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一 呪われた女
夏祭りが過ぎた一週間後。王宮地下牢にて恐ろしい声が響いていた。
「ぎゃあああああ!!う、うわああああ」
苦しみの断末魔。この世のものとは思えぬ恐ろしい悲鳴が響いていた。これに兵士が槍を光らせた。
「おい?我々はまだ何もしておらぬぞ?」
「いやああああ……触るな?見るな……こっちに来るな!」
乱れた白髪。歯の抜けた口。縛られた体。兵は大丈夫か?と声をかけただけであるが、彼女は必死に暴れていた。
「うわああ!殺されるー?おお。神よ。私が何をしたというのじゃ?!こんな善良な私を?」
興奮している白髪を振り乱した老婆。七転八倒で転がった先の石畳の床は濡れていた。ここで兵は彼女の体に触れようとした。
「やめろ?私に触れるな?女の私を」
「そこだと邪魔なのだ。人が通るのでな」
「え」
思った事と違う理由。彼女はまた叫び出した。
「……うああああああ!やめろーー。ここから出せ!出せ!うあああああ」
そして叫び終わった魔女の元。大臣が地下牢にやってきた。
「花市場の最高嫌われ者。魔女、アプリコットよ」
すると。彼女は首を横に振った。
「人違いじゃ……私は『人々の好かれ者』……『恋泥棒』と言われた女じゃぞ?」
この答え。大臣は眉を顰めた。
「おい。兵?この老婆に酒でも飲ませたのか?」
「全くです。水しか飲んでいません」
「う、うああああ……」
何もしていないのに魔女は苦しそうに喘いでいた。大臣は無視して話をした。
「……お前に問う。祈草についてだ」
王子を心から心配している大臣。叫ぶ魔女を一切無視し、効能について問いただした。
「王宮でが今までお前が売っていた祈り草を使っておるが。なぜ王子は治らぬのだ」
「知るか。それに私は売ったまでの話。薬草は育てた者に聞け」
「減らず口を」
「お、お待ちくだされ。大臣」
この悪い舌。立ち会った近衛隊長のガルマは何かを思い出した。
「おい。魔女。お主は王宮庭師に誰かを推薦しなかったか」
あの時の推薦状。微かな記憶。これに魔女は笑った。
「ははは。したよ。したした。レイアだろう」
「レイア?そうだ。森娘だ」
ガルマの驚き顔。魔女はたっぷり微笑んだ。
「旦那。あの娘が祈草を私に売らせたんです。全ての責任はあの娘。私はあの娘に騙されたんです」
「なんと?」
この告発を受けた大臣。兵を向かわせ庭にいたレイアを、王宮の広間に連行した。
「痛いです!」
「さあ。大臣様だ。顔を上げろ」
庭仕事の最中。いきなり連行されたレイア。ただびっくりしていた。ガルマまら裏口入学をして入った経緯を聞いた大臣。レイアを冷たく見下ろした。
「……森娘。レイア。そなたが魔女に祈草を売っておったのだな」
話が全然見えないレイア。しかし魔女という言葉に反応した。
「魔女?はい、確かにそうです」
「そなたに問う。あの祈草を使っても王子の治る効果が見えぬ。その理由を申してみよ」
「ええ?」
本気の大臣の顔。自分を囲む近衛兵たち。ごめんね?とウィンクするガルマ。皆、王子のために必死の顔だった。
……そうか。側近の人は、ルカさんの話を知らないのね。
祈草は使用されていないというルカの言葉。だがルカの正体も話の根拠も言えないレイア。とにかく。レイアは今、言えることを話した
「私の育てた祈り草は本物です。他の人にも売ったことがありますが、確かな効き目で、感謝されてきました」
「ではなぜ王子には効かぬのじゃ?おかしいであろう」
「それは」
問題は材料よりも使い方。しかしこれを口にしても証拠もない挙句、責任転嫁を言われかねない。レイアは押し黙っていた。
ここで大臣が怒りの声を上げた。
「申せ!王子の一大事であるぞ?それよりも何か言えぬことがあるのか」
「そうではないです。薬草は本物。それだけです」
「それではまるでこちらに問題があるような話ではないか。貴様。我々のやり方に文句を言うか」
あまりの怒号。ガルマが止めに入った。
「大臣。それまでにしてください」
「ならぬ!娘を地下牢に引っ立て!」
解決方法は見えない苛立ち。これをレイアにぶつけるかように大臣はレイアを地下牢に入れた。
ガシャーンと鍵がかかった薄暗い牢屋。冷たい石畳の床。兵が去った音にレイアはため息をついた。
「久しぶり」
「きゃああ?なんだ?魔女さんか」
暗い牢屋の隅。傷だらけの魔女は笑みを浮かべていた。
「ひひひ。お前も道連れだよ」
「そうか。だから私、疑われたんですね」
捕縛の理由を知ったレイア。どこか呆れるレイアに対し、魔女は嬉しそうだった。
「ふん。お前さんだけ幸せにしてたまるかい」
「別に、幸せじゃないのに。もう」
暗い牢屋。魔女の白眼が光っていた。
