五 穴男

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「爺や。今朝は気分がいいんだ」 「何よりでございます」 ベッドの王子。茶色の寝着。そっと起き上がり窓を外の景色を見た。王宮の奥。白亜の建物の上階。彼は眩しい天気に目を細めた。 「いい天気だ」 「食事を済ませましたら。庭にでもいかがですかな」 「庭?そうだね」 ……以前出会った、庭師の新人に聞きたいし。 夢についての話。この途中だったユリウスはレイアに会いたいと思っていた。そんな時、寝室に誰かがやってきた。 「まあユリウス。起きて良いのですか」 「母上。今朝は気分がいいのです」 「無理はなりません。また屋根の上にいたらどうするの?」 優しい王妃の母。心配そうに息子を見た。 「それと。今朝の薬ですよ」 「はい……」 彼女はテーブルの上に置いた。 「これを飲めばお前はすぐに良くなります。さあ。私の心配を取り除いておくれ」 「は、はい」 見守る母。彼は目の前でこれを飲んだ。 「いい子ね。では、また」 「はい」 母が去った部屋。誰もいなくなった部屋。ユリウスは植木鉢に口の中のものを吐き出した。 「はあ、はあ」」 ……いいんだ、これで。 優しい母を思いつつ、彼は立ち上がった。そして窓の外を見た。すると白い煙が上がっているのが見えた。 「なんだあれは?爺!」 呼ばれた爺。兵の報告を伝えた。 「王子。あれは物品庫の火事だそうです。今はもう鎮火しました」 「よかった……でも、何あれ?ガルマが何か揉めてるな」 窓の下。火事の現場の様子。しかしガルマは誰かを荒々しく捕縛していた。 「はて。火事の犯人ですかな。……まあ、ガルマなら。報告に来るでしょう」 爺の言葉。ユリウスはじっと現場を見ていた。 「いや。僕、行ってみるよ。着替えをする」 「は、はい」 素早く着替えたユリウス。側近を引き連れ現場にやってきた。 「王子?ああ。これはどうも」 「一体何が遭ったんだ」 近衛隊長のガルマ。姿勢を正して報告した。 「はい。まず物品庫から煙が出たので。急きょ消火をしていたのですが。その際、会計係が止めるのも聞かず血相を変えて煙に突っ込みまして」 「煙に飛び込んだ?それは勇敢だね」 「はい。我々もそう思ったんですが、出てきた時に、何やら抱えておりまして。おい。それをここに」 兵士が持ってきたもの。それは木箱であった。 「中をご覧ください」 「うわ……金貨か」 ここでユリウスは縄で縛られた会計係を見た。父の代からの役人、ユルウスは彼を信用していた。 「やはり横領していたのはそなたか」 「……それは私の資産です。決して国のものではありません」 「そうか。そなたの蓄えか」 優しいユリウス。これに会計係はほっとした。 「そのようなわけはない!まだあるはずだ」 冷たい声。この時。会計係は一瞬ちらと物品庫の手前の石を見た。王子は見逃さなかった。 「あそこに何かあるのか」 「え」」 青ざめる会計係。王子は指さした。 「ガルマ。あの石の下を探せ!まだ隠し金がある。そして会計係よ」 王子は優しい顔で彼を見つめた。 「国への反逆は大罪。これは許されない。これから審議するが、お前は島流しだ」 「ひい」 「引っ立て!他にも家や仕事場を調べよ」 ひ弱の王子がやけにきびきびと動くこの様子。凛々しい姿。兵達は嬉しそうに指示に従っていた。 「王子!石の下に穴がありまして。大量の金が入った(かめ)がありました」 「よし。回収しろ。いくらあったか調べろ」 「王子。奴の自宅からも金がありました」 「何に使っていたか調べろ!奴の交友関係の洗い出し。犯罪の影に女あり、奴の女性関係を当たってこい!」 