584人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
四 悪魔の予言
「はあ。ただいまです」
「お。無事に帰ったか、すまない。仕事中で」
庭師の部屋。レイアを待っていたはずのニッセ。食べていたアップルパイを慌てて隠した。そこにブーセンが現れた。
「レイア!どうして僕を呼んでくれなかったの……」
悲しげに抱きついてきたブーセン。レイア、申し訳なさそうに頭を撫でた。
「ごめんね。ルカさんが呼ぶなっていうもので」
「レイアは僕とあいつのどっちが好きなの?」
「まあ、ブーセンに決まっているでしょう?」
「これこれ!それよりも羊はどうしたんじゃ」
羊を盗んだのは城を追い出された会計係。そして羊は無事に王子の元に戻ったとレイアは報告した。
「羊は無事でしたし。会計係さんには兵を向かわせると言っていました」
「それは心強いの。さあ。レイアは休みなさい。疲れただろう」
「はい」
砂漠を行き来したレイア。疲れていた。そしてベッドに倒れ込んだ。
……でもよかった。頼まれた仕事は達成できたし。
まどろむ中。思い出すのはルカの顔。それは怒った顔だった。
……どうしていつも、怒っているのかな。皺だらけになっちゃうよ?ふふふ……
彼の顔を思い出しながら。レイアはベッドで休んだ。
◇◇◇
王子の間。
「ルカ殿下。お召し替えを」
「爺。それはあとだ。それよりも羊は今度、しっかり管理するように伝えろ」
「はい」
「それに。王妃とアンはいかがした」
「はい。王妃様はですね」
王子と娘に毒を盛っていた王妃。自分のしたことにショックを受けて寝込んでいた。
「王宮医師の見立てで。祈り草のお茶を飲み精神的に安定しております」
「祈り草とは、皮肉なものだな」
王妃が否定していた薬草。これで彼女は回復している事実、ルカは悲しく笑った。
「……今はお部屋にて。刺繍をしておいでです。それに王妃様はこの国に来るまで絵が好きだったようで。医師の勧めで最近は絵を描いておいでです」
「気分転換で良いのではないか。そして、アンは?」
爺はお茶を出した。このカップはルカ専用だった。
「アン様は。お花が好きだとおっしゃいまして。今はお部屋に飾る花を、ご自分で庭で取ってくるようになりました」
「庭か。あんなに庭師の仕事をけなしておったのに」
ここで爺。ため息をついた。
「……ところでルカ殿下。ユリウス様はお元気ですか」
「ああ?元気だぞ」
「私がいる時は、ほとんど貴方様ですので。爺は心配しております」
……お、やっと気がついたか。
爺を避けているユリウス。ルカは理由は言わなかった。
「本来はユリウス様に申し上げたいのですが、会えませんので。ルカ殿下に言伝をお願いしたく」
「なんだ、それは」
「隣国の姫と、婚約のことです」
「その件か」
ユリウスから聞いていたルカ。わかったと爺やを納得させ部屋から追い出した。彼はベッドに横になり目を伏せた。
……婚約だとさ、ユリウス。
……わかっているよ。
……こればかりは、お前がやれよ。俺は知らないからな。
……でも。レイアはどうするの?ルカはレイアが好きなんでしょう。
ルカ、深呼吸をした。
……この体はお前のものだ。俺のことは気にするな。
……でも。
……とにかく。俺、しばらく休むわ?
