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三 王子の羊
「おはようございます」
「おはようレイア。声が大きくて元気だね?早速だが水やりを頼む」
「はい」
青い海に囲まれた半島の島ゴッドランド王国。富める白亜の王宮の庭。そこに育つ草花。庭師のレイア、ウキウキで水やりをしていた。
先日判明した王妃の事件。これは秘密裏に処理された。孤独だった王妃の悲しい事件。ユリウス王子とアン姫の話し合いで決まった決定事項。この事件の謎を解いたレイア。自分としては祈り草の汚名が返上できれば良かった。
「さて!今日は肥料を撒こうかな」
天候に恵まれていた昨今。レイアは本来の仕事に燃えていた。そこに血相を変えた女先輩リラがやってきた。
「大変なのよ!」
「またですか」
「あなたね。そんな目で私を見ないでよ」
庭師のリラ、興奮しながら話した。
「王子の羊が行方不明なのよ」
「王子の羊?」
ここゴットランドは羊が名産。しかし、王子の羊という言葉、レイア、固まった。
「それは。ペットとかですか」
レイアの質問。リラ、腰に手を当てた。
「王子がそんなのをペットにするわけないでしょう!っていうか。羊をペットにする人なんかいるの?」
「世の中は計り知れませんからね」
「あなたと話をしていると、頭が変になるわ!」
立腹で髪をかきむしるリラ。ここでニッセ庭長、まあまあと宥めた。
「レイアよ。我が国のとっては羊は宝じゃ。そこで王室では占いにて、王子用の羊を選び、特別に飼っておるのだ。その羊の毛は王家の人が使用するのだ」
「なるほど。では食用にはしないんですね」
「あなたね!王子の羊なんか食べたら牢屋行き、あ?そうか、あなたは一度牢屋に入ってたものね。怖くない、か」
ここで嫌味を言ったリラ。この上もないほどの笑顔を讃えた。レイア、素直にうなづいた。
「確かに。一度入ったので。入るのはそんなに怖くないです」
「まあ?」
懲りてないレイア。真顔を向けた。
「何事も経験ですからね。リラ先輩も一度入ればわかりますよ」
「失礼ね!どうして私が入らないといけないの」
「え?興味がありそうだったから」
「その辺でよしなさい!リラよ。レイアには何を言っても無駄なんじゃ!もう、覚えておくれ」
娘達の話。ここでニッセ、内容を尋ねた。
「あ?そうだった。その羊が行方不明なんです。兵士が必死に探しいます」
「そうか。では、発見次第、報告せんとな」
こうして報告が済んだ庭。レイアは構わず肥料を撒いていた。
「王子様のひつじ、ひつじ、ひつじ……王子様のひつじ、消えちゃった、か」
そんな歌を歌っていたレイア、そのそばに妖精がピョコと飛び出した。
「レイア!」
「ブーセン。ご機嫌いかがか?」
「ねえ。王宮で騒いでいるのはなあに」
不思議そうなブーセン。レイアは面倒くさそうに話した。
「王子の羊がどうこう言っていたわね」
自分には関係ないと思っているレイア。仕事に向かっていた。
「僕、羊の場所知ってるよ」
「別に。私に言わなくても良いわよ」
「え。知りたくないの?」
うんとレイアはうなづいた。
「それは羊係の人に仕事だし。それに、その話を聞いたら。私が探しに行く流れになるもの」
「そうかもね」
「ただでさえ。庭師の仕事ができていないのに。羊のことまで首を突っ込んでしまったら。私、大臣に追い出されるわ」
「ダメ?レイア。どこにも行かないで……」
可愛いブーセン。レイアの胸に抱きついた。レイア、優しく抱きしめた。
「やだよ。レイア!僕とここにいて」
「まあ?ブーセン、どうしたの」
子供のような妖精。レイア、よしよしと頭を撫でた。
「僕、僕、絶対羊のことは誰にも言わない……それならレイアも平気だよね」
「……そうね。私は知らない方がいいわ」
「わかった!じゃ、僕も仕事を手伝うよ」
こうしてブーセンはレイアの仕事を手伝ってくれた。二人は夕暮れまで畑にて仕事をした。そして夜。レイアは食堂で残りものを食べていた。
「ねえ?聞いた?王子の羊のこと」
「ええ。例の『アーモンドアイ』でしょう?」
……アーモンドアイ……それは羊の名前なのね。
他の人も関心のある話のようす。しかしレイアは無視して自室に入った。そして気分良く眠った。
◇◇◇
夜。地下牢屋。
「うわああああ。だせーだせぇ」
