二 祈り草の行方

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「ふう」 「な、なんてことを」 「……これが本当に病を治す薬なら。私は潔く辞めます……う?ゴホゴホ」 みるみる顔色が悪くなるレイア。床に膝をついた。そして、口から血を吐いた。 「きゃああ」 アン姫の悲鳴。王妃は真っ青になった。 「お。大袈裟ね。演技よこれは」 「……トリカブト……誰か、水を、水……」 喉が焼けるように熱い。痛さで声が出ないレイア。廊下から兵士の歩く足音。バタバタと響いた。 ……しっかりしないと。ブーセンを、ブーセン。 思考が酩酊。声も出なくなってきたレイア。その時、部屋に兵士達が入ってきた。 「レイア!」 「ユリウス?どうしてここに」 「お兄様?」 「どけ!」 彼は慌てて床に倒れていたレイアを抱き上げた。 「しっかりしろ!ブーセン、ブーセンはどこに?」 「……水を」 「水か?」 口から血を出すレイア。彼は真顔で見つめた。ここで彼はグラスに水を含み、レイアに口付けで飲ませた。 レイア、それを飲めず、口から血と一緒に吐いた。 「おお……なんてことを!離れなさい!お前は王子ですよ?」 「そうよ!お兄様。その女は下人ですよ」 「うるさい。水を持て。早く!」 まだ続けている彼。腕の中のレイア、涙目で彼の手を握った。 「レイア、しっかりしろ」 ……ああ、これはルカさんだ。なんて心配そうな顔。 「……大丈夫です。ルカ、さん」 温かい彼の腕の中。レイアは気を失った。そして宮廷医師の元に運ばれたが、命に別状はなかった。 「母上。これはどういうことですか」 「ユリウス。これは陰謀です。あの女が私を陥れようとしたんです」 大臣とガルマも見守る中。ルカ、王妃に尋問していた。 「いいえ。陥れようとしたのはあなたです。この薬には毒が入っていました。そして、この毒草をあなたに売っていた男を捕まえました」 「……ユリウスよ。なぜ母をそこまで責めるのです?私はあなたの母親ですよ」 涙目の王妃。ルカ、悲しく見つめた。 「王が多忙でお寂しいお気持ちはわかります。が。息子や娘を病に仕立てるのは間違っています」 「……え?」 ルカは立ち上がった。 「……寂しいのはあなただけではなかったはず。王子や姫はそれ以上に寂しかったこと。あなたはわかっていたはずだ」 「あの子達が」 「ああ……」 月光の背景。長身のルカ、息子であるはずが堂々した姿に王妃、夫に見えた。 「許してください。私は、他国から嫁いで。友人も誰もいなくて……なのに、あなたは仕事ばかりで私に見向きもせず」 夫と錯覚している王妃。ルカは構わず続けた。 「そういうあなたは夫を労ったことがありますか。国を責務を背負う彼を」 「労う?私が」 ルカ、うなづいた。 「王は、この国を守るために命懸けです。外では常に命を狙われている御身。ゆえにこの城に帰った時は癒されたいはずだ」 「命懸け……癒し」 「そう。先ほどからあなたは自分のことばかり。他者を労る気持ちはないのですか」 「あ、ああ……」 悲しみの涙。膝をつく王妃。ルカはそっと部屋の扉を見つめた。 「君はどうなんだ。アン」 「お兄様……」 話を聞いていたアン。戸惑っていた。ルカはじっとその目を見た。 「お前も王族だ。しかし、自分の事しか考えられぬ者は、その者自身も、誰にも助けてはもらえぬ」 「は、はい」 涙目のアン。ルカの胸の中に飛び込んできた。 「お兄様。ごめんなさい」 「謝罪よりも。お前はこれからの態度で示せ。国民の模範となるよう、母上を支えるのだ」 「はい」 今まで見たこともないくらいの力強い兄。アンはすっかり反省した。 そしてルカは奥の部屋で休んでいる娘の部屋をノックした。 「入るぞ」 「まだ、良いって言ってないんですけど」 「うるさい。で?どうなんだ。調子は」 レイアが寝ていたベッド。ここにルカ、どかと横座りした。 「あの時は喉が焼けたんですけど。今は、ブーセンのお(まじな)いで良くなりました」 「ふーん」 ここで。なぜかルカはジロジロとレイアを見つめた。 「なんですか?」 「いや。よく見ておこうと思って」 「はあ?」 今のレイア。長い髪を下ろした寝巻き姿。薄着で肌が少し透けていた。 「お前、いつも仕事着だからさ。でも、こうやってみると、やっぱりこう、お嬢さんだな、と」 ジリジリと近づくルカ。レイア、ドキとした。 「そ、そちらは紳士じゃないようですけど」 「いつ、俺が紳士って言った?」 彼はそう言って彼女の唇を奪った。レイア、びっくりして固まった。 「ん。今度は甘い。あの時は毒と血の味がしたからな」 「……ルカさん。お戯れはやめてください」 「ふ、俺なんか戯れの塊のようなもんさ。さて。嫌われる前に、ユリウスに代わるかな」 ……あ……行っちゃう? そう言ってレイアから離れようとしたルカ。なぜかレイア、引き止めた。 「ん?」 「あの?これはその」 自分でもなぜこんなことしたのか。レイア、わからず頬を染めていた。 「なんだ。まだ俺にいて欲しいのか」 ニヤリ顔の彼。彼の腕をつかみながレイア、ふうと息を吐いた。 「そうではありません……助けていただいたお礼がまだでした。ルカさん、いつも、ありがとう」 どこか気を許しているレイア。ルカはふっと笑みを見せた。 ……まずい。可愛すぎる。これ以上はまずい。 「はいはい。お姫様。さ、もう寝ろ。寝るまで、ここにいてやるから」 そう言ってルカは寝かせてくれた。彼に手を握ってもらいながらレイアは眠りについた。 その温もり。優しい気持ちが伝わっていた。 ◇◇◇ その後。レイアは元気になり王宮の庭の手入れをしていた。早朝の畑にて草取りをしていると、王子の白馬がやってきた。 「やあ」 「ユリウス王子。おはようございます」 「おはよう。ところでさ」 下馬した王子。手綱を庭の柵にかけてレイアに向かった。 「どうして僕だってわかったの?」 「……そうですね……ルカさんは、こう、手綱を引く時、肩に力が入るというか」 「レイアって。馬に乗っている姿でわかるの?」 驚くユリウス。レイアは汗を拭いた。 「うまく言えないですけど。要するにルカさんの方が、こう、偉そうなんですよ」 「僕よりも?」 「ええ……ああ、足元気をつけてくださいね。そこは」 つい、そう言って彼に背を向けたレイア。背後から声を聞いた。 「おい。レイア、どういうことだ?俺の方が偉そうだとは」 ……あ。入れ変わった。 彼女は振り返った。 「……おはようございます、ルカさん」 「挨拶で誤魔化すな!」 「そういう挨拶を無視するのが、偉そうだと」 「なんだって?おい、うわ、やめろユリウス!ここは俺がガツンと」 一人でやりとりしている王子。レイア、相手にしないで朝日を見つめた。 ……マイル、姉さんは頑張っているよ。 王宮の庭。美しい薔薇の香りの風の中、泥だらけのレイア。騒がしい王子に微笑んでいた。 完
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