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4.ヒロインと招かれざる客
(はぁ。もうダグラス様、挨拶済ませたあとだったなんて……)
結局ダグラスに会えなかったリディアは、とぼとぼと会場内を歩いていた。
どうやら彼は、会場が開くと同時にだれよりも早くやってきて、母親に挨拶を済ませたらしい。
(まぁ、仕方がないわね。挨拶を済ませたってことは、舞踏会に来てくれたってことだし、この会場にいる以上後からいくらでも会うチャンスが――)
「リディア様、来られましたよ」
「え?」
クリスの声にリディアは顔を上げる。
するとそこには――
「リディア様!」
花の笑顔を浮かべる一人の女性の姿があった。
亜麻色の髪に、深いアメジスト色の瞳。頬は淡く桃色に染まっており、形のいい薄い唇は艶やかで目を引きつけた。
彼女の名前はローラ・ブライトウェル。
ゲーム『眠れる君に口づけを……』のヒロインであり、ダグラスの破滅の運命を唯一救うことができる、運命の乙女である。
ローラは艶やかな髪をふわりとなびかせながら、まるで主人を見つけた忠犬のように、こちらに駆け寄ってくる。
「ローラ!」
「お姉様!」
そういって彼女は、人目も憚らずリディアに抱きついた。
その行動に周りが一瞬ざわついたが、「すみません。私ったら、はしゃいでしまって……」とローラがシュンとした態度を見せたことにより、周りの空気も微笑ましいものに変わる。
さすが、『空前絶後の愛されキャラ』『天然・あざとい・人タラシの三つを兼ね備えた、ヒロインオブヒロイン』とSNSで称賛されていたヒロインだ。
その愛されっぷりは神の域に近く『ローラが歩けば人々は自ら道を譲り、微笑めば手に持っているものを差し出す』と言われたぐらいである。
もちろん誇張表現だが。
そして、彼女を愛するのは人だけにとどまらない。ゲームのとあるルートでは、暴れていた馬を大人しくさせ、突然現れたクマを森に返し、小鳥とは一緒に歌を歌うという、離れ業も披露した。
そんな彼女に唯一冷たい態度を取るのが、悪役令嬢、リディア・オールドマンなのだが――それも、ゲームの中での話だ。
ローラはリディアの前にしゃんと立つと、桃色の頬をさらに赤く染めて、はにかみながら淑女の礼をとる。
「リディア様。このような素敵な会に招いていただき、ありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。……それよりも、おばさまは大丈夫?」
「はい。ずっと寝たきりの状態だったのでまだ全快とは行かないですが、リディア様の紹介してくださったお医者様のおかげもあり、今は快方に向かっております」
「そう。結局何も出来なくてごめんなさいね」
「いいえ、そんな! 没落寸前の我が家に多額の資金援助をしてくれただけでなく、母の治療費まで出してくださったリディア様が、『何も出来なかった』なんて、そんなことあるはずがありません!」
ローラはリディアの手を取り、首を振った。
そう、リディアは一年ほど前からローラにコンタクトを取っていたのだ。
その上で仲良くなり、資金援助と事業提携を申し出て、没落寸前だったブライトウェル家を建て直していたのである。
もちろんこれも、ダグラスとローラを無事にくっつけるための根回しだ。
というのも、のちにローラにぞっこんになってしまい、人生を大きく踏み外すダグラスだが、彼は出会ったばかりの頃、ローラのことをあまりよく思っていないキャラクターとして登場するのだ。
(嫌う理由は複数あるんだけど、その中の一つが『ローラが没落しかけた男爵家の令嬢だから』なのよね)
物語の中盤、友人に誘われ、舞踏会に参加するローラ。しかし、実家である男爵家が没落寸前だったがために、彼女は貴族令嬢でありながら今まで社交会にろくに参加したことがないのだ。そのため、舞踏会における最低限のルールやマナーも知らないまま彼女はダグラスに出逢ってしまうのである。
(ローラの生い立ちなんて知らないダグラス様は、失礼なことばかりしてくるローラに激怒。バカにされてると勘違いしちゃうのよね。で、二人の出会いは最悪の形から始まってしまう……と)
しかし、今のローラは違う。リディアの手引きにより、ブライトウェル家はなんとか持ち直し、彼女も簡単な社交会になら顔を出せるぐらいにはなった。礼儀作法や社交会のルールなどは、リディアがあらかじめ教え込んだし、彼女が今着ているピンク色の可愛いドレスだって『私のお古だけど、もらってくれないかしら?』とリディアがローラに渡したものだ。
もちろんお古などではない。オーダーメイドの新品である。
(つまり、今のローラは完全無血のパーフェクトヒロイン! これなら、ダグラス様との出会いも素敵に彩られること間違いなしよ!)
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