五 穴男

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五 穴男

「どういうことですか」 「お前。カッコつけないでさっさと言えよ」 「黙れ!ブーセン」 焚き火の前。長い足。膝をついた彼は小さくため息をついた。 「この城には王子に元気になってもらっては困る者がいるんだ。確かに家臣は治すために祈草を必死に集めているが、それはユリウスには使われておらぬ。全て揉み消されているんだ」 膝を抱えて話すルカ。淡々と話すがつい、そばの木の枝を手で折った。 「ひどいわ」 「ああ。だから、この庭に植えるというのも見せかけの子供騙し。植えたところであいつには使用されない」 「許せないです」 薬草を育てている身。炎に照らされた頬の彼の話。レイアは聞いていた。 「俺は訳あって城から出られないし。あまり自由が効かないのだ。だからせめて祈草を阻止しようとしただけさ。祈草が手に入らないとなれば犯人が戸惑うのでな」 「そう、でしたか」 ここでブーセンはぴょんと跳ね、闇に消えた。 「でも。あなた様は犯人を知っているんですか」 「……ああ」 「あなた様が告発して、捕まえれば良いかと思いますが」 「それができればそうしているさ。だがな。俺にはどうしても出来ないのだ」 足を投げ出し星を見上げたルカ。夜の風が二人に吹いた。 ……なんて悲しい目。 そして炎を見つめるルカ。レイアは気の毒になった。しかし、王宮に来たばかりの自分。今の話も実は何が何だかさっぱりわかっていなかった。 ただ王子を助けたいと思うが、あまりに大きな話。レイアもどうして良いか不安になった。 「ところで娘。お前に聞きたいことがある」 「なんでしょう」 「先ほどからなんだ『あなた様って』どうして俺の名前を呼ばないんだ」 「……だって。その。呼び名がないと」 様を付けるなと言われたレイア。結局呼び方に困っていた。なので『あなた様』で通していたが、とうとう彼にバレてしまった。ルカは笑った。 「はっはは。わかった。『ルカさん』でいい。そう呼べ」 「わかりました」 名称などなんでもいいレイア。気にしてない様子。ルカは面白そうに肩をすくめた。 「しかし。お前には悪いことをしたな。庭を汚して悪かった」 「はい。そうですね」 「ふ。お前は面白い奴だな」 彼は持っていた枝を火の中に入れた。 「まあ。これでバレたし。今後は邪魔をしないことにするさ。またお前の作った落とし穴に落ちたら嫌だし」 「すいません。私も悪党を捕まえようと必死でしたので」 「謝るな!俺が悪いのだ」 「いいえ、私です。穴を掘ったのは私ですもの」 「うるさい!俺が勝手に落ちたんだ」 怒るルカ。レイアも負けずに目を瞬かせた。 「いいえ。落ちても怪我をしないように藁でも置いておけばよかったんです」 「……あのな」 「ごめんなさい」 謝る娘。ルカは目を細めた。 ……くそ。俺が悪いのに。 小娘をいじめているような体裁。ルカは息を吐いた。 「おい、それを飲ませろ」 「これ?飲むんですか」 「ああ。痛みが取れるんだろう」 「でも。すごく苦いですけど」 「構わぬ」 ルカはそう言って冷めた煮汁を飲み干した。レイアもこの量は多いと思っていたが、彼はそれを言う前に飲み干してしまった。 「ぐえ?苦い?!」 「だから言ったでしょう?苦いって、これ水です」 「ぶえええ」 苦そうな顔。これにレイアは微笑んだ。ルカの胸がドキとした。 ……やっと笑った。ほっとしたぞ。 娘の安堵した顔。思わずルカも微笑んだ。 「全く。とんでもない娘だ……お?効いてきた、痛みが取れて、ん?体の力が入らぬ……」 寝そべっていくルカ。レイアは慌てて腕に抱いた。 「効き目がありすぎたかな?あの、ルカさん。ここで寝てはダメよ」 「……娘、レイア……」 自分を抱くレイア。柔らかい腕と頭に当たる胸。亜麻色の髪から見つめる至近距離の瞳は潤んでいた。ブラウンの瞳。白い肌、小ぶりの鼻、りんご色の唇。小さな顔は心配そうに自分を見つめていた。 ……あれ?この娘。美人だ……。 「ねえ。ルカさん、ちょっと。もしもーし!」 