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二 祈り草の行方
牢屋から出されたレイア。ニッセ庭長の小屋にてガルマと話し合いを始めた。
それは現在の王家の話であった。
「ユリウス様は幼い頃から病弱でな。体を動かすと翌日は熱が出てしまう。王妃様はそれを心配し、王子を大切にお育てになった。それは周りから見てもやりすぎに見えるくらいだった」
「そこまですか?王子はお元気そうに見えましたけど」
ここでニッセ。静かにうなづいた。
「そうじゃな。最近はそうじゃが。去年までは寝たきりじゃった。看護する王妃様を国民は皆、気の毒に思ったものだよ」
……そんなにまで。王子は病弱だったのね。
ニッセは話を続けた。
「左様。だが、王妃様があまりにも王子につきっきりなので、妹君のアン姫がユリウス様にヤキモチを焼かれて。一時は関係が悪かったのだ」
しみじみ話すガルマ。その顔はひどく疲れていた。そのガルマにレイア、お茶を勧めた。
「あの。祈り草は」
「ああ?そうだった。祈り草はな、王妃様に差し上げておったのだよ」
聞くところによると。王子の看護を仕切る王妃。医者の助言度通りに祈り草にて王子の治療をしているはずだった。
「では。王妃様が王子に飲ませていたんですね」
「そうだ」
「レイアよ。王子は我が国の大事な王子。毒味もあるため王子の口に入るものは全て王妃様が確認をしておるのだよ」
「全て……王妃が」
……だったら?王妃が怪しんじゃないのかしら。
しかし、王子の実の母親。レイアはそう思いたくなかった。レイア。ニッセとガルマに時間をくれと頼み、自室へ休みに戻った。
……祈り草は、お茶にしたり、食べたりしているはずだけど。
王妃がどんなやり方で王子に飲ませているかは不明。それを調べる手段もない。疲労困憊のレイア、考えながらベッドでこの日は休んだ。
翌朝。レイアは薬草係となった。自分で用意した祈り草を、ひとまずお茶にしてみた。これを王妃の侍女に託した。
「これは祈り草のお茶です」
「預かりました。お渡しします」
侍女は受け取って廊下を進んで行った。レイア、この時ささやいた。
「ブーセン。様子を見てきて」
「うん!」
妖精のブーセン。侍女の後をついて行った。部屋に消えた妖精を見届けたレイア。白亜の館を後にして庭にて仕事をしていた。
「あ?ここにいた!」
「ブーセン、どうだった?」
戻ってきたブーセン。不思議そうにレイアに呟いた。
「あのお茶さ。飲まないで捨ててたよ」
「やっぱり……」
……飲ませてないんだわ。
ルカの言う通り。祈り草はユリウスの口に入っていない。理由は不明だが王妃は王子に飲ませていない、とレイアは確信した。
考え込んでいるレイア。ブーセンは足元をうろうろした。
「ねえレイア。遊ぼうよ」
「……いいわよ。穴掘りしましょうか?」
ついでに仕事を手伝わせたレイア。かわいいブーセンを通して弟を思い出していた。
……母親なのに。どうしてそんなことをするのかな。
本来なら病を治そうとするのが母の愛のはず。レイア、不思議に思っていた。
「ねえねえ。レイア!石がでてきたよ」
「あら?大きいわね」
「ギャハハ!この石、パンみたいだね。レイア、パンみたいだよ」
「そう。どこかに捨ててきてちょうだい」
嬉しそうなブーセン。レイア、どこか悲しくなった。
……王子も、家族とこうやって、過ごしたいはずなのに。
白亜の館、豪華な暮らし、ご馳走、優しい部下。そんな生活の王子の母親の態度。レイア、彼の気持ちを思うと悲しくなってきた。
「ん?どうしたのレイア」
「ブーセン……こっちにおいで」
レイア。かわいいブーセンを抱きしめた。胸に抱きその毛を優しく撫でていた。
「くすぐったいよ」
「……ねえ。ブーセン。今日の王子はどうしているの。お部屋で休んでいるの」
空を見上げるレイア。ブーセン。にっこり笑顔でレイアを見た。
「寝てるよ。そのそばにはあの王妃が付き添っているんだ」
「付き添いを」
「うん。優しいお母さんだよね?王子のためにいつもお世話をして」
「……優しいお母さん、か」
そんな王妃の不可解な態度。レイア、遠くを見ていた。ブーセンは語り続けた。
「そうだよ。お城のみんなもね。王子のお世話ばかりの可哀想なお妃様って言って。同情しているんだよ」
「同情……も、もしかして」
「あ?レイア」
レイア。ブーセンを抱きしめたまま地下牢屋にやってきた。
「はあ、はあ。魔女さん!」
「スー……ピー……」
往復いびきの魔女。レイア、声をかけた。
「寝てないで!起きて!起きろ」
牢屋の中で寝ていた魔女。レイア、起こした。
「ふわ?なんだよ。人がせっかく気分良く寝ていたのに」
大あくびの魔女。レイア、鉄格子越しで見つめた。
「よくここで眠れますね?あの、例の祈り草の件なんですけど」
レイア、魔女にパンを渡した。彼女は受け取った。
「これだけか」