「はい」 政治にあまり興味がない王子。しかしこのような事件は好きな様子。今までにないくらい生き生きしていた。そして今度は火事の現場を調べにきた。 「ガルマ。火元はどこだ」 「ここです。王子。火事の正体はこれです」 「ろうそく……そして、これは、乾燥した草だね」 火事ではない。この乾燥した草が燃えて煙が出ただけ。しかもこれは明らかにこの物品庫のものではない。 「会計係が必死に足で消しましたので残っていましたが、燃え尽きるよう計算して置いてありましたね」 「ガルマ。お前の推理は」 ガルマは顎に手を当て考えた。 「そうですね。これはただ煙を強く起こすだけのもの。何者かが火事を装っただけですね」 「このろうそくは?なぜ直接火を付けないのだ」 「おそらく。このろうそくが短くなったら、乾燥草に着火する仕組みのようです」 王子は立ち上がった。 「それって。犯人はその時間、ここにいなくても良いってこと?」 「そうなりますね。なんでそんなことをしたんでしょうね」 首を捻るガルマ。王子は短くなったろうそくを手に取った。 ……犯人はその時間。何かをして自分は犯人じゃない証拠を作ったんだ。なぜなんだ。 ろうそくを見つめて寄り目の王子にガルマは肩を叩いた。 「それにしても。横領の犯人が捕まり、金が戻ってよかったですね」 「あ、ああ」 「王子の手柄です。国王もさぞ御喜びになりますね」 「そう、だね」 しかし。ユリウスの心はスッキリしなかった。 ◇◇◇ 「失礼する」 「ふが?王子ですか。な、なぜこのようなところに」 いきなり庭師の管理室にやっていたユリウス王子。リラは慌てて食べていたクッキーを口に押し込んだ。 「ニッセは?聞きたいことがあるんだ」 「庭長はもうすぐ戻りますが」 王子を前にして緊張のリラ。何か出さねばならぬとオロオロしていると、ユリウスはテーブルの上に麻袋を置いた。 「それは草なんだけど、君。それが何かわかるかい?」 取りだしたリラ。早速手に取り繁々とみた。 「乾燥した草ですね」 「それは僕でもわかるから。その草の正体を教えて欲しい」 「承知しました」 リラはそれを手に取り、クンクンと匂いを嗅いだ。 「臭いですね」 「ああ。何の草かニッセならわかるはずだ」 この時、ニッセが戻ってきた。 「おや。王子。いかがされましたか」 「ニッセ。先ほどボヤ騒ぎがあったんだが。現場にそれが残っていた」 「どれ……うん、これは」 ニッセはこれを手に取り、広げたり、かざしたりした。 「わかりました」 「おお。何の草か教えておくれ」 ニッセは真顔で答えた。 「狼のフンです」 「う?!」 さっき匂いを嗅いだリラは、手を洗ってくると部屋を出た。ユリウスはそれに構わず話を続けた。 「フン?狼の」 「はい。王子は狼煙(のろし)をご存知ですよね」 狼煙とは。遠くの者に知らせるために白煙を立てるもの。このゴットランド王国でも使用される伝達方法。ニッセはそれに使う物だと話した。 「王子は狼煙をあげたことがないと思いますが、ただの乾燥した枝や草を燃やしただけでは、遠くまでの大きな煙を出すのが大変なのです」 「確かにそうだね。それに火を点けてすぐパッと煙が欲しいし。迫力が欲しいよね」 もし自分はやるとなったら。大変だとユリウスは思った。ニッセもうなづいた。 「さすが王子。おっしゃる通りです。それに雨の日や風が強い日もございます。それでも狼煙を上げねばならないのが、現場の悲しい宿命。しかし!この狼のフンがあれば、簡単なんですよ」 「へえ」 草に見えるのは食べ物の繊維という説明。ニッセは試しに火を付けて見た。 「ご覧なさい。ほれ」 「すごい。煙の量が」 あっという間に白い煙が起こったのでニッセは消した。 「しかしながら。