは違い、基本的に穏やかで、ローラにだって優しいのだ。冗談を言うと笑みだって浮かべたりする。
どこからどう見ても、死角なく彼はかっこいい。
(かっこいい!!)
そう、かっこいいのだ。
なのにいい雰囲気にならない。……ちょっと意味がわからない。
リディアが頭を悩ませていると、何を思ったかローラがそばにより、話しかけてくる。しかもその顔は、ダグラスと話す時よりも華やかで、フィリップと話すときよりも楽しそうだ。
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