「嫌なら別に」
「お前は意地悪だね……」
受け取った老婆、むしゃむしゃ食べ出した。レイア、疑問をぶつけた。
「例の祈り草の話ですけど。私、思ったんです。王妃様って。みんなから同情してもらうために、王子をわざと病弱にしているんじゃないかって」
「……どうしてそう思うんだい」
「関心を惹くためじゃないですか?他には王子がそばにいるので嬉しいとか」
「良い線ついてるじゃないか。っていうか。このパンは美味いな!」
魔女。むしゃむしゃ食べながら話した。
「あれはそうだね。昔々の話さ。ある町の女。それには子供がね。病で伏せっていたんだ。旦那は死んじまって女一人で育てているのに、子供がそんなんだから女は働けない。そこで町中で女を気の毒に思ってね。食べ物やお金を恵んでおったのだよ」
魔女、パンを食べ終えた。レイア、もう一個あげた。魔女は受け取った。
「町中で。その子供がかわいそうだから、なんとかならないかって。私が魔法を頼まれたのさ。しかし、どうやっても子供は悪いところはない。おかしいな?と思っていたら。その母親、なんと子供に腐った水を飲ませていたのを、私は見てしまったんだよ」
「ひどい」
……やっていることはここの王妃と同じだわ…
「ああ。さすがに私も驚いたさ?あれじゃ、私がどんな魔法を使っても。治りやしない」
レイア。ここでワインボトルを一本渡した。魔女は嬉しそうに受け取った。
「おお?これは上等なものだね」
「黙って飲んで!それで?その時、魔女さんは子供をどうなさったの?」
「簡単さ。母親と子供を隔離したんだ。一ヶ月。それでケロリと治ったよ」
「そんな方法で」
「まずは飲ませてもらうよ」
魔女はワインをラッパ飲みをし、牢屋の窓から外を見つめた。
「おお?渋い!まあ、あの母親な。旦那が家庭に無関心だった。きっと病気になればみんなが関心持ってくれるんで、寂しさでそんなことをしたんだろうさ」
「でも。子供にそれをするのは虐待ですよ」
「レイア。話はこれで終わりじゃないよ」
魔女。目をきらりとさせた。
「これは母親の心の病だ。放っておくと息子の命が危ないね」
「ま。まさか」
「……子供が死んだら最高に不幸な女だものね?みんなに可哀想と言ってもらえるからね」
恐ろしい予言。レイア、すっと立ち上がった。
「わかりました」
「わかってもらって結構。では私をここから出して。え」
魔女から聞いた話。レイア、スクと立ち上がり牢屋を後にした。
背後で魔女が叫んでいたが、必死のレイアには聞こえていなかった。
◇◇◇
「すいません!ガルマ隊長に会わせてほしいんです!」
「ガルマ隊長は外回りの仕事で夜まで帰って来ぬぞ」
「そんな」
冷たい兵士の返事。事件の真相に近づいたのに。相談係のガルマは不在だった。
……使えないわ!もうどうしよう。あの意地悪大臣はきっと王妃の仕業だって、信じてくれないわ。
現場を押さえるしかない。しかし、ガルマもいないレイア。兵に門前払いをされ王家の庭をとぼとぼ歩いていた。
「おい」
「誰。あ?」
そこには。ルカが立っていた。
「どうしたんだ。そんな疲れた顔をして」
「……そんなにひどい顔ですか。はあ、疲れた」
ルカの誘いで二人は一緒に庭のベンチに座った。
彼は長い足を組んだ。
「で。もうお前にはわかったんろう?犯人が」
「ええ。多分。でも、理由がまだはっきりしないし」
俯くレイア。ルカ、大きなため息をついた。
「俺はな。最初、ユリウスのフリしてその薬を飲んだんだ……そしたらひどく気分が悪くなってな。これがマジで薬なのか、気になって。あいつには飲まないように指示していたんだ」
「そうだったんですか」
静かになった二人の世界。夏の優しい風が吹いていた。
「ユリウスはそれでも母親だからな。信じて飲んでいたんだ。でも、俺に言われて気がつくことがあったんだろう。最近は飲むふりをして、飲んでないんだ」
「それで最近は元気なんですね」
最近の体調が良いのは判明した。しかし、問題はこれからだった。
「お前、どう思う?」
「どうって。お妃様の行動ですか」
「ああ。俺は、このままで済むとは思えないんだ」
……寂しそうな顔。ルカさんなりに心配しているのね。
可哀想な母親を演じていたい王妃。その王子は最近、すこぶる元気である。彼女はこのまま引き下がるのであろうか。
すると。二人の間を割くようにブーセンが入ってきた。
「ねえ、ねえ。あのね。アン姫が具合が悪いってさ」
「え」
「……標的を変えたか。これはまいったな」
腕を組み目を瞑ったルカ。レイア、静かにベンチにもたれた。そして昼の月を見上げた。
……誰かが止めないと。止まらないのかも知れない。
魔女の話では心の病ということだった。今、この隣に座るのはルカでありユリウス王子。彼は国に大切な人。そして自分の雇用主。レイア。覚悟を決めた。
「私、作戦を考えておきます。これから草取りをするので、これで」
「あ、ああ」
……大丈夫かよ?
