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夏祭りの会場に着き、神社の境内へ入る。
下駄を鳴らす彼女に合わせてゆっくりと歩いていたが、浮き足立つ彼女は俺よりも先を少し歩く。
彼女が向かっているのは彼女に取っての定番であるリンゴ飴だ。
「リンゴ飴買ったら、どうする?」
彼女はこちらを振り返って、訊ねてくる。
「まずは飲み物だな。それと休憩所。座れるところがほしい」
「えー、休憩なんて早いよー」
「歩くまでで疲れた」
「体力なさすぎ」
つまらなさそうにこちらを睨む彼女を無視して、立ち並ぶ屋台へ目を移した。
スーパーボール取りに大判焼き、くじ引き、輪投げと定番の屋台が並んでいる。
「リンゴ飴、すぐに食べるわけじゃないだろ?」
「うん! もちろん、後で食べる」
「んじゃ、何かして遊ぶか」
「そしたら、ヨーヨー釣りだね」
その言葉に俺は思わず顔をしかめて、彼女を見てしまった。
「ナツキ、好きだったでしょ?」
「知ってたんだ」
「あんなに夢中になって遊んでればわかるよ」
彼女はやはりきちんとしたお姉ちゃんのようだ。人のことをよく見ている。
「それにしても、ちゃんと遊んでくれるんだね」
彼女はそう言ってクスクスと笑うが、その理由がいまいち分からず首を傾げてしまう。
彼女は「そのままでいい」と一言いうと、リンゴ飴の屋台に向かって足を早めた。
よく人を見ている彼女のことだから、きっと人では気が付かないことに気がついて教えてからたのだろう。しかし、その話が分からないうえに、「そのままでいい」と言われてしまえば、深く追及することはできなかった。
リンゴ飴の屋台を見つけて、リンゴ飴を買う。
最近のリンゴ飴は大きなリンゴではなく、小さい大きさのリンゴで作っているようで、以前なら一人で食べきれない大きさのリンゴは並んでいなかった。
果実に透明な袋のかぶったリンゴ飴を片手に彼女はキョロキョロと祭りを散策する。
「やっぱり、お祭りは賑やかだね」
興味を失うことなく、忙しなく頭を動かす彼女は見た目よりも若く見える。好奇心のままに行動している様はどうにも幼く見えてしまう。
「そうだな」
適当な相槌を打つと、彼女は少し遠く見るようにこちらを向いた。
「前に誘拐事件が起きたなんて思えないよね」
彼女の瞳は真っ直ぐと俺に向いている。彼女に返す言葉は見つからない。
「知ってる? ここで誘拐された女の子が、ずっと北の方へ車で連れて行かれて、用水路に捨てられてた事件」
「……なんだよ。突然、物騒な話を始めて」
その事件は市内にすぐさま広まり、この地域に緊張感をもたらした。
被害者の女の子は一人でいるところを加害者に声をかけられたらしく、最後に被害者を見かけたのは一人で祭り会場を離れていく姿だったらしい。
高校生以下の子供がいる親は人伝や回覧板によりその話を聞き、事件のあった翌年のお祭りは子供たちがお祭りに行くことを禁止した。
この事件がきっかけに、この地域の学校ではお祭りの始まる前に事件の話が子供たちにされて、厳重な注意がなされた。
だから、彼女の言っている事件を知らない子供たちは、この地域にはいない。
「当たり前だろ。学校で何度も注意があっただろ?」
「あはは。そうだったよね」
彼女はどこか遠くを見る目をしていない。
「そんな感じの事件なら、毎年のようにテレビのニュースで流れてるだろ」
「……そうだね」
「歩道の人を無差別に包丁で殺傷した事件だったり、飲酒した人のトラックが歩道にいた人を轢き殺す事件だってある。だから、そんな怖いニュースなんて世の中にたくさんある」
世の中に物騒な話はいくらでもある。その全てに怯えていてはどうにもならない。
そう伝えると彼女は俺から目を逸らした。
「……でも、いつかは忘れ去られていく」
彼女の言葉に俺は首を傾げた。
「そうやって死んだ女の子のことなんて、時間が経てば忘れ去られていくんだよ。あそこの目撃証言を集う看板も、あと数年すれば、片付けられちゃうんだから」
彼女の視線の先を追えば、先程話していた誘拐事件の目撃証言を集う看板があった。
「人っていつ死ぬと思う?」
彼女が真面目な顔をしてこちらを見る。
彼女の質問はとてと有名な漫画のセリフのようだった。だから、その答えはそれになぞって答えよう。
「人に忘れられた時だろ?」
そういうと彼女は首を左右に振る。
有名なセリフだと思っていたが、彼女が求めていたのはそうではないようだ。
「……死んじゃった時だよ」
彼女は悲しげに息を吐く。
その歪む眉は悩ましげで、彼女の表情は笑っているようで哀愁が漂っている。
「なんだよ。名ゼリフを待ってたんじゃないのかよ」
「ふふ。全然。残念でした」
その悲しみをどこかに飛ばしてやりたくて、戯けて言葉をかけるが、どうにも拭えないようだ。
「誰かが思っていても、もう二度とその人に話しかけられないなら、やっぱり死んじゃったからなんだよ」
彼女が何を伝えたいのか、わかっている。
だから、俺はこれ以上は何を言っていいのか、わからなかった。
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