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十 赤の宮殿
バルバロッサの住む宮殿。赤煉瓦の宮殿で赤の宮殿と呼ばれていた。この湯殿。王子のための温泉。レイア達が魔法でやってきた後、王子の世話係の女達がびっくりしていた。
「いつの間にいらしたんですか?」
「王宮で晩餐にいたはずでは」
「良いのだ!いいから。この娘を洗ってくれ」
「王子が娘を連れてきたぁ?」
侍女達の驚き。レイア、まあまあと制した。
「私がちょっと汚れたので。王子が心配してくれただけですよ。私、あのお湯を頭からかけてくれればそれでいいので」
しかし。レイアの汚れは相当なもの。お湯係の侍女達。許せないと言い出した。
「王子はお下がりください。ささ、体を洗ってください」
「お湯も最高温度にしましょう」
「えええ?」
あっという間に風呂に入れられたレイア。侍女達に有無を言わさず体を洗われてしまった。
「何よこれ。泡が全然、立たないわ」
「髪も綺麗なのに。もったいない」
ぼやく綺麗好き侍女達。レイア、泡が目に染みて目を瞑った。
「いいんです。私は庭師だから」
「そんなことはどうでもいいの。女として許せないわ」
いつの間にか。ブーセンも消えた湯殿。レイア、やっと侍女に解放されて風呂から出た。
そして侍女達に香油を塗られ、髪を解かされた。今まで着ていた泥の服は奪われ、綺麗なドレスになってしまった。
「あら?あなた。元はいいのね」
「本当……綺麗よ。私たちの腕も大したものね」
綺麗にした自負でいっぱいの彼女達。レイア、お礼を言った。
「どうもです。お世話様です」
頭を下げて退室したレイア。広い王宮でブーセンを探した。
……さて。どこかな?いつまでもここにはいられないわ。
やがて。背後からコツコツと足音がした。振り向くとバルバロッサだった。
赤い髪を結んでいた。その肩にはブーセンが乗っていた。
「ねえレイア、僕、こいつと遊んでやったよ」
「ふ。お前、綺麗になったな」
「お陰様でございます」
石鹸の匂いのレイア。髪を流し美麗な姿。胸の空いたドレス、鍛えた若い身体。バルバロッサ、ドキとした。しかしそれを見せなかった。
「王子。ありがとうございました。では、これで失礼します」
「待て。今度は食事だ。お前、食べておらぬのだろう」
「もう今夜はいいです。疲れたので」
「ならぬ」
「行こうよ!レイア、こいつをとことん利用しようよ」
レイア。王子の眼力に負けて渋々部屋についていった。そこには食事が用意されていた。
「いいんですか?」
「おう。たくさん食え」
「ブーセンも一緒にね?いただきまーす」
レイアが食べる様子。バルバロッサ、ワインでそれを見ていた。
……不思議だな、庭師であるというが、品がある……それに美しい。
「美味しい!?このキノコ」
「そうか」
「はい。お肉も柔らかい……ああ、久しぶりだわ」
噛み締める娘。バルバロッサ。ワインが進んだ。
「ところで。お前は庭師だそうだな」
「はい。王家の庭の手入れ係です」
「それにしても。ユリウスと仲が良いそうだが」
「王子のお人柄ですよ。誰とでも仲良くされて。私だけじゃありませんから」
微笑むレイア。バルバロッサは違うと思っていた。彼の知るユリウスは人見知りの甘えん坊。弱虫で頼りない男である。それが最近は逞しく立派な男に成長していた。
……石まつりもそうであるし。今日の橋も……この娘には不思議な力がある。
さらに美麗で賢い。悪いのは口や態度である。これもどこか新鮮で可愛らしく思えるバルバロッサ。レイアにたくさん食事をさせていた。
「娘。ワインは」
「好きですよ。でも、今は仕事中だから」
「許す。ここは我が国。好きにするが良い」
トクトクと注がれるワイン。レイアはそれを見ていた。するとドアがバーンと開いた。
「見つけた!てめぇ。俺のレイアに何すんだよ」
「ユリウス?」
「あの、バルバロッサ様。いいから早くワインを下さい」
うるさい男が来る前に飲んでしまおう。レイアが思っていると彼がそのグラスを奪ってしまった。
