575人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
十 王子はそれを我慢できない
「ルカ殿下。まだ王子は出てきませぬか」
「知らねえ。っつうか。お前らのせいだろうが」
王子の職務室。王子姿のルカは大臣とガルマを叱責した。金髪の青年。ひ弱な彼であるが元気なルカがこの身体を仕切ると、きりりとした佇まいである。そんなルカは落ち着きなく部屋をうろうろした。
「だいたいな。お前らはユリウスに理想を求めすぎなんだよ。自分たちだって、出来もしないことを、あいつにさせようとしやがって」
「……しかし。王子はいずれ王になる方。弱さは国を滅ぼします」
全てを知る大臣の言葉。これにルカは足を止めた。
「国、国、国。確かに大切かもしれねえけど。その結果がこれだ。で、どーすんの?」
ユリウスが内に入り、ルカしか出て来ない状況。仕事は溜まっていた王子。大臣もガルマも困っていた。ただでさえ病弱で仕事がすすまないユリウス。これ以上の停滞は死活問題だった。
「あの、ルカ殿下」
「なんだ。ガルマ」
「私は思うのです。貴方様とて、王子の一部ではないかと」
ルカは眉を潜めて忠臣を見下ろした。
「確かに性格は違えど、長年仕えてきた私には、その心は同じように感じます」
「当たり前だろう。俺はユリウスの中にいるんだから」
するとガルマは顔を上げた。
「では!その仕事もルカ殿下でも可能ということですな?ああ、安堵しました。まずは、その書類を」
「はああ?」
しかし。ガルマの巧みな褒め言葉で、ルカは王子の仕事をこなしていった。それは主に書類のサイン。面倒なルカは、どんどん手形を押し済ませていた。
「はあはあ。まだあるのかよ?」
「はい。貴方様に適任の仕事があります」
これが最後とガルマは説得をした。それは各部署の視察だった。
「先日の金庫係の横領事件。ルカ殿下のお力添えがありましたが。他にも疑わしき人物が多数おります」
「ひでえ、城だな」
「……昔から仕えているものは、どうしても傲慢になりがちです」
悲しい顔をしたガルマ。この問題の深さを語っていた。
「して。俺に何をしろと」
「各部署を周り、問題点を見出していただきたく」
「やってらんね」
呆れたルカ。話の途中で窓の外を見た。
「ルカ殿下。どうか話を最後まで。この視察、最終日は庭師も行く予定です」
「庭師」
「はい。祈草の生育状況などを、その目で見ていただきたいのです」
「あいつには会うなと言ったのはお前だぞ」
レイアに会うのを禁止されているルカ。破った時はレイアを追い出すと脅されていた。
「最初はそうでしたが、ユリウス王子がその」
「なんだ」
「あの娘と楽しそうに話をしていたので。もしかしたら、出てくるかもしれませぬ」
……とことん利用する気かよ。人をなんだと思ってるんだ。
しかし。ルカも彼女に会いたかった。そもそも。初見で自分をルカだと思ってくれたのはレイアが初めてだった。姿が王子のルカ。当然、見た目は王子である。しかしレイアは、自分をルカだと分かってくれていた。彼はそれが嬉しかった。
王族の自分を気にしない規格外の神経。反して優しい彼女は、密かな美人である。ルカはレイアに会いたかった。
「分かった。その視察をやってやるよ」
「助かります。ではまた明日」
ベッドに休んだルカ。寝る寸前まで思うのはレイアの怒った顔だった。これに微笑み、夜のベッドで目を瞑った。
◇◇◇
こうしてルカは視察を開始した。
「おい。なんで馬小屋にカードがあるんだよ」
「そ、それは休憩中に」
「賭け事だろうが?それをやる時は俺も呼べよ」
「王子?」
馬小屋の担当は目をパチクリさせていた。そこにガルマが来た。
「おっと。話はそれまでだ。王子、次の職場に参りましょう」
今度来たのは料理場である。最近予算が多く使用されていた。
「仕入れの資料をみせろ。ええと、肉って高いな?相場よりも高いんじゃねえか?」
「そ、それは」
おどおどする仕入れ担当。ルカは迫った。
「お前、まさか、仕入れ業者から賄賂をもらっているんじゃねえのか」
「ま、まさかそんな」
彼はじっと男を睨んだ。
「お前は肉が高いと分かっているが、その肉屋で買う。肉屋はその利益の一部をお前に賄賂で出す。するとお前はまたこの肉屋から買う。腹が痛いのは城の国庫のみ。肉屋もお前も損は無いからな」
「そんなことは、していません」
ここでガルマは言葉を加えた。
「確かに、証拠はない様子です」
「では。肉屋を一件にするな!町の肉屋から広く買え!その方が民が喜ぶからな。次!」
こんな調子の視察。やがて王子の母親の宮殿までやってきた。
「ガルマ、ここは」
「お妃様とアン姫様ですが。最近、その、洋服や社交費が嵩んでいます」
「お姫様は金が掛かるものだな」
資料に目を通したルカ。ふと、ある数字が目に止まった。
「やけに使途不明金が多いな。何に使っているかくらい、把握しておけよ。国民の金だぞ」
「なかなか本人に言えないものでして」
「はあ?分かったよ」
ここでルカはお茶を飲んでいる二人に会った。二人は彼を見て目を輝かせた。
「おお、ユリウス。公務をしていると聞きましたが、本当なんですね」
「はい。母上」
「お兄様。アンも心配していたのよ?さあ、一緒にお茶にしましょう」
話のためルカはひとまず椅子に座った。見事な調度品、煌びやかな衣装に包まれた二人。笑みを讃えていた。