レイアは非情に彼の頬を叩くが、ルカはすやすやと寝落ちした。ブーセンがピョコと現れた。 「レイア。寝ちゃったよ。こいつ、どうするの」 「まず置くわ。く?重い……」 レイアはまず地面に彼を寝かせた。そろそろ夜明けであった。 ……このままでもいいけど。目覚めたら怒るだろうな。 レイア、思案した。 「ブーセン。ルカさんの屋敷を知ってるの?」 ブーセンはうなづいた。 「知ってるよ。この城の男だもの」 「魔法で送ってくれるかな」 「いいよ?それ!」 ブーセンが手を叩くとルカは消えた。 「ちゃんと送った!褒めて褒めて」 「お前はなんて優しいのでしょう?じゃあ、私も部屋に戻るね」 こうしてレイアは庭の妨害の意味を知った。 ……ルカさん。なんか苦しそうだったな。 自室。月夜の窓辺。見上げるレイア。彼の痛みに歪む顔を思いくすと笑った。 ◇◇◇ 夜の間に仕事をしておいたレイア。翌朝、寝坊気味で庭に顔を出した。すると何やら庭が騒がしかった。 「おい、いたか?」 「ここにはいないようだな」 ……なんだろう。怖い顔だし。 兵達が何かを探している物々しい様子。レイアは不思議に思いながら仕事をした。そして昼休みに管理室に顔を出した。 「あ。あなた、大変だったのよ」 「リラさん。今度は何をしたんですか」 「私は何もしてないって言ってるでしょ!」 「なんですか。大きな声で」 そこにやってきたニッセ。よいしょ、と椅子に座った。 「ああ、レイアは知らなかったんですね。今朝から王子が行方不明だったんですよ」 「王子が」 「まあ。あんたには関係ない話だけどね」 「そうですね」 腕を組み偉そうなリラ。レイアは感心した。 ……リラさんって。そんなに王子が心配なんだ。すごい忠誠心だわ。 そんな考えをよそに説明を続けた。 「リラ君は気にしてましたものね。でもね、発見されたんです。お城の屋根の上にいたんですよ」 「屋根の上?」 ……変わった王子様ね。 レイアの驚きを無視し、ニッセとリラは話し続けた。 「でも庭長。王子はどうしてそんなところにいたんですか」 「気分転換だったらしいですね」 ……王子様って大変ね。それだけ気苦労が多いんだわ。 気の毒に思いながらもレイアは日誌に今日の植物の様子を書いた。 そしてニッセに断りを入れ、再び午後の庭に顔を出した。 草取りをしているとブーセンの声がした。 「レイア。遊ぼうよ」 「まあ、木の上なの?」 高い木の枝の上。足をぶらぶらさせていたブーセン。レイアは見上げた。 「昨夜はありがとうね。ルカさんをお部屋まで送ってくれて」 「う。うん」 「魔法を使って疲れたでしょう?これ、パンをあげるわ」 朝、残したパン。レイアはこれをブーセンに見せた。彼はぴょんと降りてきた。そして受け取るとギザギザの歯でむしゃむしゃと食べ出した。 基本、彼らは自由に食べ物は手に入る。しかし、この食べ物を分かち合うことでブーセンはレイアと絆を深めて行くようになるのだ。 妖精との付き合い方を知っているレイアであるが、今はただ、このブーセンが可愛らしいと思っていた。 「ブーセン。こっちにおいで」 「うん」 口の周りにパン屑を付けたままのブーセン。レイアの肩に降りた。彼女は優しくこれを拭き取った。 「お前はお利口さんね。残さず食べるんですもの」 「うん。僕、お利口さんだよ」 褒められて嬉しい妖精。レイアの頬のキスをした。 「ねえ、レイア。遊ぼう」 「ごめんなさいね。ルカさんの穴を埋めているのよ」 「あの男の?つまんない。僕行くね」 わがまま妖精。気ままに庭に消えていった。 ……さて。とにかく穴を埋めようっと。 ルカ以外にも誰かが落ちるかもしれない穴。レイアは必死に土を入れて直していた。やがて日が落ち夕刻となった。 食堂。一人、夕食を食べ終えたレイア。廊下を通り自室に行こうとした時、誰かの話し声が聞こえてきた。 「馬鹿にしているの?こんなお金じゃ話にならないわ」 「そこをなんとか!頼むよ」 美人で若そうな召使いの女と太った中年男の様子。何やら揉めている。この廊下を通れないレイア。柱の影で隠れて待っていた。 「あなたね。贅沢をさせてやるからいうから。私はこの前出かけたのよ?でも何よ、このお金は。