「おい。鎮まれ。それにな。大臣の許可がないと、そこからは出られないのはわかっているだろうが」
牢番の諭す声。魔女は牢屋の中で首を横に振った。
「わしが言っているのはお前の服装じゃ。ダサいと思っての」
「お前に明日、鏡を持ってきてやろう。自分の姿を見ると良い」
「ブハハ!美しさで目が潰れるわ!」
笑顔の魔女、呆れる牢番、そこに足音がした。
「何事じゃ騒がしい」
「あ。大臣様」
牢番は頭を下げると、大臣は密かに尋ねた。
「魔女に聞きたいことがあるが、どうしたもんかな」
「あの魔女は大変な自惚れ屋です。美人だ、賢いと褒めてちぎれば木でも登りますし、空も飛ぶでしょう」
「よし、それで行こう」
大臣。牢屋の前に立った。
「町一番の叡智みなぎる、大魔女アプリコットよ」
「そこは美魔女と呼ばれたい」
「わかった。美魔女よ」
大臣、魔女の口臭がきついのを我慢した。
「頼みがある。王子の羊がいなくなったのだ。お前の力で探してくれまいか」
「王子の羊……今のは確か。アーモンドアイ、珍しくアーモンド色の羊だね」
「そうだ」
「さすが!よ!美魔女」
牢番の煽て。魔女、微笑んだ。牢屋の番人、書き留めておいたメモを読んだ。
「ええと、お前はすごい。美しい。知恵があって。心優しい」
日頃、魔女の世話をしている牢番の声。魔女、うっとりした。
「いやいや。もっとすごいから。して?探せばここから出してくれるんだろうね」
「ああ。もちろんだが、王子の手前、発見できぬと出せないな」
「まあそうかもな」
魔女、顎に手を当てた。
「レイアに聞くが良い。ブーセンを使って探し出すであろう」
「ブーセン?あれは人形だぞ」
レイアがブーセンが見えることを知らない大臣。びっくりした顔をした。
「知らなかったのかい。レイアは妖精の力を使えるんだよ」
「くそ。あの村娘め。早速、捕らえて審議致す」
大臣はそういうとマントを翻し牢屋を出て行った。地下牢はしんとなった。
「おーい。誰か」
「大臣は帰ったぞ。魔女よ。今の話は本当なのか?」
牢番の声。魔女、いひひと笑った。
「ああ」
「お前、羊の居場所を知っているのではないか」
「さあな?さて、寝るか。今夜は涼しいの」
意味深な魔女。暗い牢屋で眠った。
◇◇◇
翌朝、レイア、大臣に呼ばれた。
「貴様。ブーセンを用いて。魔法が使えるらしいな」
「いいえ。私は魔法は使えません」
……この人、何を言ってるのだろう。
勘違いしている様子の大臣。話を続けた。
「王子の羊が行方不明なのだ。お前、探し出せ」
「え、私の仕事は庭師」
「うるさい!つべこべいうな!」
「ううう」
……また庭師以外の仕事なの?もう、仕事が全然進まない。
この間、大臣の横に立っていたガルマはすまなそうな顔。その顔を冷たく見ながらレイア、頭を下げて退室した。
立腹の彼女が王宮の廊下を歩いているとガルマ、追いかけてきた。
「待て!羊飼いのレイア:カサブランカ」
「それ。違いますので」
冷たい声。たちどまらないレイア、ガルマ、前に立ち塞がった。
「待てと申すのに」
「私は庭師なんです!」
「すまない!お前には王妃の件で世話になってくれているのに」
ガルマは感謝しているが。大臣は部外者であるレイアの活躍を面白くない。しかも大臣はまだ、王妃の所業をどこか信じていないとガルマは話した。
「王子が説得しておるがな」
「あのですね。私が言っているのは今のガルマ隊長の態度です」
「え」
「大臣の横にいるだけで、私を庇ってくれないなんて。心底見損ないました」
「見損なった?」
「失礼」
レイア。長い髪を揺らし、彼を置き去りにして廊下を去った。そして。庭師の管理室で、ニッセとリラがいる中でブーセンを呼んだ。
「わーい?おやつかな」
「これをどうぞ。あのね。ブーセン。この前の王子の羊なんだけど」
「うん。僕、誰にも話してないよ」
おやつのクッキーを頬張る姿。ぐちゃぐちゃに食べる妖精。リラは引いていた。
「あのね。今度は私が探す番になったの。探さないと私は牢屋行きなのよ」
「牢屋は楽しかったじゃん?僕も一緒に行くよ?」
優しい目のブーセン。レイアも優しく見つめた。
「ええ、そうね。一緒なら何処でも楽しいけどね。羊さんもきっと一人で寂しいはずなのよ」
「一人は寂しい」
「そう」
クッキーを食べ散らかしたブーセン。スッとテーブルに立った。ニッセとリラ祈るように妖精を見つめた。