「さあ?ユリウス。そのクッキーをどうぞ」
「お兄様。庭で取れた蜂蜜なのよ。たくさんあるから、紅茶に淹れましょうか」
……蜂蜜か。本人は口にできぬというのに。
ルカは想いを押さえて口を開いた。
「……お二人とも。最近の予算についてお話があります」
「予算?」
「どういうこと?お兄様」
「はっきり申し上げます。お二人とも予算の使いすぎです。例年よりもかなり使っています。これは何をしているのか、教えて下さいますか」
これに妃は顔色を変えた。
「何も。それに私たちは国王に許しを得ています。王子のお前に指図されるものではありません」
「そうよ。お兄様だって。ご病気を直すのにたくさんお金を使っているわ。私たちだけ、そういうのはおかしいわ」
……確かに。これはユリウスにはきついな。
お嬢様気質の母。わがままな妹。彼女達への提言。ガルマに託されたルカ。重い口を開いた。
「母上の化粧品代。新調したドレス代は予算を超えています。そして、アン。君が飼っている猫の費用。これはかけすぎだ。国民の金を使っているということを、もう一度思い返さねばならない」
「なんてことを言うの?」
「お兄様、ひどいわ」
贅沢な部屋。豪華なドレス。化粧の匂い。ルカは嫌悪を露わにした。
「話は以上です。私も今後、予算を控えるつもりです。なのでお二人とも。買い物は控えてください。これ以上の贅沢は、国民の反感を買います」
妃は黙っていた。ルカは頭を下げて退室しようとした。
「母上。お兄様が元気になってよかったわね」
「アン」
「あのお兄様が私たちに意見を言えるんですもの。ほほほ。お役目ご苦労様です」
気の強い妹の笑み。ルカは侮蔑の目で見つめ、退室した。部屋の外にはガルマガいた。
「殿下。お疲れ様でございました」
「良い。しかし、王子の仕事も大変だな」
体を通じて分かっていたが、母親と妹の性格。ルカはユリウスの苦悩を感じていた。
こうして職務を遂行したルカ。最後に庭師の訪問をした。
「ん?ガルマ。レイアがおらぬぞ」
「今回は庭長が対応するのではないですか」
「あの背が小さい爺さんか」
白馬で向かった花の庭。そこにいた庭師の長は、ハラハラしながら視察を受けていた。
……俺が会いたいのはレイアだ。こんな爺さんじゃねえ。
しかし。次に対応したのも違う娘だった。
「俺は祈草の担当者を知りたいんだ。いいから連れてこい!」
「はい」
新参者のレイア。ここでの待遇はどうなのだろう。もしかして虐められているのではないか。ルカは心配になった。そしてリラが入った小屋を訪れた。彼女はなぜかパンケーキを焼いていた。リラを追い出したルカ。彼女を見つめた。
「ルカさん。どうして王子の格好しているの?」
……おお、レイア。俺だと分かってくれるのか。
愛しい娘、ルカは抱きしめた。花の香りではなく、バターの香りの娘。彼は思わず腹を鳴らした。
そしてパンケーキを食べた。
……美味い!っていうか……あれ。
頭の中。誰かの声がしてきた。
『ルカ。僕がそれを食べる』
『何言ってんだよ。食べ終わったら代わってやるよ』
『……やだよ。ねえ』
『おい?』
彼の体の奪い合い。ルカが折れてユリウスになった。機嫌が治ったユリウス。こうしてまた現れるようになった。
食べ終えたユリウス。食器を下げるレイアに言葉をかけた。
「あのね。僕とルカのことは秘密だからね」
「分かっております」
「秘密漏洩は断髪だよ。ツルツルになるからね」
「心得ました」
レイアはドアを開き、ガルマを呼んだ。
「おかえりですよ」
「パンケーキ娘のレイア:カサブランカ。お、王子はどうなった」
「お元気ですよ。中へどうぞ」
心配していたガルマ。飛び込むように小屋に入ってきた。
「貴方様は……どっちだ、ええと」
「当てて見せろ!」
すでにユリウスになっている王子。ルカのふりをしてガルマをからかっていた。
「は、はい……ええと、貴方は王子様です」
「ふざけるな。私達はどちらも王子だ」
ユリウスの演技。戸惑うガルマ。レイアは必死に笑いを堪えた。
「わからぬのか!早く申せ」
わざと冷たい口調のユリウス。ガルマは大汗が噴き出てきた。
この時、ガルマはちらとレイアを見た。助けを求めている必死の目。王子の背後にいたレイアはつい、『ユリウス』と口パクで教えた。
「わかり申した!ユリウス様です」
「あ?今。ずるした。お前はレイアに聞いたんだろう。ねえ、レイア。秘密漏洩したでしょう」
「いいえ」
「した!絶対した!」
「証拠はないです。さあ、お部屋に戻ってください。私は仕事です」
「うう」
レイアに背を押されたユリウス。それでも笑っていた。
「またくるよ」
「困ります」
「でもくる。じゃあね」
小屋の前、見送りで手を振るレイア。彼女は笑みをこぼした。
「……お疲れ様でした。ユリウス王子。ルカさん」
この姿。胸がどきんとした王子。ガルマと一緒に職務に戻ろうと馬の手綱を引いた。
「どうされました?王子」
「ねえ。僕とルカってどっちがカッコ良いかな」
「それはユリウス様ですよ」
「そう?」
ガルマはそう言って銀色の髪を靡かせた。
「はい。貴方様は誰もが認める、国で一番の男前で」
「もういい?!ああ、楽しかった……」
白馬に乗り広い庭を駆けるユリウス。その胸には楽しい仲間が住んでいた。寂しかった王子生活。これからやってくる夏に目を細めていた。
完
最初のコメントを投稿しよう!