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プロローグ
N県東町、十六年前の五月五日。
「おぎゃあ」と、大きな産声を上げて私が生まれた瞬間。
五月晴れの真っ青な空に、突如雷鳴が轟き、彩雲がいくつも浮かび、桜色した雹が降ったのだという。
おとぎ話に出てくるような不思議な光景を目の当たりにして、町の人は皆一様に理解したらしい。
――志龍家に、伝説の姫が生まれてしまった――
まだ何も見えていないだろう私の目は、常人とは違う蜂蜜みたいな琥珀色。
この瞳の色が、姫であることは紛うことのない証だった。
志龍家はこの町を護る龍神の末裔と言われており、そこに生まれし姫は、吉凶混合の運を携えた、ちょっぴり厄介者であると言い伝えられている。
天気を司り町を護る存在である姫が生まれたということは、同時にこの町に災いが訪れるから、だとも。
きっと町中は、期待よりも平穏無事にと祈ったことだろう。
私の涙の数が多ければ多いほど、この町は大雨になる。
ヒステリックに怒ったりなんかしたら、ドーンと大きな雷が落ちてしまう。
悲しくなると雪が降り、悩めば町中が乳白色の霧に包まれるのだ。
笑顔でいられたら晴れ、そうでもなければ曇り。
私の機嫌が、この町の秋の実りを左右するとか、どうしてこんな厄介な任務を背負って生まれてしまったのか。
そのせいもあって、喜怒哀楽を抑えられるようにと、周囲からは蝶よ花よと優しく緩く穏やかに育てられた。
おかげで、自分が少しばかり我侭なことは自負しているけれどね?
「天音、よく聞きなさい。お前の言動一つでこの町に水害などという災いが起こることもあれば、恵みの雨となり作物が良く育ったりもするのだ。だからといって、その力を悪用することは志龍の血を汚すことになる、いいね?」
父様、天音にはその話は正直、難しくてよくわかりません。
龍神の末裔の姫とか、ただの重荷でしかないんだもの。
本当は大声で泣いてみたい日もある。
わあっと怒鳴ってしまいたいことだって、いくつもある。
腫れ物に触るように、接してくる全ての大人や。
私を怒らせたり、泣かせないように遠巻きに見ている同級生たちにだって。
どうして? なんで? と詰め寄ってふくれ面で抗議したくもなる。
「天音、なに苛立ってんだよ」
宗丞の声に気づかされ、空を見上げたら、頭上に鉛色した小さな雲がついてきていた。
「姫、大丈夫?」
慶寿の優しさに大丈夫だと頷き、心を落ち着けて心の中のどんより雲を追い払う。
そうして見えたのは、太陽と、青空に浮かぶ白い雲。
「天音ちゃん、晴れたね!」
足を止め、眩しそうに天を仰ぐ凌牙に釣られ、私たちも空を見上げた。
大丈夫、私にはこの3人がいる――。
いつだって、遠慮のない仲間がいてくれるから。
母様、天音はまだ大丈夫!
全てに無理などしてはいません。
本音を話せる人たちが、すぐ側にいるから。
「楽しそうじゃん」
「はあ?」
「ホント、わかりやすいやつ」
苦笑した宗丞の指さす先には、私のご機嫌バロメーターが上々である証拠の彩雲。
コロコロと変わるこの町の空模様は、いつだって私次第だ。
――お天道様は、いつも気まぐれ――
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