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十一 夏祭り
ゴットランド王国。シン王が統治する王国。国境近くの城を巡る王に代わり、今は王子のユリウスが留守を守っていた。この王宮の庭。森からやってきた娘のレイアは、病弱の王子の滋養に効く祈草を育ていた。
「レイア。どう。祈草は」
「リラ先輩。これは成長が遅いんですよ」
「それにしては時間がかかり過ぎじゃないの」
……リラ先輩は本当に王子思いだわ。
レイアの担当する庭にやってきたリラ。レイアは感心していた。
「先輩。すいません、私、もっと頑張ります」
「なんなのよ」
ただレイアが邪魔なだけのリラ。その腕には薬草を抱えていた。
「あれ、それは」
「何よ?私が育てたのよ。別にいいじゃない」
「何もいってませんが」
リラはそそくさと去っていた。そこに妖精が顔を出した。
「レイア。何してるの?」
「お仕事よ。そういえばお前、最近、顔を見せないわね」
不思議だったレイア。ブーセンは彼女の肩に乗った。
「えへへ。ユリウスが遊んでくれるんだ」
「それはよかったわ。でも王子は忙しいんじゃないの」
「知らない。ねえ、遊ぼう!」
無邪気な彼。レイアは仕事をしながら相手をしていた。
そんなブーセンはいつもと違う城の雰囲気にレイアを向いた。
「ねえ。みんなどうしてウキウキしているの」
「聖ヤットルドのお祭りじゃないの」
「うあああ?その名前を言わないで……」
花の園。ブーセンは頭を抱えてしまった。城下にあるサンタマリア大聖堂。町のシンボルの教会は、太陽神、聖ヤットルドの女神を祀っている。今はこのお祭りの支度で城内も浮き足立っていた。
しかし、この女神。ブーセンは苦手である。悪戯妖精はこの教会や女神に関する出来事には一切、触れられないのであった。
「僕はそんなお祭り行かないよ」
「そう?教会に行かなければ平気でしょう?王子と行けばいいんじゃないの」
そう言ってレイアはせっせと薬草を集めていた。
「レイアはさあ、お祭りに行かないの」
「……新人の私は留守番よ。だから城内にいるわ」
城下の祭り。メインは広場。レイアはおそらく城から出られないと言った。若い娘達が楽しみにしている中、レイアだけは淡々としていた。
「レイア。可哀想」
「いいのよ。人混みは好きじゃないし。私はお前と一緒に遊ぶ方が好きよ」
こうしてレイアは祭りを楽しみにしている仲間をよそに彼女は仕事に明け暮れていた。
そして祭りを一週間に控えた時、ニッセがレイアに相談があると言い出した。
「リラ君のことじゃ」
「なんですか」
「最近、痩せたじゃろう」
彼女が薬草まで用い、減量をしているのはレイアも知っていた。しかし、理由は考えたことはなかった。
「実はの。ミスゴットランドの美人コンテストに応募する気なんじゃよ」
「ええ?リラ先輩が?あれに」
驚くレイア。ニッセも恐々とうなづいた。
「お前も知っているが。リラ君は適齢期。ここで花を咲かせたいのであろう」
「……私もコンテストは知っていますが。先輩が」
勇気のある行動。これにレイアは感動していたが、ニッセは首を横に振った、
「実は昨年も参加したんじゃ。一次選考で落ちて諦めたと思っておったが、今年もやると聞かないのだ」
「良いじゃ無いですか?チャレンジするのは自分を高めてくれる良い機会です」
「気休めはよせ。レイアよ。この際はっきり言っておくが、無理だろう、彼女じゃ」
「……」
沈黙。これがしばらく続いた。
「わしも彼女を応援したい。しかし、昨年のように落選して八つ当たりをされるとな。わしもきついのじゃ」
「そういうことですか」
……毎日頑張っているリラ先輩。確かに痩せただけでは入賞はできないわ。
聖ヤットルドの祭りは毎年参加していたレイア。コンテストの話は詳しく知っていた。
そこで二人はリラを呼び出した。
「なんですか」
「リラ君。レイアはのう。コンテストの合格の秘密を知っているそうだ」