「ところで。どう言う話なんだい。確かに祈草はこの城にずいぶん売ったんだよ」
「知りません。私はあなたに迷惑しか掛けられていませんから」
「良いのかい。濡れ衣を着せられたままではお前も私もここから出られないよ」
「……」
背に腹は変えられない。レイアはルカの話をした。
「なるほど。そいつは王子なのに、王子じゃないのだな」
「体は王子ですけど。心は別の人みたいです。これは祈り草のせいですか」
魔女は必死に何かを思い出そうとしていた。
「今までそんなことはなかったな。して?そのもう一人の王子は犯人を知っているけど、それは言えぬと申したのじゃな」
「はい。それはどう意味なんだろう」
ここで魔女はケタケタ笑った。
「そうか。なるほど」
「わかっているなら教えてください」
「ふふふ。私は長い間生きているのでな。お前の知らぬことも知っておる。昔、同じこと起こったのを思い出した。そうか、ははは」
意地の悪い魔女は教えてくれなかった。ここでレイアは牢屋の隅でふて寝した。
翌朝。レイアだけが牢屋から出された。大臣のそばにはガルマがいた。アイスを一緒に売った彼。心はすっかり仲間のガルマ。しかし大臣の前ではそうもいかなかった。一晩大臣を説得し、レイアを牢から出すのにかなり力を使ったため、ヘトヘトで立っていた。
「ふう。森娘、レイア。ニッセから嘆願があったのでお前を出す」
「ありがとうございます」
密かにうなづくガルマ。レイア、胸に手を当てた。
……よかった。誤解が解けたのかな。
ほっとしたの束の間。しかし大臣の冷たい声を聞いた。
「しかし。疑念は残っておる。そこで、お前に薬係に任命する」
「薬係?」
「ああ。お前が祈り草を使い、王子を治せ!時はもう無いのだ」
「時はもう。無い…」
大臣の冷たい顔。ガルマの弱り顔。レイアはじっと見ていた。
◇◇◇
「突然ですまなかったな」
「そうですよ?いきなり牢屋なんて」
レイアを送る体裁で一緒に廊下を歩くガルマ。こそこそ謝った。
「すまない。私の立場をわかってくれ」
「そんなの私に関係ないですよね?自分勝手で非道です。それが紳士のやり方ですか」
「え」
ガルマ。レイアの言葉に立ち止まった。
「そもそも!私は王子の病を治すためにここにやってきたのに。犯罪者扱いなんて、おかしいですよ」
「あ、ああ」
「それを知っているくせに。私のせいにして陥れるようとするなんんて。ガルマ隊長を見損ないました!」
「見損なった……」
若い娘に叱られたガルマ。ショックで呆然とした。幼い頃より、上の立場の彼。こうやって真正面から叱られるのはどこか懐かしかった。
「ねえ、聞いてますか?」
「あ。はい」
「……じゃあ。どうするべきだったか。言って見てください」
「え。我が?」
腰に手を当てて怒っているレイア。ガルマ、渋々話し出した。
「まず。その。そなたのことを、もっと早く大臣に紹介をしておけばよかったと今なら思う」
まるで子供のようにしょぼんとしているガルマ。レイアは弟を叱るように向かった。
「じゃ、試しに私を紹介してください」
ムッとしているレイア。ガルマ、必死に話し出した。
「え?……それは、『レイアは気の効く心優しい娘』であり」
「抽象的!それじゃ、褒めたことになりません」
「え」
何から何までダメ出し。近衛隊長のガルマ。ショックを受けた。
「す、すまぬ」
「もう!そんなこともわからないんですか?」
多くの兵を統率しているガルマ。銀髪の長髪美しく、逞しい身体は城中の女性が振り向く美青年。しかし、今。村娘の説教を前に、子供に戻っていた。
「わ、我としては」
「言い訳は結構。私はあなたを軽蔑します」
「そんな?レイアよ。どうか我を許してくれ!未熟でダメな我を。どうか。どうか……」
そう言って膝を付いたガルマ。その目にはうっすら涙が光っていた。レイア、その涙、可愛いと思ってしまった。
「面をあげなさい」
「は、はい……」
グスグスしているガルマ。レイア、目を細めて顎をクイをあげた。
「今日はこれで許してあげます。でも二回目はありませんよ」
「は、はい?ありがたき幸せ」
レイアに許してもらったガルマ。嬉しさで頬を染めていた。レイアはこれで心がスッキリしていた。
「本当にすまなんだ。しかし、本当に祈草がなかなか効かないので。大臣もそう思ったのだ」
「……祈り草は本物です。問題は保管方法とか、使用方法じゃないのですか」
ガルマは歩きながら、静かにうなづいた。
「やはりそうか」
「そうに決まってますよ。ねえ、本当に、祈り草はどうやって使っているんですか」
「……ニッセの部屋についたら話そう」
ガルマの真剣な顔。レイアも息をゴクと飲んだ。
つづく
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