580人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
五 穴男
「どういうことですか」
「お前。カッコつけないでさっさと言えよ」
「黙れ!ブーセン」
焚き火の前。長い足。膝をついた彼は小さくため息をついた。
「この城には王子に元気になってもらっては困る者がいるんだ。確かに家臣は治すために祈草を必死に集めているが、それはユリウスには使われておらぬ。全て揉み消されているんだ」
膝を抱えて話すルカ。淡々と話すがつい、そばの木の枝を手で折った。
「ひどいわ」
「ああ。だから、この庭に植えるというのも見せかけの子供騙し。植えたところであいつには使用されない」
「許せないです」
薬草を育てている身。炎に照らされた頬の彼の話。レイアは聞いていた。
「俺は訳あって城から出られないし。あまり自由が効かないのだ。だからせめて祈草を阻止しようとしただけさ。祈草が手に入らないとなれば犯人が戸惑うのでな」
「そう、でしたか」
ここでブーセンはぴょんと跳ね、闇に消えた。
「でも。あなた様は犯人を知っているんですか」
「……ああ」
「あなた様が告発して、捕まえれば良いかと思いますが」
「それができればそうしているさ。だがな。俺にはどうしても出来ないのだ」
足を投げ出し星を見上げたルカ。夜の風が二人に吹いた。
……なんて悲しい目。
そして炎を見つめるルカ。レイアは気の毒になった。しかし、王宮に来たばかりの自分。今の話も実は何が何だかさっぱりわかっていなかった。
ただ王子を助けたいと思うが、あまりに大きな話。レイアもどうして良いか不安になった。
「ところで娘。お前に聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「先ほどからなんだ『あなた様って』どうして俺の名前を呼ばないんだ」
「……だって。その。呼び名がないと」
様を付けるなと言われたレイア。結局呼び方に困っていた。なので『あなた様』で通していたが、とうとう彼にバレてしまった。ルカは笑った。
「はっはは。わかった。『ルカさん』でいい。そう呼べ」
「わかりました」
名称などなんでもいいレイア。気にしてない様子。ルカは面白そうに肩をすくめた。
「しかし。お前には悪いことをしたな。庭を汚して悪かった」
「はい。そうですね」
「ふ。お前は面白い奴だな」
彼は持っていた枝を火の中に入れた。
「まあ。これでバレたし。今後は邪魔をしないことにするさ。またお前の作った落とし穴に落ちたら嫌だし」
「すいません。私も悪党を捕まえようと必死でしたので」
「謝るな!俺が悪いのだ」
「いいえ、私です。穴を掘ったのは私ですもの」
「うるさい!俺が勝手に落ちたんだ」
怒るルカ。レイアも負けずに目を瞬かせた。
「いいえ。落ちても怪我をしないように藁でも置いておけばよかったんです」
「……あのな」
「ごめんなさい」
謝る娘。ルカは目を細めた。
……くそ。俺が悪いのに。
小娘をいじめているような体裁。ルカは息を吐いた。
「おい、それを飲ませろ」
「これ?飲むんですか」
「ああ。痛みが取れるんだろう」
「でも。すごく苦いですけど」
「構わぬ」
ルカはそう言って冷めた煮汁を飲み干した。レイアもこの量は多いと思っていたが、彼はそれを言う前に飲み干してしまった。
「ぐえ?苦い?!」
「だから言ったでしょう?苦いって、これ水です」
「ぶえええ」
苦そうな顔。これにレイアは微笑んだ。ルカの胸がドキとした。
……やっと笑った。ほっとしたぞ。
娘の安堵した顔。思わずルカも微笑んだ。
「全く。とんでもない娘だ……お?効いてきた、痛みが取れて、ん?体の力が入らぬ……」
寝そべっていくルカ。レイアは慌てて腕に抱いた。
「効き目がありすぎたかな?あの、ルカさん。ここで寝てはダメよ」
「……娘、レイア……」
自分を抱くレイア。柔らかい腕と頭に当たる胸。亜麻色の髪から見つめる至近距離の瞳は潤んでいた。ブラウンの瞳。白い肌、小ぶりの鼻、りんご色の唇。小さな顔は心配そうに自分を見つめていた。
……あれ?この娘。美人だ……。