「あ?」
レイアが持っていたのに。彼はその手のままごくごくと飲んでしまった。
「ふう。良いワインだな」
「ルカさん。せっかく私が飲もうとしたのに」
「うるさい!何堂々と浮気してんだよ」
「……ユリウス……もう酒に酔ったのか」
王子の中のもう一人の暴君。従姉妹のバルバロッサは酒に酔っている状態だと勘違いをした。それだけの性格の変化。レイアは笑って誤魔化すしかなかった。
「ほら。隣に座って」
「ふん」
「バルバロッサ王子。すいません。よその国に来てまでこんなになって」
謝ったレイア。こっそりルカの耳元に囁いた。
「ガルマさんはどうしたの」
「あんなのどうでも良い!っていうか。お前、その格好はなんなんだよ」
「私、泥だらけなのでバルバロッサ王子が着替えを」
「バルが?」
ギロと睨むとバルバロッサはワインを掲げて誤魔化した。
「彼女は貢献者だ。丁重に扱うのは紳士の嗜みだ」
「何が紳士だ、それにしても」
風呂上がりのドレス姿。力仕事で姿勢の良いレイア。その美麗にルカは目を細めた。
……やばい。こいつが美人なのがバレちまったじゃねえか。
向かいの席のバルバロッサ。澄ましているが彼女に対するこの態度。彼にしては普通ではない。気に入っている証拠であった。
「おい。レイア」
「なんですか」
「お前が好きなのは俺だよな?」
「ふ」
バルバロッサの笑み。ルカ、眉を顰めた。
「大した自信だな、ユリウス」
「お前こそ。王子はお前だけじゃねえぞ」
「そのセリフ。そっくり返そうじゃないか」
「おう!表に出ろ」
喧嘩腰。ここでレイア、まあまあとルカの腕を取った。
「バルバロッサ様。すいません、うちの王子が絡んでしまって」
「俺は悪くない」
「……レイアと申したな。庭師と聞いているが、此度の橋の建設。それにトロルについて、とても感謝している」
バルバロッサの優しい言葉。聞いていたレイアの隣のルカ。テーブルの下にてレイアの手を握ってきた。
……もう!こんな時に。
しかし。横顔が寂しそうだった。
「そこでだ。お前に何か褒美をやりたいのだ、なんでも申して見よ」
「いいんですか?あ?痛」
手をぎゅうと握ってきたルカ。レイア、大丈夫と彼に肩をぶつけた。
「私、この国で行ってみたいところがあるんです。明日、行けたらいいなって」
「俺も行く」
「好きにどうぞ、して、それはいずこだ」
レイアのお願い。二人の王子は聞いてくれた。こうして食事の席は終わった。
ルカ、レイアを部屋まで送るといいゴットランドの者たちのところへ一緒に歩き出した。
「っていうかさ。なんだよ。その格好は」
「……汚れたので。仕方ないです。ああ。スースーする」
「レイア」
ルカ。思わず腰を抱き寄せた。
「あのさ。お前、何もされなかったよな」
「どういう意味ですか」
「バルにだ。お前は無防備すぎるから」
「私は別に無防備じゃ」
その言葉。ルカにキスされて閉ざされた。
「ほらな?」
「……私は庭師です。お戯れを」
「俺なんか、戯れの塊だよ」
寂しそうな目。月夜の明かり。彼女を見つめた。
「ルカさん」
「この体はユリウスだ……俺は好きな女を口説くこともできねえ」
見たことがない悲しい目。レイア、思わず彼の胸におでこをつけた。
「でも、今は一緒ですよ」
「ああ」
「ところで。私、まだ鏡を見てないんですけど。この格好似合ってますか」
「どれ」
一瞬離れた二人。笑った。
「まずまずだが、やっぱりダメだな」
「そんな?」
「今度、俺が選んでやる。そうだな、黄色がいいな」
「は、ハックション」
「やれやれ」
笑顔が戻ったルカ。上着をレイアの肩に掛けた。そして二人は一緒に歩いた。誰もいない廊下、静かで優しい時間がゆっくりと流れていた。
翌朝。橋の建設に兵を置いたユリウス王子。バルバロッサとレイアと一緒にとある場所に来ていた。
「ここが王家の墓所だ」
「ええと。おじさんのアレックス、あった!ここだ」
「どこですか……ああ。ここが」
レイアの実の父の墓。一度来て見たかった。彼女は摘んできた花を手向けた。
「……お前の母が世話になったのか」