「そうか。あいつも寂しいよな。わかった。居場所はね、城の外だよ」
「城の外?」
「意外じゃな」
リラとニッセの真顔。レイア、ブーセンにミルクを勧めた。
「ねえ。ブーセン。それって何処なの」
ブーセン。じっと目を瞑った。
「……男が連れ出したんだ。あの、金庫の男だよ」
「あの盗みの会計係か。これは逆恨みか」
「私。兵に言って首にした会計係が何処にいるか聞いてきます」
「リラ先輩、それはガルマ隊長に伝えてください。ところでブーセン。その羊の場所まで私を魔法で飛ばせないかしら?」
「……近くまでならね。でも、遠すぎなんだ」
「じゃ、できるだけでお願いよ」
こうしてレイア。事情をリラからガルマに話してもらいブーセンの魔法で羊のそばまで飛ばしてもらうことになった。
◇◇◇
「ここだよ」
「確かに、城から遠いわね」
城を抜けて町を抜けて、静かな田舎道を進むとその先には砂漠がある。その砂漠の向こうがレイアの出身地。彼女はかつて知ったる道だった。
「これ、渡す」
「石?」
「うん。魔法の石だよ。王子の羊は砂漠にいるんだ。そしてもうすぐ日没。でも、王子の羊はレイアには光って見えるはずだよ」
「この石のおかげね」
熱帯の砂漠。しかし夜には涼しい。慣れた旅人は星を読んで夜移動しているこの砂漠。レイアも夜になりロバに乗った。
このロバはいつも薬草の移動で借りたりするロバ。ブーセンは城に戻り、彼女は一人、月の砂漠を進んでいた。
……どうして砂漠なんかいるんだろう。
やがて。オアシスに着いた。夜であったが旅人が馬に水を飲ませていた。彼女は彼らに尋ねた。
「この辺りで羊を見ませんでしたか?」
「羊?そういえば、動物の足跡を見たな」
「向こうに続いていたぞ」
「ありがとうございます」
やがて。足跡を発見したレイア。月明かりを進んだ。すると、旅人のテントを発見した。そのテント、やけに光っていた。
……足跡もここだわ。きっとこの中にいるのかも。
レイア。ロバを置き、そっとテントを探った。
「あーあ。疲れた」
「でも王子の羊だそ?借金の代わりだ。これなら儲けが大きいな」
柄の悪そうな男たちの話。レイアはまだ聞いていた。これによると、城にいた会計係は金に困り、王子の羊を盗み出し、売ったと判明した。
……でも、どうやって取り返そうかな。光っているし。
もうすぐ夜明け。彼らは少し寝る様子。レイア、いびきを聞いてからテントに侵入した。
……あ?いた。こっちに、こっちにおいで。
餌をちらつかせたレイア。羊、トコトコやってきた。大きかった。
朝日が差し込む中、羊の光は薄れた。ここで羊を抱えたレイア、持参した粉をかけて羊の色を真っ白にして仮装した。そして素早く城へと引き返していた。
しかし、すぐに彼らは戻ってきた。
「おい、娘。それは俺たちの羊じゃないか。返せ」
「いいえ。これは羊じゃありません。私の犬です」
「犬?」
……無理だったか。
この誤魔化し。やはり無理だったか。レイアは怒っている男たちにどうしようかと頭をかいた。
「犬か?可愛いな」
「おう。珍しいぞ」
……やった!いけるかも?
もうすぐ進めばブーセンが迎えに来れる場所。レイアはそこまで進みたかった。
「娘、俺たちにそれをよこせ」
「死にたくなければいう通りにしろ」
三人の男たち。馬に乗っていた。レイア、ここでポケットから薬草を出した。
「おい、早く……なんだ?」
「おい。馬が勝手に?」
レイアが出したのは馬の嫌いな匂い。これをかいだ馬は、主人を乗せてレイアから逃げてしまった。
「やった!よかったわね。アーモンドアイ」
「めえええええ」
レイアのロバも逃げてしまったが、これは仕方ない。しかももうすぐ砂漠は終わる。この砂丘をなれているレイア、羊をつれて城に向かっていた。
すると。城の方から砂埃が見えてきた。
……うわ?盗賊かな。これは隠れないと!
大集団。武装した騎馬軍団。レイア、砂漠の窪みに隠れていた。
彼らは砂漠の道を進んでいたが、レイア、ハッとした。
「あれは。もしかして。ルカさんじゃ」
白馬の王子。砂漠のため白いマント。しかし、馬上の逞しさ。キビキビした統率力。レイアにはルカに思えた。そしてその脇のガルマも見えた。確かに彼らだった。
……よかった。助けてもらおう。
羊を抱いたレイア。手を振った。しかし、予想だにしないことが起こった。
……まずい?そっちは流砂だわ!