「ねえ。ルカさん、ちょっと。もしもーし!」
レイアは非情に彼の頬を叩くが、ルカはすやすやと寝落ちした。ブーセンがピョコと現れた。
「レイア。寝ちゃったよ。こいつ、どうするの」
「まず置くわ。く?重い……」
レイアはまず地面に彼を寝かせた。そろそろ夜明けであった。
……このままでもいいけど。目覚めたら怒るだろうな。
レイア、思案した。
「ブーセン。ルカさんの屋敷を知ってるの?」
ブーセンはうなづいた。
「知ってるよ。この城の男だもの」
「魔法で送ってくれるかな」
「いいよ?それ!」
ブーセンが手を叩くとルカは消えた。
「ちゃんと送った!褒めて褒めて」
「お前はなんて優しいのでしょう?じゃあ、私も部屋に戻るね」
こうしてレイアは庭の妨害の意味を知った。
……ルカさん。なんか苦しそうだったな。
自室。月夜の窓辺。見上げるレイア。彼の痛みに歪む顔を思いくすと笑った。
◇◇◇
夜の間に仕事をしておいたレイア。翌朝、寝坊気味で庭に顔を出した。すると何やら庭が騒がしかった。
「おい、いたか?」
「ここにはいないようだな」
……なんだろう。怖い顔だし。
兵達が何かを探している物々しい様子。レイアは不思議に思いながら仕事をした。そして昼休みに管理室に顔を出した。
「あ。あなた、大変だったのよ」
「リラさん。今度は何をしたんですか」
「私は何もしてないって言ってるでしょ!」
「なんですか。大きな声で」
そこにやってきたニッセ。よいしょ、と椅子に座った。
「ああ、レイアは知らなかったんですね。今朝から王子が行方不明だったんですよ」
「王子が」
「まあ。あんたには関係ない話だけどね」
「そうですね」
腕を組み偉そうなリラ。レイアは感心した。
……リラさんって。そんなに王子が心配なんだ。すごい忠誠心だわ。
そんな考えをよそに説明を続けた。
「リラ君は気にしてましたものね。でもね、発見されたんです。お城の屋根の上にいたんですよ」
「屋根の上?」
……変わった王子様ね。
レイアの驚きを無視し、ニッセとリラは話し続けた。
「でも庭長。王子はどうしてそんなところにいたんですか」
「気分転換だったらしいですね」
……王子様って大変ね。それだけ気苦労が多いんだわ。
気の毒に思いながらもレイアは日誌に今日の植物の様子を書いた。
そしてニッセに断りを入れ、再び午後の庭に顔を出した。
草取りをしているとブーセンの声がした。
「レイア。遊ぼうよ」
「まあ、木の上なの?」
高い木の枝の上。足をぶらぶらさせていたブーセン。レイアは見上げた。
「昨夜はありがとうね。ルカさんをお部屋まで送ってくれて」
「う。うん」
「魔法を使って疲れたでしょう?これ、パンをあげるわ」
朝、残したパン。レイアはこれをブーセンに見せた。彼はぴょんと降りてきた。そして受け取るとギザギザの歯でむしゃむしゃと食べ出した。
基本、彼らは自由に食べ物は手に入る。しかし、この食べ物を分かち合うことでブーセンはレイアと絆を深めて行くようになるのだ。
妖精との付き合い方を知っているレイアであるが、今はただ、このブーセンが可愛らしいと思っていた。
「ブーセン。こっちにおいで」
「うん」
口の周りにパン屑を付けたままのブーセン。レイアの肩に降りた。彼女は優しくこれを拭き取った。
「お前はお利口さんね。残さず食べるんですもの」
「うん。僕、お利口さんだよ」
褒められて嬉しい妖精。レイアの頬のキスをした。
「ねえ、レイア。遊ぼう」
「ごめんなさいね。ルカさんの穴を埋めているのよ」
「あの男の?つまんない。僕行くね」
わがまま妖精。気ままに庭に消えていった。
……さて。とにかく穴を埋めようっと。
ルカ以外にも誰かが落ちるかもしれない穴。レイアは必死に土を入れて直していた。やがて日が落ち夕刻となった。
食堂。一人、夕食を食べ終えたレイア。廊下を通り自室に行こうとした時、誰かの話し声が聞こえてきた。
「馬鹿にしているの?こんなお金じゃ話にならないわ」
「そこをなんとか!頼むよ」
美人で若そうな召使いの女と太った中年男の様子。何やら揉めている。この廊下を通れないレイア。柱の影で隠れて待っていた。
