君がいた夏は遠い夢の中

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 目的の屋台が見えると、彼女は浴衣の袖を上げて、気合を入れた。 「よし! ヨーヨー釣りだ」  先程までの真剣な話はどうなったのやら。今の彼女にはそんな雰囲気は全くない。 「んじゃ、頑張って取ってね!」 「カスミがやるんじゃないのかよ」 「私はいいよー。あんまり上手じゃないし、浴衣だと遊びづらい」  袖を上げてやる気を見せたのはなんだったのだろうか。  彼女の行動に意味を考えてはいけないのだろうが、気になって少し考えてしまう。  屋台の側まで近づく。屋台の前には青いビニールシートに水を張った水槽が置かれており、その水槽の前には子供やカップルが並んでいた。  白熱灯のもの寂しげな橙色が人混みの隙間から見える赤黄緑などの色鮮やかな水風船を照らしている。  水槽に並ぶ人混みの中で人がひとり入れるぐらいの隙間を見つけると、そこに入り込んだ。 「いらっしゃい! 一回100円だよ!」  気の良さそうな坊主の店主が声をかけてくる。 「ひとつお願いします」  ポケットから小銭入れを取り出すと、そこから100円を取り出して、店主へ渡した。  代わりに紙の糸の先にフックの付いた釣り糸を受け取り、水槽に目を移した。 「私、紫色の水風船がいい!」 「近くにそんな珍しい色の水風船なんてないぞ」 「んじゃ、ナツキが私に似合うと思う色がいいなぁー。こんな会話ってカップルっぽくてポイント高くない?」  彼女は俺の肩をバシバシと叩いて話しかけてくる。 「口にしてる時点でカップルっぽくない。それにポイントってなんだよ。ファミマのポイントカードにでも貯まるのか? 1ポイント1円なのか?」 「それはカップルポイントだよ。お金には変えられない。愛のポイントだよ」 「……意味がわからない」  彼女の発言は真面目なのか、ふざけているのか、その真意もよくわからないことが多い。  ただ、彼女が紫色の水風船を欲しがっているのは理解できたので、水槽に紫色の水風船がないか探す。 「お兄ちゃんは何色の水風船を狙ってるんだい?」  気前のいい店主が話しかけてくれる。 「えーと、紫色ってありますか?」 「あー、紫かー。どこにもねぇや」  店主は水槽を見渡して教えてくれる。 「今から作るから待っててくれ」 「あ、ありがとうございます」  店主は良い笑顔を見せて、風船の空気入れを手に取り、手際良く水槽から水を吸い取ると、紫色の風船を膨らまし始めた。  その様子に見惚れていると、あっという間に紫色の水風船を口を閉じると輪ゴムで縛り、俺の前に紫色の水風船が浮かんだ。 「お待ちよ。頑張って取ってくれ」 「……ありがとうございます」  人の良い笑顔を見せた後に店主は他の人の面倒へと忙しそうに対応していた。 「凄い早かったねー」 「ああ、そうだな」  彼女の驚く声に同意しつつ、紫色のヨーヨーを釣り上げるために意識をそちらへ向けた。  店主のおかげで紫色にヨーヨーを釣り上げ、次のヨーヨーを釣り上げようとしたら糸が切れてしまった。  店主にお礼を言って、紫色のヨーヨーをひとつを手に屋台から離れる。 「はい。欲しがったヨーヨー」  手に持っていた紫色のヨーヨーを彼女へ渡す。 「ありがとう。いやー、昔ほどたくさん取れなくなったね」 「目線も手の高さも違うからな。感覚が違うよ」  昔と比べられて、思わず言い訳のような言葉を選んでしまった。その言い訳に彼女はクスクスと笑い、俺をからかうようだった。 「それにしても、なんで紫色なんだ?」  話を逸らすように俺は彼女が紫色を選んだ理由を訊ねた。 「んー。一番好きな色だからかな」 「それはわかるけど、なんで紫色が好きなんだ?」 「あー、そういうことね」  彼女は納得したように頷いた。 「それはカスミ色と同じ色だからだよ」 「カスミ色?」  あまり覚えのない色に首を傾げた。 「そう。ほんのり紫がかった薄い灰色。ライラックみたいに綺麗な色をしているんだよ」 「それで紫色が好きなのか?」 「うん。私と同じ名前の色だから。なんか運命的な出会いみたいでしょ?」  少し恥ずかしそうに彼女はそういって笑った。  きっと、自分と同じ名前の色に運命を感じていることに恥ずかしさを覚えいるのだろう。何も恥ずかしいことはないのに。
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