七話 城で一番寂しい君へ

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七話 城で一番寂しい君へ

「ユリウス様。お待たせしましたぞ。おやつでございます。今日は爺や特製の卵プリン、やや!そ、それはなんですか?」 もう一人の自分ルカ。これを知った王子の苦悩。心配した爺はお盆にスイーツを乗せてきた。しかしそこでは葉っぱのお皿に木の枝のナイフを振るっていた王子を発見した。口の周りに生クリームをつけた王子。爺やを普通に見た。 「ん?サフランパンケーキ」 「はあ?一体どこから?それに、毒味は済んでいるのですか?」 「食べちゃった」 「何しとるんですか!」 唾を飛ばす爺。しかしユリウスはご馳走様でしたと挨拶した。 「爺や。僕はね、宮廷料理長をクビにしようと思う」 「いきなりなんですか?」 驚く老執事。ユリウスは真顔で見つめた。 「だって。今まで食べてきたサフランパンケーキは偽物だもの」 「へ?」 「これはそれほど美味しかったんだ。ああ。今までの僕は損していたよ」 あまりの美味しさに感動の王子。爺は静かに尋ねた。 「で、どなたの差し入れで」 「知らない」 「え?知らない」 うんと王子は笑った。 「ブーセンが持ってきてくれたんだ。『このお城で一番寂しい人にお届け』だってさ」 「ブーセン?あの小悪魔妖怪ですか」 するとパッとブーセンが現れた。 「おい!僕は妖精だよ?妖怪じゃない!」 「おお?また来てくれたんだね。お前は誠実で、実に立派な妖精だよ」 キラキラ王子の囁き。ブーセンは笑顔になった。 「うん。僕、誠実」 ブーセンはそう言って王子の膝に乗った。甘える仕草。王子はつい、その小さな頭を撫でた。 「ごめんよ。爺やをきつく叱っておくから」 「そんなんじゃ足りないよ。反省するまで物置に閉じ込めて」 「王子!?それは勘弁を?」 慌てる爺。王子は笑った。そして卵プリンをブーセンにご馳走した。ガツガツ食べる様子。爺は引き気味に見ていた。 「ところでブーセン。さっきのサフランパンケーキ。美味しかったな。あれは誰が作ったの」 「『このお城で一番優しい人』だよ。ねえ。遊ぼう!ねえ」 ……優しい人か、確かにそうだ。 「ふふ。いいよ。何して遊ぶ?」 「やった!」 ルカのことで落ち込んでいた王子。ブーセンが持ってきたパンケーキに元気が出てきた。 ◇◇◇ 翌朝。晴天。レイアは庭にいた。 「さて!やりますか」 雨上がり。土が濡れている状態。レイアはいよいよ種を握った。そして祈草の種を撒いて行った。 『……さあ、起きておくれ。その足をその手を伸ばしておくれ』 レイアが歌いながら種まきをしている様子。リアはニッセに訊ねた。 「あれはなんですか?」 「ああ。彼女の村ではああするのが慣わしなのでしょう」 「フーン、あらやだ?私の畑が」 雨の前に巻いた種。レイアの歌でポンポンと双葉を出していた。 「すごい?向こうも」 「さすが薬草村の娘。ロゼッタを思い出すよ」 『……顔を見せておくれ。その美しい顔を。一緒におひさまとダンスをしましょう……』 こうして歌いながら種まきをしたレイア。薬草の庭には新芽が一世に広がった。若草の絨毯。ニッセもリラも流石に目を見開いた。 そして午後、レイアは裏庭にも顔を出した。雨の前に蕾だけにした薔薇が心配だった。 ……何も咲いてないのは失礼だし。よし。誰もいないわ。 確かに蕾だけの薔薇。レイアはここでも歌った。 『あなたを待っている。恋する瞳を。あなたを待っている。優しいその声を……』 レイアの愛の詩。薔薇の蕾は静かに開き出した。 ……これくらいでいいか。 適当にやめたレイア。さて、と腰に手を当てた。 「ねえ。レイア。どうして歌うのをやめちゃうの」 「王子?これは……ご機嫌いかがですか」 裏庭に現れて王子様。膝をつき挨拶をしたレイア。彼はムッとした。 「そんな挨拶はいいから。ねえ。もっと歌ってよ。まだ全部咲いてないよ」 「……いいえ。そうしなくても大丈夫です」 「でも」 レイアはスッと一輪、手にした。 「王子。薔薇はですね。この蕾が開く寸前が、一番綺麗なんですよ」 「開く寸前」 王子もまた手に取った。パーゴラに絡まるツル。蕾がたくさんついていた。 「確かに咲けば香りも出ます。しかし、もう花は散ってしまいます。散る際が美しいという人もいますが、私はこの蕾が開く時が、一番綺麗なので、できればこのまま、時を止めたいくらいです」 「咲くまでか……確かにそうかもしれないね」 そう言うとユリウスはベンチに座った。背後に薔薇を背負う王子。あまりの神々しい姿。レイアは眩しくて一歩下がった。 「ねえ、ところでレイア。