「あなたね。贅沢をさせてやるからいうから。私はこの前出かけたのよ?でも何よ、このお金は。私はそんな安い女じゃないわ」
「待っておくれ。金ならすぐにできるから」
「本当でしょうね」
……金銭トラブルか。どうでも良いけど話が終わらないかな。
やがて二人は話しながら進んでいった。レイアはやっと廊下に顔を出した。
「おい」
「きゃああ?うう」
背後にいた男。右手でレイアの口を塞いだ。
「静まれ!騒ぐでない」
「むぐうう」
左手で抱きしめるように胸下を押さえる男性の力。抗えずレイアは落ち着いた。
「手を離すぞ?声を出すなよ」
ルカの顔。レイアはうんとうなづいた。やがて手が解かれた。
「誰か助け」
「おっと?」
裏切って声を出したレイア。しかし彼は再び抱きしめ口を押さえた。強い力。レイアは動けない。
「ははは!お前ならそうすると思ったぞ」
……く!動きを読まれるなんて。
レイアを捕まえ笑い終えたルカ。やがて真顔で彼女の耳に囁いた。
「良いか?レイア。実はな……」
「ふ、ふふふ」
耳元が弱いレイア。くすぐったくて身悶えた。
……やめて……くすぐったい。
これに気がついたルカ。ニヤッと笑った。
「ほう?お前は耳がダメか?よし。なあ、レイア……やっと会えたな」
わざと甘い吐息をかけるルカ。レイアは必死に抵抗した。
……お助け?やめてくれ……
身を捩って嫌がるレイア。ルカは面白がって続けた。
「お前。可愛いよ……俺が愛してやるよ」
悪ノリで首筋にキスをしたルカ。いらないと首を振るレイア。やがて涙まで出てきた。
……やりすぎたか。面白かったのに。
ここで彼は彼女を解いた。涙目のレイア。ルカを睨んだ。
「はあ、はあ。なぜこんなひどい拷問をするんですか」
キスの痕、首元を手で拭くレイア。ルカはむすとした。
「俺のキスを拷問って言うな!いいか、あの男は会計係なんだ」
「会計係。お金の計算ですか」
「ああ。最近、恋人の羽振りがいいんだ」
ルカは二人が消えた廊下の奥を見つめた。
「お前、あの二人をどう思う」
「どうって、それは王宮のお金の使い込みに決まってますよ」
「俺も思うんだが。証拠がないのだ」
ルカは長い足でウロウロと歩き出した。落ち着きない様子。
……足はまだ引きずっているみたい。
レイアは彼をじっと見ながら、考えを口にした。
「王宮の帳簿を照らし合わせばわかるんじゃないですか」
「それが数字は合うんだ。だが、実際はそうではないはずなんだ」
まだウロウロのルカ。レイアはそれを見たくないので窓の外を見た。
「ルカさん。うちの村で遭った本当の出来事ですけど。聞きます?」
レイアの何気ない声。ルカはキリッと目を向いた。
「言え!下らなければお前を斬るまでだ」
「私、帰ります」
「おい?待てよ!」
必死のルカ。レイアを夕日が差す庭に誘った。レイアは早く帰してほしくて話をした。
「毎年、うちの村ではお祭りがあるので、村人でお金を集めて貯めていたんです。でもその係の人って、みんなから集めたお金を金庫に入れる前に、盗ってたんです」
「そうか。それなら帳簿と合うな」
「はい。まあ最後はその盗んだお金をみんなで見つけたので、捕まえることができましたけど」
「ん?どうやって見つけたんだ。それを」
顎に手を当て思案する彼。レイアはスッと彼の背後を指した。
「……あ?流れ星だ?」
「ん?」
ルカによそ見をさせたレイア。その好きにダッシュして自室に駆け込んだ。足が痛むルカ。追いかけて来れないはずだった。
「はあ、はあ。疲れた」
レイアはやれやれでベッドに入った。
……あの時の罠。言えるわけないもんね。
当時の荒療治。これを言えないレイアはすやすやと眠った。
その翌朝。レイアのベッドにはブーセンがいた。
「やっと起きた?レイア、大変だよ」
「どうしたの、こんな朝から」
慌てるブーセン。寝ぼけて目を擦るレイア。それにかまわずこっちに来てと彼女の腕を引いた。
「どうしたっていうの」
「池にいたブーセンがあの男に捕まったんだ。レイアを連れてこいって」
「あの男って」
「穴男だよ」
ここまでするのか。とレイアは呆れながら着替えた。
「まあ、いいわよ。それで、どこにいるの?」