「そんなのがあるんですか?」
「ええ。ただ美しいだけではダメなんですよ」
淡々と話すレイア。リラはそんなことはない!と怒り出した。
「このコンテストはですね。美人集め、というよりも、女神信仰を進めるのが目的なんです。だからいくら美しい人でも、信仰心がない人はダメなんですよ」
「そんな?!」
「なるほど」
レイアはリラにお茶を出しながら説明した。
「まず。選ばれたい人は、毎日教会に行き、祈りを捧げます。そして神父様にご挨拶をしていきます。これを毎日続けると、名前を貰えるんですよ」
「初めて聞く話だな」
「ええ。私もです」
「……歴代の女王になった人じゃないと、他の人に教えてくれないです。私はたまたま知りましたけど」
するとリラは興奮してレイアに向かった。
「じゃ、私も今からお祈りをして、名前を貰えばいいってこと?」
「……無理ですね。どの女性も、子供の頃からやって、娘になって初めて名前をもらっているので。最低十年です」
「不可能だし?ううう」
打ちひしがれるリラ。ここで涙をこぼした。
「実はね。病気の私の父が、とても楽しみにしていたの。だから、私も必死に減量して、少しは綺麗になろうとしたのに。悔しいわ」
「リラ君……」
ここでレイアはリラをじっと見た。
「方法はありますよ」
「え」
涙を拭ったリラにレイアは簡単に作戦を告げた。これを聞いたリラは、翌朝から街に出て必死に活動をするようになった。
◇◇◇
「疲れたぞ」
「ルカ殿下。そう言わずに。さあ、剣を取られよ」
「なんで剣術の時だけ俺なんだよ?」
簡単に入れ替わるようになったユリウスとルカ。こういう武術はルカが担当していた。ガルマの扱きにルカはさすがに疲れていた。
「はあ、はあ。もういいだろう。あとはユリウスにやらせろ」
「はい。ただいま昼食をお持ちします」
一人になった部屋。ルカは椅子に座った。
……俺に面倒なことをさせやがって。くそ。
この時。ブーセンが現れた。
「あ。ハズレの方だ」
「おやおや。可愛いブーセン。俺は優しいユリウスだよ」
「嘘だ。僕は騙されないぞ」
「ふん!つまらない奴」
この時、ルカはレイアが何をしているか尋ねた。
「庭の仕事の後は、洗濯と掃除だよ。後は、庭の石像を磨けって言われていたし」
「おい。俺をレイアのところに連れて行ってくれないか」
「どうして?」
首を傾げる妖精。ルカは素直に伝えた。
「俺はあいつが好きなんだ。会いたいんだよ」
「……そんなに好きなの」
「ああ。お前も好きだろう。それと同じだよ」
しばらくじっとしていたブーセン。ルカの腕を掴んだ。
「じゃ、行くよ」
「おう」
そして二人はレイアの元に魔法でやってきた。
「ここは?地下か?寒いぞ」
「おかしいな。レイアはここにいるはずだよ。レイア!」
薄暗い地下室。誰かがそこで謎の薬草を茹でていた。ろうそくの炎の部屋。ふと振り向いた。
「誰?」
「うわあああああ」
「うるさい。ルカ!」
「あら?ルカさんなの」
腰を抜かしたルカ。地下室にて謎の行動をしているレイアを見上げていた。
◇◇◇
「甘草アイスクリーム」
「はい。バレてしまいましたね」
冷やした鍋の中。そこにはアイスの原料が入っていた。
「実はわたし。毎年、聖ヤットルドの祭りで、これを売っていたんです」
「そうか。去年はここではなく、ただの村娘だものな」
「はい。このお金で秋の種を買っていたんです。でも今年は参加できないので、諦めていたんですけど」
レイアはそう言って鍋の中身をかき混ぜた。
「ニッセ庭長がちょっとなら良いって言ってくれたんです。だから販売の用意をしているんです」
「まだ完成じゃ無いんだな」
「ええ。この地下は寒いので仕込みをしてたんですよ……はい、味見で」
「僕が食べる!うん!美味しい」
横取りしたブーセン。ルカは怒って再度所望した。
「これです。どうぞ。甘いですよ」
「うん!?これは売れそうだ。ハーブの香りで実に品がある」