私はそんな安い女じゃないわ」 「待っておくれ。金ならすぐにできるから」 「本当でしょうね」 ……金銭トラブルか。どうでも良いけど話が終わらないかな。 やがて二人は話しながら進んでいった。レイアはやっと廊下に顔を出した。 「おい」 「きゃああ?うう」 背後にいた男。右手でレイアの口を塞いだ。 「静まれ!騒ぐでない」 「むぐうう」 左手で抱きしめるように胸下を押さえる男性の力。抗えずレイアは落ち着いた。 「手を離すぞ?声を出すなよ」 ルカの顔。レイアはうんとうなづいた。やがて手が解かれた。 「誰か助け」 「おっと?」 裏切って声を出したレイア。しかし彼は再び抱きしめ口を押さえた。強い力。レイアは動けない。 「ははは!お前ならそうすると思ったぞ」 ……く!動きを読まれるなんて。 レイアを捕まえ笑い終えたルカ。やがて真顔で彼女の耳に囁いた。 「良いか?レイア。実はな……」 「ふ、ふふふ」 耳元が弱いレイア。くすぐったくて身悶えた。 ……やめて……くすぐったい。 これに気がついたルカ。ニヤッと笑った。 「ほう?お前は耳がダメか?よし。なあ、レイア……やっと会えたな」 わざと甘い吐息をかけるルカ。レイアは必死に抵抗した。 ……お助け?やめてくれ…… 身を捩って嫌がるレイア。ルカは面白がって続けた。 「お前。可愛いよ……俺が愛してやるよ」 悪ノリで首筋にキスをしたルカ。いらないと首を振るレイア。やがて涙まで出てきた。 ……やりすぎたか。面白かったのに。 ここで彼は彼女を解いた。涙目のレイア。ルカを睨んだ。 「はあ、はあ。なぜこんなひどい拷問をするんですか」 キスの痕、首元を手で拭くレイア。ルカはむすとした。 「俺のキスを拷問って言うな!いいか、あの男は会計係なんだ」 「会計係。お金の計算ですか」 「ああ。最近、恋人の羽振りがいいんだ」 ルカは二人が消えた廊下の奥を見つめた。 「お前、あの二人をどう思う」 「どうって、それは王宮のお金の使い込みに決まってますよ」 「俺も思うんだが。証拠がないのだ」 ルカは長い足でウロウロと歩き出した。落ち着きない様子。 ……足はまだ引きずっているみたい。 レイアは彼をじっと見ながら、考えを口にした。 「王宮の帳簿を照らし合わせばわかるんじゃないですか」 「それが数字は合うんだ。だが、実際はそうではないはずなんだ」 まだウロウロのルカ。レイアはそれを見たくないので窓の外を見た。 「ルカさん。うちの村で遭った本当の出来事ですけど。聞きます?」 レイアの何気ない声。ルカはキリッと目を向いた。 「言え!下らなければお前を斬るまでだ」 「私、帰ります」 「おい?待てよ!」 必死のルカ。レイアを夕日が差す庭に誘った。レイアは早く帰してほしくて話をした。 「毎年、うちの村ではお祭りがあるので、村人でお金を集めて貯めていたんです。でもその係の人って、みんなから集めたお金を金庫に入れる前に、盗ってたんです」 「そうか。それなら帳簿と合うな」 「はい。まあ最後はその盗んだお金をみんなで見つけたので、捕まえることができましたけど」 「ん?どうやって見つけたんだ。それを」 顎に手を当て思案する彼。レイアはスッと彼の背後を指した。 「……あ?流れ星だ?」 「ん?」 ルカによそ見をさせたレイア。その好きにダッシュして自室に駆け込んだ。足が痛むルカ。追いかけて来れないはずだった。 「はあ、はあ。疲れた」 レイアはやれやれでベッドに入った。 ……あの時の罠。言えるわけないもんね。 当時の荒療治。これを言えないレイアはすやすやと眠った。 その翌朝。レイアのベッドにはブーセンがいた。 「やっと起きた?レイア、大変だよ」 「どうしたの、こんな朝から」 慌てるブーセン。寝ぼけて目を擦るレイア。それにかまわずこっちに来てと彼女の腕を引いた。 「どうしたっていうの」 「池にいたブーセンがあの男に捕まったんだ。レイアを連れてこいって」 「あの男って」 「穴男だよ」 ここまでするのか。とレイアは呆れながら着替えた。 「まあ、いいわよ。それで、どこにいるの?」 ブーセンは目を閉じた。 「……ブーセンが井戸に連れてくるから。