「はい。その母も亡くなりまして。よかったです」
静かに祈るレイア。よくわからずに一緒にきたユリウス。何気に一緒に墓参りを終えた。
……お父様。レイアは幸せです。どうぞ、安心してお眠りください。
墓跡は何も語らない。ただ優しい草原の風が彼らに吹いていた。
「あ。見て!トロルだよ」
「土埃で形をなしておるようだな」
「そうですね……結構身近にいるんですよ」
トロルたちは数人いた。そしてレイアたちを見送ってくれた。彼らは馬にて墓参りを終えた。
やがて出立の日。王宮に庭にて王子たちは別れの挨拶をした。
「また来るよ。バル」
「ああ」
ここで。エリザベスも静々と出てきた。
「ユリウス王子。王妃様とアン姫様によろしく」
「うん!今度エリザベスも遊びにおいでよ」
「はい……」
どこか寂しそうなエリザベス。馬に乗る前のレイアは唯一の女の参加者。エリザベスの少女心に胸が痛んだ。
「あの、王子」
「どうしたのレイア」
「……ほら、もっと。こう、気の利いたことを」
「え?なんだって?」
馬の声で聞こえないユリウス。ここでガルマが間に入った。
「トロル使いのレイア:カサブランカ。我に任せろ。王子よ、姫に愛の言葉を囁くのです」
「えええ?恥ずかしいよ!?」
……ガルマさんの方が恥ずかしい。
レイア。自分の馬のところに戻った。そこにはバルバロッサがいた。
「レイア。此度は誠に助かった」
「どういたしまして」
「これは、礼だ」
手に何かを握られせたバル王子。レイア、開こうとした。
「なんですかこれ」
「ならぬ。国に帰って広げよ」
「でも王子に言わないと、あ」
バル王子。レイアを抱きせて頬にキスをした。
「え」
「……庭師の娘、レイアよ。また、会おう」
「王子」
「それ。馬にのれ。さあ」
乗るのを手伝ってくれたバルバロッサ。彼らに見送られてレイアたちはゴットランドの首都に帰ってきた。
「はあ。疲れた」
「何が疲れたよ?それに何そのドレスは?説明しなさいよ」
「他に着替えがないからしょうがなかったんです」
「言い訳しないで!」
……説明しろって言ったのに。
「ははは。リラ君はな。いじめるレイアがおらんので、それはそれは暇そうで」
「ふん!そんなことありません」
「あの、これ、お土産です」
レイアが広げた草。それは幻草だった。
「そして。これがトロルの髪の毛。こっちは銀の草ですね」
「これは貴重だ?よし早速、調べて移植しよう」
この時。レイア、バルバロッサ 王子からもらったものを思い出した。白い布包み、これを広げた。
「なんだろう」
「どれどれ……それは櫛だな」
「櫛、どうしてそんなものをくれたんだろう」
レイアの態度。ニッセは送り主を知らずに話した。
「この国ではもう忘れられた風習だなが。隣国では初恋の人に贈ると恋愛が成就するというものだ」
「本当ですか?」
「昔の話だよ?まあ、受け取っておきなさい。ははは」
……王子様の気まぐれだよね。まあ、今度会ったら返そう。
「さて、日誌か。その前にいただいたトロルの髪の毛を」
「レイア。それが済んだら庭を見ておくれ」
「はい」
「夕食が済んだら打ち合わせよ」
「は、はい」
……だめだ?異常に眠い。
仕事が溜まっている彼女。必死に起きて仕事をしようとしたが、疲れが勝ってしまった。そんな中、気がつくと、不思議と自室のベッドにいた。
「ん……」
「あ?起きたの?」
「ブーセン……」
「あのね、僕が送るって言ったのに」
「ルカさんが送ってくれたんでしょう」
「どうしてわかったの?」
自分の布団の上、ルカの匂いがするシャツがかけられていた。
……王子の体なのに。どうして匂いが違うのかな。
安心する匂い。レイアは寝返りを打った。
「おやすみ、ブーセン」
「うん」
チラと見ると。机の上に櫛があった。それはバルバロッサがくれたもの。しかし彼女は彼のシャツを抱きしめるように眠った。その顔は笑顔だった。
10話「赤の宮殿」完
第二章「光と影」完
第三章「愛の道」へ
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