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一 金になる庭
「嘘?そんなにいただけるんですか?」
「ああ。噂ではな」
ゴットランド国の朝の定期市場。銀の食器やアクセサリーが並ぶテント。賑やかな商店街。買い物客が行き交う中。ローブをまとった娘は長い前髪の間から真剣な目で老魔女を見つめた。
「私。やります」
「無理だって……お前さんには」
森奥に住む娘レイア。今朝も自分が栽培した薬草を売りに町まで来ていた。取引する老魔女の話に目を輝かせたレイア。そんなマントで身を隠すレイアから薬草を受け取った老魔女。面倒そうに話した。
「いいかい?あの王宮の大庭園の格式高い庭師だぞ……この仕事はお前さんには到底無理さ?田舎娘のお前なんか、逆立ちしたって無理。考えるだけ恥ずかしいよ」
あまりにもひどい言いよう。しかしレイアは聞いていなかった。
「でもそのお仕事って、庭に薬草を植えるだけですよね?きっと私でもできます」
レイアにとっては簡単な事。しかもその給与は高額。レイアは興奮していたが、魔女はレイアが持ってきた薬草を確認していた。
綺麗なものは銀の皿。丈が短いものは籐カゴに入れていた。今回は銀の皿に乗る薬草が多かった。
「無理じゃ無理無理。やめとけ、やめとけ。絶対無理。お前にはできっこない」
「どうしてですか?私、薬草を植えるのは得意です」
胸に手を当てるレイア。こんな彼女に魔女はし!と指を立てた。
「静かにおし。全くお前は可愛い顔のくせに頑固でしょうがないね……」
イライラ顔の魔女。しかし、パッといいことを思い出した。
「そうじゃ!やっぱりお前には無理じゃ!だって、難しい試験があるからの」
「試験?そう言うのはちょっと」
悲しく俯くレイア。魔女は黒い笑みを見せた。しかしレイアは諦めない。
「でも、薬草に関する事ならきっと大丈夫です!私、それなら答えられます」
「……しつこいね。そう、それに!あの王宮には恐ろしい魔物が住んでおる噂じゃよ」
彼女を怖がらせようと魔女は不気味に笑った。しかし、レイアは感じていなかった。
「平気です私。だって今の森に熊とか狼とか。泥棒なんかも来るんですもの。私、その手には慣れてますから」
「慣れてるって?お前、それは化け物かもしれないんだよ」
驚く魔女。レイアの方こそ目を見開いた。
「え?あなただって十分化け物ですよ?百歳はとっくに超えたって」
「だ、黙れ!さっきからお前の声が大きいんだよ!」
真っ赤になって怒る魔女。レイアは不思議顔だった。皺だらけの魔女は森娘に振り回されて肩で息をしていた。
「はあ、はあ。お前という奴は」
「そうか!だからお手当てが良いんですね。なるほど」
「話も聞かないし」
冷たい態度の魔女。ここでレイアは魔女のシワシワの細い手を握り、思いを込めた。
「魔女さん」
「な、何じゃ?」
マントを被ったレイアはじっと長い前髪の間から魔女を見つめた。その美しい瞳。魔女はどきんとした。
「私を心配して下さるのはとても嬉しいのですが。お願いです。ぜひその化け物!じゃなかった?!庭師のお仕事を紹介してください。お願いです、お願い……」
必死の覚悟。真面目なレイアは魔女の手をぎゅうううと握った。魔女はうわあ!と悲鳴を上げた。
「ひい!?手が壊れる?は、離せ!」
「お願い……この通り」
必死の願いを込めた力。魔女の手はぼきぼきと嫌な音がした。
「わかったから!離せ!?お前の言う通りにするから!」
「本当ですか?やったわ」
願いが叶ったレイアの笑顔。その笑顔を魔女は傷めた手をさすりながら見ていた。
……面倒なことを言い出したものよ。
薬草売りの魔女。レイアは貴重な薬草を売りに来る収入源。いなくなったら困る魔女のアプリコット。懐から羊皮紙を取り出した。
「あの。それは?」
「お前が書けと言ったではないか?これは紹介状じゃ。全く」
魔女は近くに咲いていた薔薇の枝を折った。その枝先を擦るとインクが滲んだ。魔女はこれですらすらと書き始めた。
「お前さんには世話になっとるのでな。ここに城の者がお前を雇いたくなるようなことを書いたぞよ」
「まあ?私をそんなに褒め称えてくださったんですか」
目をキラキラとさせるレイア。老眼の魔女は目をしかめて必死に書いた。
「嬉しいです。見てもいいですか?どれどれ」
羊皮紙を覗き込むレイア。魔女は血相を変えた。
「うわああ。やめろ!」
魔女は慌ててそれを背に隠した。
「止せ?勝手に開けるな」
「何をそんなに驚くんですか」
不思議顔のレイア。魔女は羊皮紙をものすごい速さでクルクルッと巻いた。
「これは決して開けてならぬ」
「どうしてですか?」
素直な娘。魔女は歯のない口で微笑んでみせた。
「紹介状とはそういうもの。お前は自分で読んで書き直すような卑怯な娘と思われても良いのか」
「すっごく嫌です!」
「だから。ここで……封印じゃ」
魔女は薔薇の花びらを羊皮紙の丸め口に貼った。そして魔法の吐息で羊皮紙を封じた。レイアはそれをじっとみていた。
「うまいもんですね」
「私は魔女だぞ?できなくてどうする。して、これ。今回の代金じゃ」
「え?これだけですか?」
レイアが持ってきた薬草の祈草。魔女はその代金として銅貨をくれた。しかしレイアは不満そうだった。
「何じゃその顔は。『ありがとうございました』くらい言わんか」