僕らもそこに行こう」 そう言ってブーセンは手を叩いた。レイアは気がつくと王宮の井戸に来ていた。 ……ここは王宮の奥。きっと王家の井戸ね。 白い石で組まれた清楚な小さな井戸。そこに彼は笑顔で立っていた。 「ようやく会えたな、レイア」 不敵な笑みを浮かべるルカ。腕にはブーセンを抱えていた。 「ルカさん。そのブーセンを離して」 「はいよ。ほらご苦労さん」 「レイア……怖かったよう」 ルカに捕まっていたブーセン。涙を貯めてレイアに抱きついた。 「おおよしよし。怖かったね」 レイアの胸にぎゅうと顔を埋めるブーセン。これにもう一匹のレイアを連れてきたブーセンはルカを睨んだ。 「穴男め。お前を許さないぞ」 「ははは。やれるものならやってみろ」 なぜか余裕のルカ。妖精を怖がらない様子。レイアは不思議だった。 「ねえ。ブーセン。どうしてあの人が怖いの?」 「あいつ……聖ヤットルドの石を持っているんだよ。だからだよ」 彼らの力を封じる国の太陽の女神。この神殿の石をルカは偉そうにネックレスの石にして見せてきた。これがあるとブーセンの魔法は効かない。 「どうだ。俺は無敵だ」 しかし。人質のブーセンはレイアの胸の中。戦う必要はなかった。 「帰ろう。ブーセン」 「おい待て?レイア、なあ。俺を助けろ!」 胸にブーセンを抱えるレイア。ルカに背を向けた。 「どうして私があなたを助けないといけないんですか」 「ほれ。俺の足。お前のせいだ」 「自分で落ちたって言った癖に」 しかし。また同じことの繰り返し。レイアは諦めた。 「私に何の御用ですか」 「昨夜の話の続きだ。会計係の不正を暴け」 「私がですか?」 ……この人何なの…… だがこれ以上、付き纏われても面倒。レイアは困った。 「私。薬草を植える庭師ですけど」 「知ってるよ」 「そういう事件は。お城の人で問題解決するのが」 「やってもダメだったの!だからお前にこうして頼んでいるんじゃねえか」 とても頼んでいる姿勢ではない男。レイアは白い目で彼を見つけた。 「なんだよ、その軽蔑の眼差しは」 「嫌なんですけど」 「俺がここまで頼んでいるんだぞ?お前、いい加減にしろ」 この時、この場に近衛兵がやってきた。 「何を騒いで、あ。お前?ここで何をしておる」 近衛隊長のガルマ。レイアを見て驚きの顔をした。 「お前は庭師の試験で落ちたが、いつの間にか入ったレイア:カサブランカではないか」 「わ、私は」 「ルカ殿下まで?さあ、ここはお前の様な身分の娘が来る場所ではない。さあ、出ていけ!」 深くため息をついて芝生を歩き出した。ブーセンと一緒に仕事場へと戻って行った。 ◇◇◇ 「どこに行ってたのよ」 「すいません」 ……ルカさんに捕まったとは言えないし。 「全く。サボるなんて。今の新人は恥知らずね」 ネチネチと言われる部屋。確かに朝から仕事をしてないレイア。叱られながらルカの顔が浮かんでいた。 ……あいつのせいよ。 「ちょっと!聞いているの?」 「聞いてますよ!」 「何、逆ギレしてんのよ!いい加減にして」 怒ってしまったリラ。罰としてレイアに仕事を押し付けて部屋を出て行ってしまった。 結局のレイア。一人で庭の水まきをしていた。 「はあ。終わらない」 広い庭。これは罰なので誰も手伝ってくれない熱い昼。それでもレイアはひたすら水を汲み、庭に撒いていた。 ……これでマイルが学校に通えるんだから。これでいいか。 元々のどかな村で土いじりをしていたレイア。たくさんの人に揉まれるよりは、こうして自然な仕事をして方が性に合っていた。 任された薬草庭。土の改良中である。汗を流す時間を楽しんだレイア。夕方までひたすら庭に水を撒いて夕食にした。 そして自室に戻ってきた夜。やっと一息入れていた。 ……そうか。会計係さんの悪事を暴けば、ルカさんの相手をしなくて済むのか。 自分の仕事は薬草を植えること。これがなかなか進んでいないレイア。ルカの仕事をすると決めた。小部屋から見える星空。彼女の心を表すようにキラキラと輝いていた。 つづく
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