君がいた夏は遠い夢の中

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 一日の授業が終わり、午後の短い終礼に参加すると、とさくさと帰りの準備をして帰路についた。  大都会のビル群。  俺が通う高校は、見上げてしまうようなビルだらけに紛れている。  校舎の近くに校庭はなく、ぱっと見は高校とは思えない外見をしている。そんな校舎は道路の向かいに立っているビルと変わらない程の高さがある。  一見して、高校とは思えない風貌の学校だが、良いところはいくつかある。  まず、プールの授業がない。  そして、野外での体育の授業がない。  だから、体育の授業は地下にあるバスケットコート1面分ほどの体育館だけで行われる。  体育の授業の移動には六、七階分の階段を上り下りしなければいけないが、授業で大規模なマラソン大会が開かれることもなく、体育の授業が面倒な俺にとってはうってつけだった。  学校を出て蒸し暑いビルの谷間を抜けて駅へ向かう。カバンの中からICカードの定期券を取り出すと、改札にかざして駅の構内へと入っていった。  ちょうどホームに入ってきた電車へかけ乗ると、車内放送で注意するアナウンスが流れる。  そのアナウンスを気にすることもなく、車内の涼しさにホッと胸を撫で下ろすと、適当な座席前の吊り革を掴んで立って、カバンからスマホを取り出していじくる。  スマホを使って、連絡を取る友人は特にいない。それであっても時間を潰すには便利なアプリが入っていた。  アプリを起動して、電車に揺られること四十分程で、自宅から最寄りの駅へと着く。そこから徒歩で十五分程歩けば、何の変哲もない一軒家に辿り着いた。  その家の鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込み、左へ半回転させる。鍵穴から、かちゃりと音がすると、鍵を抜いてドアノブに手をかけた。 「ただいまー」  帰宅の挨拶が響き、廊下を進んだ居間の方向から「おかえりなさーい」と気の抜けた母親の声が聞こえる。  靴を脱いで、洗面所へ向かうと手洗いを済ませると、2階にある自分の部屋へと向かう。  部屋のドアノブに手をかけた時に扉の向こう側から物音がするのに気がついた。  うちは両親と俺の三人家族だ。父親は仕事へ行っているし、母親は居間にいた。  そうなると、扉の向こう側にいるのは誰なのかだ。  全く検討がつかないわけではない。心当たりが一つある。むしろ、それしか思い浮かばない。  俺は大きく息を吐き出すと、ドアノブを回して扉を開けた。  部屋の中は比較的、片付いていると思う。部屋の隅に背丈ほどの本棚が置かれ、その隣には勉強机。  その勉強机の向こう側には陽射しが入り込む窓があり、勉強机の隣にはベッドとその上に物音の元凶である人物が寝転んでいた。  白のブラウスにチェックのスカート。髪を頭の後ろで一つにまとめた制服姿の彼女はドアの開く音にこちらを向く。そして、片手だけ上げると、 「おかえり」  ここにいるのが当たり前のような表情でそう言った。 「はぁー。何してんだよ」  久しぶりの再会。彼女とは1年ぶりぐらいだろうか。 「え。漫画読み漁ってた?」 「疑問系で返すな。それと行動だけを聞いたわけじゃない。なんでここにいるんだ?」  途端に彼女は面倒くさそうな表情をした。俺が面倒な性格をしているのは自覚しているが、あからさまに態度に出されると少し腹が立つ。 「別に良いでしょ。ナツキの部屋は私の部屋と同然なんだから」 「そのジャイアニズムはなんなんだ」 「それに花のJKが冴えない男子高校生の部屋でくつろいでるのよ? サービス、サービス!」  彼女は手に持つ漫画に視線を戻し、足をパタパタして読み進める。  アニメやドラマでよく見る幼馴染の行動。映像では美化されて、羨望の視線を集めるが……。 「リアルでやられると、ガチめにウザいと分かった。制服から着替えたい。部屋を出てくれ」 「見ても減るもんじゃないから大丈夫!」 「それは俺が言うセリフだ!」  彼女はそういうと動く気がないのか、そのまま漫画を読み進めた。その姿を見ると、再び大きく息を吐き出した。 「本当に、何しに来たんだよ」  そう呟くように言った言葉に返事はない。  肩にかけた、ほとんど何も入っていないカバンを床に置くと、部屋に入って左に面した壁にあるクローゼットを開けた。
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