ブーセンは目を閉じた。
「……ブーセンが井戸に連れてくるから。僕らもそこに行こう」
そう言ってブーセンは手を叩いた。レイアは気がつくと王宮の井戸に来ていた。
……ここは王宮の奥。きっと王家の井戸ね。
白い石で組まれた清楚な小さな井戸。そこに彼は笑顔で立っていた。
「ようやく会えたな、レイア」
不敵な笑みを浮かべるルカ。腕にはブーセンを抱えていた。
「ルカさん。そのブーセンを離して」
「はいよ。ほらご苦労さん」
「レイア……怖かったよう」
ルカに捕まっていたブーセン。涙を貯めてレイアに抱きついた。
「おおよしよし。怖かったね」
レイアの胸にぎゅうと顔を埋めるブーセン。これにもう一匹のレイアを連れてきたブーセンはルカを睨んだ。
「穴男め。お前を許さないぞ」
「ははは。やれるものならやってみろ」
なぜか余裕のルカ。妖精を怖がらない様子。レイアは不思議だった。
「ねえ。ブーセン。どうしてあの人が怖いの?」
「あいつ……聖ヤットルドの石を持っているんだよ。だからだよ」
彼らの力を封じる国の太陽の女神。この神殿の石をルカは偉そうにネックレスの石にして見せてきた。これがあるとブーセンの魔法は効かない。
「どうだ。俺は無敵だ」
しかし。人質のブーセンはレイアの胸の中。戦う必要はなかった。
「帰ろう。ブーセン」
「おい待て?レイア、なあ。俺を助けろ!」
胸にブーセンを抱えるレイア。ルカに背を向けた。
「どうして私があなたを助けないといけないんですか」
「ほれ。俺の足。お前のせいだ」
「自分で落ちたって言った癖に」
しかし。また同じことの繰り返し。レイアは諦めた。
「私に何の御用ですか」
「昨夜の話の続きだ。会計係の不正を暴け」
「私がですか?」
……この人何なの……
だがこれ以上、付き纏われても面倒。レイアは困った。
「私。薬草を植える庭師ですけど」
「知ってるよ」
「そういう事件は。お城の人で問題解決するのが」
「やってもダメだったの!だからお前にこうして頼んでいるんじゃねえか」
とても頼んでいる姿勢ではない男。レイアは白い目で彼を見つけた。
「なんだよ、その軽蔑の眼差しは」
「嫌なんですけど」
「俺がここまで頼んでいるんだぞ?お前、いい加減にしろ」
この時、この場に近衛兵がやってきた。
「何を騒いで、あ。お前?ここで何をしておる」
近衛隊長のガルマ。レイアを見て驚きの顔をした。
「お前は庭師の試験で落ちたが、いつの間にか入ったレイア:カサブランカではないか」
「わ、私は」
「ルカ殿下まで?さあ、ここはお前の様な身分の娘が来る場所ではない。さあ、出ていけ!」
深くため息をついて芝生を歩き出した。ブーセンと一緒に仕事場へと戻って行った。
◇◇◇
「どこに行ってたのよ」
「すいません」
……ルカさんに捕まったとは言えないし。
「全く。サボるなんて。今の新人は恥知らずね」
ネチネチと言われる部屋。確かに朝から仕事をしてないレイア。叱られながらルカの顔が浮かんでいた。
……あいつのせいよ。
「ちょっと!聞いているの?」
「聞いてますよ!」
「何、逆ギレしてんのよ!いい加減にして」
怒ってしまったリラ。罰としてレイアに仕事を押し付けて部屋を出て行ってしまった。
結局のレイア。一人で庭の水まきをしていた。
「はあ。終わらない」
広い庭。これは罰なので誰も手伝ってくれない熱い昼。それでもレイアはひたすら水を汲み、庭に撒いていた。
……これでマイルが学校に通えるんだから。これでいいか。
元々のどかな村で土いじりをしていたレイア。たくさんの人に揉まれるよりは、こうして自然な仕事をして方が性に合っていた。
任された薬草庭。土の改良中である。汗を流す時間を楽しんだレイア。夕方までひたすら庭に水を撒いて夕食にした。
そして自室に戻ってきた夜。やっと一息入れていた。
……そうか。会計係さんの悪事を暴けば、ルカさんの相手をしなくて済むのか。
自分の仕事は薬草を植えること。これがなかなか進んでいないレイア。ルカの仕事をすると決めた。小部屋から見える星空。彼女の心を表すようにキラキラと輝いていた。
つづく
最初のコメントを投稿しよう!