君がいた夏は遠い夢の中

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 ✳︎✳︎  ゆっくりと目を開けた。  周りには制服を着た男女が大勢いて、机に向き合って席についている。  彼らの視線の先は机の上のノートだったり、教壇上の教師だったり、教師の書いた板書でだった。  なんとも平凡な、いつもと変わらない日常。  俺もその大勢と同じようにノートへ視線を落とした。ノートは真っ白で、左上に丁寧に今日の日付が書かれているだけ。  息を大きく吸い込んで、まだ眠い頭に酸素を送り込む。  こうすることで目が覚めるとは思えないが、気持ちはいくらかマシになった。  ゆっくりと脳が働き始めると、今の状況を理解する。 「……やっちまった」  誰にも聞こえない声量で呟く。  居眠りをするつもりはなかった。授業は真面目に受けているつもりだった。だからこそ、数十分のノートを取り忘れてしまったことを後悔している。  ひとまず、今の板書だけ書き写そうと、机の上に転がるシャーペンを手に取り、カチカチとペンの芯を出して、真っ白なノートに走らせた。  居眠りは不本意な結果だった。決して、わざとではない。  生活も規則正しく、昨日も日を跨ぐ一時間前には眠りに着いていた。  それでも、居眠りという結果になってしまうのは、この暑い季節が問題なのだろう。  普通ならば、肌を刺すような陽射しに眠気は誘われない。  眠気を誘われるのは温かい陽射しに、心地よいそよ風に当たっているときだろう。  だから、快適とは言えない、炎天下に眠気など無縁だ。  しかし、教室の中は冷房が効いている。真夏の気温に晒された後に、涼しい部屋で過ごすのは快適で、とても心地よい。その結果が居眠りという行動になってしまう。  その眠気を解消する代償として、手が痛くなってしまうほどの板書の量だ。  こまめにノートを取っていれば、必死になって手を動かすこともなかっただろう。  教師の話を全て無視して、ノートを取り続ける。授業終了の鐘がなる頃に、ようやく手に握るペンを動かすのを止めた。  ……ようやく、終わった。  安堵の息を吐き出し、背もたれに体重を預けた。忙しい作業が終わり、気が抜ける。  何気なく思い出すのは居眠りしていた時の夢の内容。  起きてから結構な時間が経ったと言うのに未だに何を見たのか覚えている。  幼い頃の記憶だった。  しかし、懐かしさはない。  毎年、この時期になると彼女と過ごした日々を夢に見て思い出す。だから、このお祭りの記憶も忘れずに今も思い出せる。  一体、何の呪いなのか。  それとも、それほどまでに忘れることのできない女の子だったのか。  決まって夢に見る思い出なのだ。  彼女のことを忘れることができないのだろう。  いや、忘れられなくても、仕方がない。  なんせ、アレは俺の初恋の思い出なのだから。  それが、ああなれば忘れられるわけがない。  初恋が忘れられないとは……。  きっと、俺は今も病んでしまっているのだろう。
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