「そう?ふふふ。これは売れそうですよ」
嬉しそうなレイア。ルカはうっとりしてきた。
「そうか。お前はこれを売るのか」
「はい。後は羊のミルクを入れるだけで。アイスのカップは、もう小麦粉で焼いたし。多分、一人で大丈夫ですよ」
「他の庭師に頼めばいいじゃねえか」
「分け前をあげないと」
「ケチだね?しかし」
笑うルカ。しかしレイアは真剣だった。
「いいんです。これは弟のためだし。なんと言われようと私はやってみせますよ」
そして一行は地下から出てきた。
「そういえば、お昼は?ルカさん」
「まだ食ってねえ」
「私は自分の食べるので。お城に帰れば」
「いいから俺の分も作れ!」
レイアは庭の隅にある休憩室にて、キノコのパスタを作った。
「どうぞ。ありあわせですけど」
「いただく。ん?これはうまい……」
「そうですか。この庭で取れたものですよ。どれどれ私も食べようっと」
二人は狭いテーブルで食べていた。
「そうだ。スープもあったんだ。ルカさんは、熱々でしたね」
「ああ。ゆっくりでいいぞ。一緒に食おう」
まるで夫婦のような二人。しかし、ガツガツ食べていた。
「しかしお前は料理、うまいな」
……本当、普段何を食べているのかしら。
「この庭には新鮮な食材があるからじゃ無いですか」
「それもあるな」
「ルカさんはお腹が減っているんですよ。あ。お茶を飲みたい。お湯を沸かそう」
マイペースのレイア。ルカはゆったり過ごしていた。
「ところで。お前ってさ。俺とユリウスのどっちが好きなんだよ」
「どっちも好きじゃ無いですよ。だって、王子ですから」
仕事と言い切るレイア。ルカは頭にきた。
「はい。お茶」
「あのな。レイア。俺はな。王子の以前に、男としてお前に聞いている。はっきりしろ」
「はっきりと言っても」
……どうしてこの人はいつも怒ってるのかな。
笑ったり怒ったり。男心が全くわからないレイア。
……どうして私に、そんなに絡むんだろう。嫌いなら、来なきゃいいのに。
「レイア」
「すいません。私、仕事に戻ります」
「おい?」
その手を掴んだルカ。レイアの涙を見た。彼女が去った小屋。しばらく呆然としていた。
◇◇◇
そして祭りの日になった。
「リラ先輩。よかったですね」
「まあね。これはあんたのおかげよ」
教会の通い。これは十年もかけて行う行為。しかし、この行為。下町の貧しい娘はこの名前を売っている。金持ちの娘がコンテストに出る際、いつもこれを利用している事実。教えてもらったリラは、もう、立候補しない年配の女性からこの名を格安で譲ってもらっていた。
「応募の時、この名前も入れればいいのよね」
「はい。あと、お時間ありますか」
優勝を目指すリラのため。レイアは彼女に化粧をした。これは森で取れた花の成分ばかり。ささと顔にそれを乗せた顔は綺麗になっていた。
「鏡です、どうぞ」
「うわ?これが私」
遠目からでも見えるように、眉や口紅をはっきりさせたメイク。服は黄色い服にした。
「髪も結んだほうがいいです。それと、最後に、この香水を」
「いい香りね?」
「ええ。とにかく目立つことです。私ができることはここまです」
こうしてレイアはリラを見送った。一緒にいたニッセはレイアの後輩愛に感動していた。
「しかし、変身するものだね」
「綺麗でしたよね。後は先輩の力量にかけましょう」
さて。ここからはレイアの本番である。甘草アイスクリームを完成させたレイア。ロバを借りて荷を積んだレイア。城を出発し、祭りの賑わいにやってきた。
……あ、あの場所でやろう。周りにアイス屋さんはいないし。
アイスが融けない日陰。レイアは一人で必死に店を用意していた。そこに一人の男がやってきた。
「アイスクリーム店主レイア:カサブランカ。手伝いますぞ」
「ガルマ隊長?どうしてここに」
「頼まれました。ルカ殿下に」
レイアを泣かせてしまったルカ。珍しく落ち込み、今はユリウスになって祭りに来ていると話した。
「しかし。この店を手伝うように私は言われましたので」