心配そうに見つめるルカ。それを知らずにレイアは庭仕事に戻っていった。
その夜。アン姫の寝室。
「さあ、アン。夜のお薬よ」
「お母様。また飲むの?」
月夜のベッド。母親は聖母のように微笑んだ。
「ええ。これを飲んだら私のように綺麗な肌になるわ」
「わかったわ」
「良い子ね」
王妃はそう言って寝室の娘に薬を飲ませた。暗いベッドの白の寝着の娘。これを飲み干した。
「ふう、飲んだわ」
「えらいわね。それでは、おやすみなさい」
そう言ってベッドに入った姫。しかし。王妃がドアを閉めると、彼女は目を覚ました。
「ブーセン、どこ?」
「ここにいるよ」
ブーセン。布団から出てきた。
「っていうか。レイアが僕を踏んだんだ」
「ごめんなさい!さあ。アン姫を出して。私を部屋に送ってちょうだい」
ブーセンがパチンと指を鳴らすと、この広いベッドにアン姫が寝ている状態で現れた。実は魔法で見えなくなっていただけで、彼女はずっとここにいたアン。彼女を起こさぬようにレイアとブーセンは魔法で移動した。
「おや?レイア」
「ね、寝巻き姿か?」
薄着だったレイア。目の前の男二人は赤面した。しかしレイア、構っていられなかった。
「すいません。お見苦しくて。上着を着ますね」
上着を羽織ったレイア。こうして移動した庭師の管理室。そこはニッセとガルマがお茶を飲んで待っていた部屋だった。レイアは今の飲んだふりをした薬を二人に渡した。
「これです。分析しないとわかりませんが、匂いからして毒性のものを感じますね」
ニッセ。眉間に皺を寄せた。
「ガルマ殿。分析は私がやります。あなたは引き続きアン姫の警護を」
「は!ところで、身代わり姫のレイア。お前は平気なのか」
……ちょっと……息苦しいけど。
「少しだけ薬を飲みましたが、今は大丈夫ですから」
アン姫の代わりに薬を飲んだレイア。こうして薬の分析も手伝った。そうしてここには毒性を感知した。
「微量であるがの。長年飲んでおったら、体を壊すであろうな」
「これを王子や姫が口にすると、とても危険ですね」
……思った以上の毒性だわ。でも王子になんて説明したらいいの。
彼にとっては大切な母親。レイア、そのことの方を気にしていた。もやもやした気分の中。翌朝、レイアは薬草係として王妃に呼ばれた。
「あなた。何をしているの?祈り草は全然聞かないじゃないの」
「申し訳ありません」
「これは本物じゃないんでしょう?そうよ、お前は偽物を私たちに掴ませたんですよ」
危険を察知したのか。王妃はレイアを追求し始めた。
「そもそも。お前がきた頃から王子の様子がおかしいのです。それに、あんなに素直だったのに、最近は反抗ばかり。それもこれも下人のお前のせいです」
ここに。何も知らぬアンがやってきた。
「おお?ひどい身なりで嘆かわしいわ?お前のような見窄らしい女がいると思うと気分は悪いわ。今すぐ王宮から出て行ってちょうだい」
ひどい言葉のアン。しかし、目の下は黒く体調が悪そうだった。
……危険だわ。アン姫もたくさん飲まされているかもしれない。
緊急性を感じたレイア。話し出した。
「しかしながら王妃様、私は薬草係。お薬の用意が仕事です」
「必要ないわ。あの子の薬は私の母国から取り寄せたものがありますので」
「そうよ。お前なんか必要ないわ」
ちらと見ると。そこには王子の薬が用意されていた。隣の赤いグラスはおそらくアン姫のもの。
……昨夜のよりもきつい匂い……危険だわ。
鼻がきくレイア。ここには祈り草は入っておらず、毒性のものを感づいた。
「わかりました。奥様のお薬はそんなに効能がおありなら。私の薬草は必要ありませんものね」
「え。ええ」
「では。研究までに、私に飲ませてくださいませ」
「……あ?何をするの」
ここでレイア。二人をかき分けて、ユリウスの薬とアンの薬を一気飲みをした。
つづく
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