「計算間違いでは」
「うるさい!私は紹介状を書いてやったんだぞ。その手間賃じゃ」
腰に手をやる魔女。レイアは仕方ないと肩を落とした。
「……わかりました」
レイアは渋々代金を受け取った。
……読むなと言うから開かないけれど。何やらたくさん書いてくれたし。あの魔女さん。本当はいい人だったのね。
魔女が羊皮紙に書いてくれた紹介状。レイアは大切に胸に抱き市場を後にし、森奥へと帰っていった。
◇◇◇
夕刻の森奥の木の家。彼女の馬のいななきを聞き彼はドアを開けてくれた。
「姉さん!お帰りなさい」
「ただいまマイル!姉さん仕事を見つけてきたわよ」
「姉さん。無理しなくていいのに」
マイルはレイアにとって可愛い異父弟。亜麻色の髪の優しい少年は彼女にとって唯一の家族。まだ少年の彼は先日、貴族の御一行の狐狩りの際、ガイドを務めたが、その時、突然クマが現れた。
弱虫の家来が逃げ惑う中、マイルだけは貴族がクマを倒すのを手伝った。これに感激した貴族はマイルを士官学校に推薦してくれたのだった。
エリートコースの士官学校。弟はこれに入学する。その資金に困っていたレイアは疲れた体で、椅子に座った。
レイアの母は若い頃。この森にて薬草を育てて暮らしていたが、王宮に新たに庭を作る際、手伝いのため出向いたことがある。その時、若く美しかった母は王家の人と恋に落ち、レイアを身籠った。
しかし、結婚を許されるはずもなく、母は妊娠を隠したまま王宮を去りむらに戻った。その後、母親は全てを承知していた幼馴染と結婚し、弟のマイルも生まれた。そんな両親は事故で亡くなってしまった。
残されたレイアとマイル。森奥にて祖母と薬草を栽培して暮らしていたが、今は二人だけだった。
「僕、やっぱり士官学校には行かない。姉さんとずっとここにいる」
「バカね?何を言い出すの。聞いてちょうだい。新しい仕事は庭仕事なのよ」
心配する弟がくれたお茶。レイアは笑みで受け取った。
「王宮の庭の手入れですって。お庭に薬草を植える仕事らしいわ」
「でも、姉さん、僕のために」
「マイル。おいで」
十八歳のレイア。まだ十二歳の弟を抱きしめた。細い身の少年。優しい弟は草の匂いがした。
「今回の仕事。姉さんは楽しみなのよ。お前も士官学校で辛いことがあるかもしれないけど、一緒に頑張ろうよ、ね?」
「姉さんは、その仕事楽しみなの?」
……そうか。私がお金を作るために嫌な思いをすると思っているのね。
レイアは不安そうな弟にそっと頬を当てた。
「うん!楽しみよ。何をするのかわからないってワクワクするわ」
励ますレイア。マイルはそんな姉の胸によりそっていた。
「それにねマイル。その庭ってひどい荒れ地なんですって。何も育たないから庭師が逃げ出すそうよ」
「姉さんも大変じゃないの」
弟の優しい声。レイアはさらに抱きしめた。
「そうかしら?仕事が長引くほど長く雇って貰えると思わない?」
「ふふふ。姉さんならなんでもできそうだね」
弟は優しく頬にキスをしてくれた。
「でも姉さん。本当に嫌なら辞めて良いから」
「マイル」
弟は姉をじっと見つめた。
「僕。姉さんに幸せになってもらいたいんだ。だから僕のために無理して欲しくない」
「まあ?姉さんはもう幸せよ。お前がいるもの」
レイアも弟の頬にキスをした。マイルはニコと微笑んだ。
「うん。僕も!」
マイルはすっと立ち上がった。
「さあ。姉さん。ご飯にしよう。今夜は二日目のシチューだから。僕、キノコ、足しちゃった」
「そんなに美味しくするなんて。お前は姉さんを太らせる気?ふふふ」
優しくて賢いマイル。それを見つめるレイア。仲良し姉弟は今宵も粗末であるが幸せが詰まった食事をした。
そして。レイアは庭師試験の日を迎えた。
◇◇◇
大きな月桂樹が見守る町の広場。太陽の元、美しく光る芝生。ここには庭師の試験を受けにきた者がたくさん集まっていた。
……うわ?男の人が多いけど。女の人もいるのね。
男性は体力があるような者が多くレイアも納得したが、女性といえばどこか華やかな服装だった。髪も綺麗に結びドレス姿の娘もたくさんいた。
……おかしいな。これは庭師の試験よね?
不安になったレイアはそばにいたドレスの女に声をかけた。
「あの。これは庭師の試験ですよね」
「そうだけど。あら、あなたは女性なのね。てっきり男かと思っていたわ」
彼女に笑われたレイアはベージュのウールマント。長い前髪で顔はよく見えない。日頃薬草を育てている農作業で鍛えてしまった体はがっしりしていた。
「ふふふ。あなたその格好で合格できると思っているの?」
「だって。服装は関係ないですよね」
不思議顔のレイア。ドレスの女はにっこり笑った。
「庭師はそうね?では、せいぜい頑張ってね?ほほほ」
意味不明な態度。この時、試験官の声がした。紹介状を持っている者は提出せよという言葉。レイアは最後に手渡した。
「私はレイア・カサブランカ。ウルル村から来ました」
「……紹介状を見せろ、これは……」
試験官は眉間に皺を寄せて読み上げた。
「『この娘は嘘付きで、怠け者です。雇えば必ずや城に不幸が訪れます』とあるぞ」
「え」
試験官の恐ろしい目。レイアはただ目をパチクリさせていた。
二話『庭師の試験』へつづく
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