「ありがたいです。でも、王子の護衛もあるし、準備だけでいいですから」
さっさと店構えを作ったレイア。早速商売を始めた。すると、行列が出てきた。
「レイアよ。客があんなに並んでおるのか?」
「わかっています。隊長は下がって。もう大丈夫ですから。いらっしゃいませ。おいくつですか」
一人でやると聞かないレイア。しかし、ガルマの目には無理に見えた。
「良い、我もやる。この入れ物にアイスを入れれば良いのだな」
「は、はい。その線まで入れればいいです」
お釣りの方がやりたくないガルマ。アイスを作ることにした。最初は下手すぎて首になりそうになったが、同じことの繰り返しにだんだん慣れてきた。
「隊長!大きめを三個で!」
「はいよ!さあ、まずは、一つ、おお。溢れるほどだ」
客の子供たちは嬉しそうに舐めていった。暑いこの日、アイスはどんどん売れていった。
「ガルマ隊長。疲れたでしょう。そろそろ私一人でいいですよ」
「何をいう。これからが本番だぞ」
ここで客が来た。
「そこどいて」
「え?あの」
ムッとした彼。しかしガルマが気が付かず、ルンルンで作っていた。
「いらっしゃいませ。え」
「何をやってんだよ?僕にはダメだって言ったくせに。お前が手伝ってどうするんだよ」
「面目ない」
頭をかくガルマ。しかし、王子の背後には客が並び始めていた。
「うわ?また来た。王子。もうやるしかないのです」
「ガルマ。退け。僕がやるよ」
「ええ?王子がですか」
驚くガルマ。王子は彼からエプロンを奪い装着した。
「似合うか、レイア」
「王子はなんでも似合いますが。販売はまずいですよ」
「うるさい!さっさと始めるぞ」
怒り出したら手がつけられない王子。仕方なくアイス販売は再開した。
「三個ございます!その後は、五個でお願い申し上げます」
「ええ?僕、間に合わないよ?」
作業が遅いユリウス。ガルマはハラハラしていた。
「我がやります。アイスは誰にも負けません」
「やだ!」
「……お釣りがなくなったわ。ねえ、王子!王子が注文を受けて。ガルマさんがアイスを担当して!私。両替をしてくるから!」
レイアの仕切り。二人はうなづき命令に従った。
「はい。三個です」
「まあ?王子ですか」
驚く娘たち。王子は必死に仕事をしていた。
「そうだよ。次のお客様。何個欲しいの?」
余裕のないユリウスであったが、ガルマの助けでどんどん販売していった。
「はい。十個!握手?いいよ、また来てね」
ファンサービスもしている余裕の王子。そのうちレイアが戻ってきた。
「レイア。大変だ。アイスがもうないぞ」
「売れないじゃん?!」
「そう言うと思ったので。追加で持ってきました」
冷えた水瓶。そこにはまだアイスが入っていた。
「しかし。アイスのカップがないぞ」
「それは私がここで焼きながら作ります。王子、すいませんがオーダーを」
……こんな僕を頼りにしてくれるなんて。
「わかった!任せて!」
追加の甘草アイスが来た店。またもや行列ができていた。小さな焚き火のフライパンで器用にクレープを焼くレイア。このクレープにガルマはアイスを入れていた。
「オーダーです。二個です。その後は三個で、一つは大きめで」
「レイア、クレープを後二枚だ」
「……今できました。最初の二個だけ出して」
これを王子は客に渡した。
「お待たせしました。落とさないようにね。次のお客様。どうぞ注文を」
レイア達の正午前から始めた甘草アイスクリーム店。あまりの人気に三時には完売になった。
「はあ、はあ。終わった」
「王子……立ちっぱなしで、お疲れでしたね」
「あはは?ガルマこそ。アイスまみれ。あ?どうしよう。僕、食べてないよ」
「あ。我もです」
するとレイアが水瓶の内側をなんとか混ぜて、ちょっとだけアイスを作ってくれた。
「どうぞ。こっちはガルマ隊長です」
「うん……美味しいな」
「ああ。働いた後の甘いものは格別ですな」
すると王子がなぜか俯いてしまった.