危険な砂漠の落とし穴、それは底なし。落ちたら死ぬしかない。彼らは知らないのか。そこに進もうとしていたレイア、必死に彼らに叫んだ。
「だめよ!そっちは」
……だめだ。間に合わない。
レイアが走ってやってきた時、すでにルカが馬ごと砂に埋もれそうになっていた。
「ルカさん!」
「レイアか?お前は無事だったのか」
「話をしないで!誰か。ロープを、早く、ルカさんを!」
他の部下も少しづつ埋もれている状況。レイア、ガルマにロープを持ってこさせた。
「でも、短いです」
「使えないわね!そうだ。私の、この腰のリボンで」
スカートを押さえていた腰のリボン。これをロープに結び長さを出したレイア。これをルカに捕まらせた。
「みんなで引いて!それ」
「皆のもの。落ちるでないぞ」
こうしてルカ達一行、流砂から脱出できた。
「はあはあ」
「ルカ殿下。馬が三頭、沈みましたが、部下は大丈夫です」
「みなさん。ここはまだ危険です。あちらのオアシスまで移動してください」
砂漠に詳しいレイア。ガルマに指示をした。ルカの周りには部下がいる。レイアは相変わらず羊を抱えて移動した。
そして。オアシスにテントを設営したルカ。ここにレイアを呼んだ。
「おい。お前、どういうことかわかっているか」
「……怒ってますか」
「ああ?怒っているよ。なぜ一人で砂漠に行ったんだ!」
テントの中、ウロウロ歩くルカ。レイア、優しく羊を撫でた。
「だって。大臣に探しに行けって」
「だったらそれを俺に相談してから行け!なんでも一人でやろうとするな!」
これを横目で見ていたガルマ。恐縮しながら口を開いた。
「砂漠の女王レイア:カサブランカよ。ルカ殿下はご心配で兵を出されたのだ」
「ふん!どうせ俺は頼りにならない王子だよ」
「まあ」
すると。羊がそそそとルカのそばに向かった。
「なんだよ」
「……会えたので、嬉しい見たいです。どうぞ、餌をあげてください」
レイアのいう通り。ルカは草を与えた。羊はこれを食べた。
「よかったですね」
「何がよかっただ。全く。心配をかけさせて」
……本当に心配してくれたみたいだわ。
幼い頃から。レイアを心配してくれる人などマイルしかいなかった。それが当たり前で寂しいと思ったことはないはずの彼女。この怒っているルカを見つめた。
「ん。なぜ泣いている」
「あれ?どうしてだろう」
胸がジンとして。熱い涙が溢れていた。レイア、これを拭った。
「とにかく。勝手な真似をしてごめんなさい」
「レイア」
彼はそっと抱きしめた。
「僕は怒ってないよ?ただ、心配しただけ」
「ユリウス王子ですか?すいませんでした」
「ルカはもっと心配してたんだ」
王子はスッと体から離れた。
「でも。君に助けられて、今は恥ずかしいってさ」
「そんなことありません。でも羊が見つかったよかったですね」
「ああ」
笑顔のレイア。服はぼろぼろで髪は砂だらけ。でも心から良かったと言っていた。
……いいのかい、ルカ。僕のままで。
……ふん。
……僕のものにしちゃうけど。
……代われ!今すぐ!
そして彼はまたレイアを抱きしめた。その力、強かった。
「ルカさん?」
「……頼むからさ。勝手に遠くに行くなよ」
甘えるような声。レイア、これに抗えない。
「はい」
「今度黙って城を出たら。お前を幽閉する。一生、俺のベッドに縛り付けて置くからな!」
「それは?困ります」
「約束だ。良いな?」
頬に優しくキスをしたルカ。そして踵を返した。
「おい!ガルマ。ガルマは何処に」
「は、はい。ここに」
「撤収だ!羊はお前が持て!レイアは俺の馬で帰るぞ」
男らしい統率。レイア、凛々しい姿に見惚れていた。
「なんだ?惚れたか?」
「ご冗談を」
「そうだったな。もう惚れているんだもんな?今更だったな」
「まああ」
呆れるほどの自信。しかし、彼の馬に乗った。彼の胸の中、ちょこんと乗ったレイア。彼は抱きしめるように手綱を掴んだ。
「出発だ!城に帰還せよ!」
雄々しいルカ。彼の胸の中のレイア。この胸の鼓動の意味を、まだ知らずにいた。砂漠の夕暮れ。日が沈む砂丘。レイアの心が騒がしかった。
完
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