ルカって知ってる?」 「王子はルカさんを知っているんですか?」 ……やっと知っている人がいた。 初めて得た彼の情報。レイアは知りたいことがたくさんあった。 「ええ。知っています。もう。いつもいきなり現れて、困っているんです」 「君に無礼をするのかい」 「そこまでじゃありませんが。お話があるんですけど。会えないんですよ」 「そう」 レイアが会いたいのは自分じゃなくて、ルカ。ユリウスは寂しくなった。 「いつも私に無茶な話ばかりで。一度ガツンと言ってやりたいんです」 「ガツンと」 「ええ!いつもフラフラして遊んでいるみたいで。私、ああいう仕事をしてない人はダメだと思います」 「厳しいね」 「はい。王子のようにちゃんと仕事をしてないなんて。無責任です。男として認めるワケには行かないですよ」 「ふふふ」 ルカの悪口を言うレイア。ユリウスは楽しくなってきた。 「ルカのこと。嫌いなの?」 「好きじゃないですよ。だって仕事の邪魔ばかりするので」 「向こうは君を気に入っていると思うけど」 結構勇気を出して尋ねたユリウス。レイアは呆れたように答えた。 「いいえ。田舎娘が物珍しいだけです。美人な人はいっぱいいるし。私をからかっているだけです」 「そうか……君はルカが嫌いか」 ……なんか楽しいな。 ルカに劣等感があったユリウス。レイアの悪口にうれしくなっていた。 「それよりも。王子。顔色が良さそうですね。声も張りがあるし」 「そうなんだ。今日は気分がいい、って。君。そのネックレスは」 「これですか」 レイアの細い首を飾るピンク色。首に下がった革紐の先。ピンクの貝殻が下がっていた。 「あげませんよ。王子には」 「違うよ?それは、誰にもらったの」 「サフランパンケーキのお礼にもらったんです」 「パンケーキ」 ……あのケーキ。レイアだったのか。 しかも胸元を飾っている貝殻は自分が贈った物。ユリウスは嬉しくなった。 ……ふふふ。ルカの奴、怒るだろうな。 ユリウスの黒い笑顔。しかしレイアは手で握った。 「王子?本当にこれだけはあげられないです」 「気に入ったんだね」 「ええ。私、人にこういうプレゼント貰うのって初めてなんです」 どこか頬を染めるレイア。空を見上げた。 「食べ物のお返しとかはありますけど。素敵じゃないですか。海の音が聞こえて来るようでロマンチックで」 「送り主も喜んでいるよ、きっと」 「だといいな……あ。王子見てください。薔薇がほら」 「うわ」 二人の周囲の薔薇。静かにゆっくり咲き始めていた。レイアの理想の三分咲き。ユリウスもうっとりした。 「あら?こんな時間。行かなくちゃ」 「……ねえ。レイア。またお話ししてくれるかい?君と話すと元気が出るんだ」 ……それは無理だと思う。やんわり断らないと。 「でも。私は庭師なので。そう言うのは王子の側近の、お話相手とか、おしゃべり係を雇うとか、その方が良いかと」 レイアの言葉。ユリウスの顔がみるみる機嫌悪くなった。 「レイア。僕の命令が聞けないのかい?」 「え」 急に王子顔になったユリウス。レイアを見下ろした。 「僕の話し相手をすること。命令違反は、王宮の城壁を百周ダッシュだよ?いいの」 「城壁を百周ダッシュですか?それはちょっと」 冗談混じりの王子。にっこり笑った。 「そうだよ?ははは。またね!」 こうしてレイアは薔薇の裏庭を後にした。 ◇◇◇ その夜。ユリウスはベッドに静かに眠った。その夜の夢はいつもと違った。 『おい。ユリウス。おい』 目の前には自分そっくりな男がいた。でも雰囲気は荒々しく、男らしい自分だった。 『君がルカか。何を怒っているの?』 『……あの貝殻は俺があげようとしたんだぜ』 怒って腕を組む彼。むすと膨れて自分を見ていた。まるで自分を見ている気分だった。 『だって。彼女が僕にケーキをくれたんだもの』 『くそ』 悔しがる彼。もう一人の自分のはず。しかし、幼い感じがある彼、どこか懐かしい感じがした。 『ところで。お前。やっと俺に気が付いたんだな』 『うん。一緒にいたんだね』 『ああ。寂しかったぜ』 この悲しそうな声。ユリウスは自分の声のような気がした。 『いいか?俺はお前の一部だ。お前は俺で、お前は俺だ』 『難しいよ?ルカ』 するとルカはユリウスの手を握った。 『大丈夫、安心しろ……いいか?俺たちは一心同体だ。お前が困った時、俺はいつでも代わってやるから……』 『ルカ……』 夢の中。ルカに会ったユリウス。嬉しかった。翌朝目覚めた王子はユリウスであったが、心には彼がいるような気がしていた。 『城で一番寂しい者へ』完
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