一つの体、二つの心。これらの葛藤。この日以来、ルカは心の奥に引っ込み出てこなくなった。
◇◇◇
そして後日。レイアは庭仕事をしていると兵士たちの噂を聞いた。
「俺も見た」
「ああ。女の幽霊だったな」
……え。怖い。
この王宮は古い。村で育ったレイアにはちょっと怖かった。この噂、リラなら詳しいと思ったレイア、昼食の時に尋ねた。
「リラ先輩。夜に幽霊が出るそうですね」
「あら?よく知っているわね」
彼女はドヤ顔で答えた。
「真っ白い顔でね。夜の廊下を歩いているそうよ、そして、歌を歌っているそうよ」
「怖いですね」
「あら?貴方も怖いものがあるのね」
嬉しそうなリラ。ここでレイア、真顔を向いた。
「リラ先輩にはないんですか」
「失礼ね!あるに決まってるでしょう」
「これこれ!そんなに大きな声を出さないように。二人とも仕事だよ」
ニッセに促された二人。仕事に戻った。その夜。大人しく眠ったレイアであったが、翌朝、リラを見てびっくりした。
「どうしたんですか」
「何がよ」
「目の下のクマで、顔が悪いですよ」
「それをいうなら顔色が悪いでしょ!」
それにしてもあまりにも病的すぎのリラ。見かねたニッセ。リラを昼寝させた。
「ふう、どういうことなんじゃろうな」
「……ミスコンの時のように。ダイエットとかしてるんですかね」
この話の最中、ドアが開いた。リラがいた。
「おや。もう起きたのかね」
「……その腕は血に塗れ、その足は地獄の炎で燃える……」
「リラ先輩?」
様子がおかしいリラ。レイアが見るとその目は座っていた。
「愚かな人間どもよ……地が揺れ、天からは灰が降る……花は枯れ、水は汚れ………ははは、死ぬのだ。皆、死ぬのだ!」
「リラ君、しっかりしたまえ」
「はははは!死ぬのだ?、みんな、焼かれて、ギャハハハハ」
まるで発狂したかのようなリラ。レイア、じっと見つめていた。
「ニッセ庭長。何かに乗り移られています」
「なんじゃ?化け物か」
「とにかく。眠らせます。ごめん!」
レイア。リラの腹部をパンチした。リラ、痛みで気絶した。そして。枕元に薬草を焚き、彼女を寝かせた。
「どういうことだ」
「……まるで悪魔の予言でしたね」
リラの言葉とは思えない。レイアはブーセンを呼んだ。
「ブーセン?どこにいるの」
「出てこぬな。これは何かあるのやも知れぬ」
ニッセ庭長。ガルマに伝えると部屋を出て行った。レイアはリラの世話をしていた。
……おかしい……何か、引っかかるわ。
それが何か説明できない。しかし、レイアには悪い予感がしていた。この時、レイア、王子に呼ばれた。
◇◇◇
「レイア。よくきてくれたね」
「王子。ご機嫌いかがですか」
王宮の間。ユリウスは不思議な出来事を説明した。
「アン姫も同じ様子なんだ。おなしなことを口走っている」
「リラ先輩もおかしいし、それにブーセンが出てこないんですよ」
話を聞いていたガルマ。古い文献を取り出した。
「実はですね。この城の記録に、同じような話がございます」
「読め!早く」
「は!それは長雨の夏の頃。アリストテレス王の統治の出来事で」
「待て」
必死に早口で読み上げるガルマ。ユリウス、止めた。
「僕が言っているのは早口という意味ではない。良いから。普通に読め」
「はい。そして、ある夜、第一王女が悪夢を見るようになり」
ガルマの読み上げた文献。そこには同じような出来事が記されていた。
「その後。火山が噴火したとのことです」
「まさか?」
「……そうかも知れません。現にブーセンが出てこないのは、逃げた可能性がありますね」
シーンとなった王座。ここでガルマが話を続けた。
「あ、ここに記述があります。この時、王子が祈祷をし、火山の溶岩を我が国から遠ざけたとあります」
「え。僕がやるの」
またもやシーンとなった王座。レイア、立ち上がった。
「あの。私は帰っていいですか」
「庭師のレイア。もしかして、貴様だけ、逃げるつもりではないか」
「……いや、その」
……バレた?だって。私は王宮の人ではないし?
この時。王子、すっとレイアを見下ろした。
「わかった。これから僕はその祈祷を行う!でもレイア、君にも付き合ってもらうよ」
「え。大臣さん、それっておかしいですよね?私、部外者ですし」
何故か沈黙の大臣。レイア、焦っていると王子がむくれた。
「だってさ?僕にできっこないでしょう?それに、ルカも出てくれないし」
「でも私は庭師ですよ?」
ユリウス。じっとガルマを見た。
「清き娘レイア:カサブランカ。溶岩がくれば皆死ぬ。諦めて命令に従え」
「でも、でも私は庭師ですよ」
「僕だってただの王子だよ!僕とルカを見殺しにする気なの?」
……う。流石にそこまで言われたら。
うるうる涙目の王子。レイア、こうして何故か祈祷に付き合う羽目になった。
つづく
最初のコメントを投稿しよう!