「まずいぞレイア」
「こうなるでしょうね」
やがて目を開いたのは彼だった.
「おい、俺の分は?俺のこと、忘れてただろう」
「ルカ殿下。確かに忘れていましたが、そうさせるほどの客がここに押し寄せまして」
「言い訳など聞きたくない!レイア。お前はやっぱり俺のことなんかどうでもいいとおもているんだろう」
怒るルカ。これにレイアは静かに答えた。
「どうでもいいとは思っていません。でも、アイスは溶けちゃうし。ルカさんの分はまた作りますよ」
「本当だな」
彼女の手を取るルカ。その手はアイスでベトベトしていた。ルカはその手を取り、甲にキスをした。
「今はこれで許す。絶対俺の分も作れ」
「はい。では、片付けだわ」
ここで呼ばれた王子とガルマ。レイアは行ってくれと話した。
「でも俺は来たばかりなのに」
「ルカさんは王子でしょう?お祭りを楽しんできてください」
彼らを返した祭り後。レイアは一人で片付けをしていた。
「レイア」
「リラ先輩。どうでした」
「……ううう」
やはりダメだったか。涙の彼女。レイアは慰めようとした。
「優秀賞はダメだったけど。残念賞に入ったわ」
「よかったじゃ無いですか」
「悔しいけど。あなたのおかげよ」
化粧が落ちたリラ。彼女は一緒にアイス屋の片付けをしてくれた。ロバに荷物を乗せた二人、庭師の部屋に戻って行こうとしていた。祭りはここからが本番。若い男女は広場で踊りを踊っていた。
「あ、あそこにいるのは、うちの庭師達よ」
「リラ先輩。踊ってきたらいいですよ」
「でも。片付けが」
レイアは簡単にリラの化粧を直した。
「私はこんな格好だし。先輩は楽しんで来てください。私はこのまま帰っていますから」
ロバを押したレイア。若者に背を向けて城内に戻ってきた。
「楽しかったかい」
「ニッセ庭長。ありがとうございました」
「いやいや。疲れたろう。休みなさい」
本当に疲れたレイア。ロバから荷物を下ろした。洗うのは明日にした彼女。城の庭から祭りの広場を眺めていた。
「あ、いたレイア」
「ブーセン。遊ぶのは無理よ」
「あいつが来いって言ってるんだよ。きて!ほら!」
「えええ?」
しかしあっという間にレイアは魔法でどこかに移動していた。
「どこ?ブーセン」
「来たか……」
裏庭。誰もいない夕暮れ。ルカはツカツカと歩み寄ってきた。
「さ、踊るぞ」
「どうしてですか」
「お前さ。ユリウスだけにアイスを食べさせて。俺にはなんにも無いっておかしいだろが」
怒っているが冗談顔。レイアの疲れは一気に飛んだ。
「何もおかしく無いですよ。それに私は庭師で」
「その理由は聞き飽きた」
彼はそう言ってレイアを抱きしめた。街から聞こえる音楽。二人は踊り出した。
「うまいな」
「そっちこそです。ふふふ」
森の祭り。いつも弟と踊っていたレイア。つい、弟を思い出していた。
「なんだ。その顔。他の男でも思い出してたか」
「弟です。どうしてるかな」
懐かしいような、寂しいような。レイアの横顔。ルカはじっとしていられなかった。
「だめだ。他の男を思うなど、俺が許さない」
彼は抱きしめた。レイアの長い髪から出る可愛い耳。これにそっといた。
「レイア」
「う?くすぐったい?それはだめです」
ルカはそれでも耳にキスをした。
「……ダメじゃない。なあ。レイア。俺にも必ずアイスを食わせろよ」
真剣な声。レイアは抗えずにいた。
「はい」
「絶対だからな……約束だぞ」
「はい……あ、花火だわ」
バーンと上がった花火。二人は一緒に見上げていた。
彼の横顔。王子の顔であって、王子じゃない。
この手を離さない彼の手は熱かった。
……どうしてこんなに、安心するのかしら。
夏の夜の花火。二人は寄り添うように見上げていた。
十一話 夏祭り完
第一章「双頭の紋章」完
第二章「光と影」へ
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