君がいた夏は遠い夢の中

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 何もそんな驚くことではないと思う。  基本的に行事には協力的ではないが、何かと仕事を頼まれればこなしている。 「それで、何を運べばいいの?」 「え、あーうん。資料室から地図を運んで欲しいって言ってた」 「そうか」  そう言って、教室から先に出ると、彼女は後を追いかけてくる。 「あの……ごめんなさい」  後ろから謝る言葉が聞こえて思わず振り返る。 「……えーと、何が?」  何もしていないのに謝られてしまうと、逆に自分が何かをしてしまったのではないかと思い、色々と思考を巡らせる。  ひとまず、話をするために歩幅を彼女に合わせると横に並ぶ。 「い、いえ。あの、面倒ごとをお願いしてしまったので……」 「……いや、謝るようなことじゃないけど」 「……そうですか」  この絶妙に気まずい雰囲気は、どうにも得意ではない。  何もかも気にせずにいれたら良いのだろうが、残念ながら、俺の精神はそんなに強くできていない。 「なんで、大山先生からお願いされる事になったんだ?」  話題作りと単純な興味。  朝に先生から面倒ごとをお願いされる状況ってなんだろう、という関心だ。 「えーと、朝早くに教室に来たら、筆箱が無いのに気が付いて。それで昨日に自習室で勉強してたから、そこにあるのか探しに行ったら大山先生と鉢合わせちゃって……」 「ふーん。顔を合わしただけで面倒ごと押し付けられたのか。運ないな」 「あはは……そうだね」  元々、彼女はおしゃべりではない。それでもこの状況に慣れたのか少し硬さが取れた気がする。 「自習室で勉強って毎日やってるのか?」 「うん。私、取り柄とかないから勉強ぐらいはできないといけないし」  彼女は自虐的に弱々しく言葉を吐く。  こういう時になんて励ましたら良いかわからない。こういう自虐的な言葉の返答は、ぶっちゃけると面倒だと思う。  こういうことを正直に思ってしまうから、俺の社会性は壊滅的だと思うが、どういう言葉を返せばいいのかわからなく、考えるのが面倒になってくるのだ。  だから、それっぽい言葉で彼女を褒めてみる。 「まあ、背高いし、眼鏡取れば顔悪いわけじゃないんだし、何もないわけじゃないんじゃねぇーの? それに何もないからって、それが悪いわけじゃねぇーし」  彼女を横目でチラリと見ると、彼女はなんとも言えない困ったような表情をしていた。  人が考えることは人それぞれだ。だから、俺はこれ以上、何かを言うのはやめる。  しばらくして資料室へと着くと、扉を開ける。部屋の中は真っ暗で何も見えない。 「お化けでも出そうだな」 「あはは……そうですね」  部屋の中に入り、壁際の蛍光灯のスイッチを探す。壁に手をついて、スイッチを探すと手に何かの凹凸を見つける。  そのスイッチを押すと部屋が明るくなり、地球儀や巻かれた地図、埃を被ったダンボールなどが目に映る。 「きゃっ!」  小さな悲鳴の出どころを見てみれば、ダンボールを足に引っ掛けた彼女がいた。 「大丈夫か?」 「……い! いえっ! ごめんなさい!」 「いや、謝られても困るんだけど」 「……そ、そうですよね。すみません」  会話に固さがなくなった彼女が元に戻る。これではやりにくくて仕方ない。 「お化けでも見たか?」 「あ……いえ、見てません」 「あー。なら良かった」  適当に冗談を交えると、彼女は俯く。これでは会話が続かない。バレないように少し多めに息を吐いた。 「でも……お化けがいるなら会ってみたい……かも」 「ん? なんでだ?」  突然の話に思わず聞き返す。 「お化けがいるなら、あの世があるってことだから……。そしたら、会いたい人に会える気がして……」 「ふーん。変わってるな」  俺は適当に返事をすると、先程彼女が言っていた背丈ほどはある巻かれた地図を手に取った。 「そうかもしれない……ね。西田くんはいないかな?」 「何が?」 「お化けでも会いたい人」 「……さあね。会っても、大切な話なんて何もないよ。それにお化けなんてくだらない妄想だよ」 「それを言ったら何も言えないよ」  彼女はクスリと笑う。彼女は自分の発言をくだらない妄想だと思って訊ねている。だから、こうして笑っていられるのだ。  もし、本当にお化けでも会いたい人に会えたとしても、伝えたいことを伝えたとして、それは虚しいだけなのに。
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