君がいた夏は遠い夢の中

6/15

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/125ページ
 今日の夢に見た初恋の女の子。  忘れられない女の子。  目の前にいる女の子に、その幻影が重なった。  髪色を明るくさせて、ウェーブ気味にパーマをかけたポニーテールの女の子。  昔に比べたら、随分と派手な女の子になった。いや、昔から目立っていた。元々の顔立ちが整っているから周りから視線は集めていた。  じっと彼女を見ていると、彼女の口角が上がる。こういう時は決まって弄ばれる。 「また厭らしい視線で見てたの?」 「悪いが、趣味じゃない」 「趣味じゃないって、ちょっと酷くない?」  彼女は頬を膨らませて、あからさまに怒った表情を作る。そのまま俺は黙り込んで、視線を逸らすと彼女は大きく息を吐いた。 「まあ、いいや。この償いは夏祭りに一緒に行くってので手を打ってあげる」 「償う気なんて、さらさらないぞ」 「ダメですー。決定事項ですー」  舌をべーっと出して駄々をこねる子供のように彼女は少し楽しげな表情をしていた。 「……あんな人混みの多いところ行って何が楽しんだよ。人多くて蒸し暑いし、周りも騒がしいから会話すらまともに出来ないだろ」  俺は少し睨むようにそう言い返す。 「夏にリンゴ飴」 「……はい?」  話が飛んでいて、思わず聞き返してしまう。 「夏祭りと言えば、リンゴ飴でしょ?」 「……よく言ってたのは覚えてる。それとなんの関係があるんだ?」 「いや、だから。夏祭りでリンゴ飴を食べなきゃ、夏がやって来た気がしないじゃない。人が多くて蒸し暑いとしてと、会話がまともに出来なかったとしても、夏を味わうにはお祭りにリンゴ飴が必要なの」  彼女は夏祭りで昔からリンゴ飴をよく食べていた。それが彼女にとっての夏の思い出で、習慣なのだ。  今日に見た夢を思い出す。その時の夏祭りでも彼女はリンゴ飴を片手に楽しそうに鼻歌を歌っていた。たしか、あの時は…… 「そんなにリンゴ飴が好きなのか?」  こんな質問をしていた。 「んー、好きか嫌いかで言われたら“普通”かな」  彼女は少し考える様子を見せて答える。 「それなのにわざわざ買うのか?」 「うん。だって、夏祭りでしか売ってないじゃん」  リンゴ飴は夏祭りだけでしか売っていないわけではない。不忍池にある屋台を探せば、もしかしたら見つかるかもしれない。 「夏祭りじゃなくても買えるよ」 「本当に? でも、夏祭りで買いたいなぁ」 「なんで?」  夏を味わうために食べるのなら、どこで買っても同じなような気がする。 「夏祭りは特別だから」  聞き覚えのあるフレーズに俺は黙る。 「夏も特別だけど、夏祭りはさらに特別。そこでリンゴ飴を食べるのも特別」  彼女はやたらと“特別”と言って俺から視線を逸らさない。 「ナツキと過ごした思い出がたくさんあるから特別」  少し照れ臭そうに笑う彼女を見て、思わず顔が熱くなる。  ……勘違いしてはダメだ。彼女は思い出を大切にしているのであって、そういった気はないのだ。 「毎年、食べてたし。今更、食べなくなるのも物寂しいじゃない」  彼女はベッドから降りて、大きく背伸びをする。彼女の表情はこちらからは見えない。 「だから、一緒に夏祭りに行こうね」  彼女は、その一言をこちらを見ずに伝えると、ベッド脇に置いていた自分のカバンを手に取って、返事も待たずに扉を開けて部屋を出て行った。  こうして言い逃げされてしまうと、断ることも出来ない。  返す言葉を見つからないまま、じっと彼女の出て行った部屋の入り口を見つめていた。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加