これはフンの他にも確かに乾燥草も配合されているようです。煙がより強く出ました」 分析をするニッセ。ユリウスは眉を顰めた。 「ニッセ。君に尋ねる。これを仕掛けたのは城の誰だと思う?」 「仕掛けた人……さあ。全く検討つきませぬな」 考え込むニッセ。ここで扉が開いた。 「ニッセ庭長。日誌をあ?取り込み中でしたね」 ……やばい。 王子がいたので退室しようとしたレイア。王子は眉間に皺寄せた。 「なぜ僕がいると帰るんだ。入りたまえ。君の部屋だろう」 「お話中ですし。私は後で構いません」 「仕事を後回しにしてはならない。今すぐやりたまえ」 「は、はい」 ……なんか、見た目よりもうるさいな。 日誌を取りだしたレイア。ささと書き始めた。それを王子が見ていた。 「君は新人の、何と言ったっけ」 「レイアです」 「そうだ。レイア、夢の話の続きなんだけど」 この時、部屋のドアが開いた。汗だくのガルマは肩で息をしていた。 「王子!ここにいましたか」 「僕は言ったよ。ニッセのところに行くって」 「いや。心配しました……」 よろよろと部屋に入ってきたガルマ。長い髪がまるで水を浴びたように濡れていた。あまりの汗だがユリウスは気にしてなかった。 「(やろう)(すけ)が白状しまして。奴はやはり女に貢いでいたんですが、その女は若い(つばめ)に使い込んでいました。しかしその男には妻がいて、そいつには子供が三人も」 「そこまで詳しく言わなくていいから!あのね、レイア。そこに座って」 話の最中。ガルマに水差しを渡したレイア。そんなレイアにユリウスは向かいの席に座るように指した。 「なんでしょうか」 「夢の話!あのね。今、見た夢を覚えている方法だよ」 水をカブ飲みしているガルマをよそに、レイアは話した。 「それはですね。寝ている時に、誰かに起こしてもらうんですよ。その時は、今、見ていた夢を覚えていると思います」 「なるほど」 「熟睡している時がいいですね。急に起こしてもらうのがコツです」 すると濡れた口元を拭ったガルマが話に入ってきた。 「王子。それは自分がやります。水差し娘のレイア:カサブランカ。王子を急に起こせば良いのだな」 まだ大汗をかいているガルマ。レイアは部屋にあった布を渡した。 「あの。驚かすのはやめてあげてくださいね」 「何を言う?驚かせず起こすのは無理であろう」 「可哀想じゃないですか」 「ではどうせよと?!(われ)のキスで起こせと言うのか?」 「ふふふ」 「もう!ガルマはいいから!話をするな!」 真面目なガルマが恥ずかしい王子。ここでニッセが笑みを見せた 「ほほほ。ユリウス様が元気そうで安心しましたぞ。また遊びにきて下され」 「ああ、ニッセ、そうするよ」 ……やっとお帰りだわ。 ほっとしたレイア。席を立った彼らと見送ろうと立ち上がった。そのテーブルには王子が持参した乾燥草が残っていた。 忘れている王子。しかしレイアはそれを背で隠し、見送った。 ◇◇◇ 「レイア。遊ぼう」 「ちょっと待ってね。そろそろくるかもしれないから」 王宮の廊下。窓の外は夕暮れの景色。すると背後からコツコツと足音が響いてきた。 「よう!なぜ俺が来るとわかった」 「以前、この時間にお会いしたので」 「まあいい。とにかく、会計係の件はよくやった」 金髪の髪を無造作に書き上げたルカ。大股でにっこり微笑んでいた。そして嬉しそうにレイアの頭を撫でた。 「褒めてやるぞ」 「髪が崩れるんですけど」 「うるせえ。で?なんで、あそこに金を隠したってわかったんだよ」 「あの人。そもそもおかしかったんです」 以前。ブーセンに庭のゴミを捨ててもらったレイア。あの時、会計室に移動されていた話をした。 「私は『燃やしても良い、汚れたもの』がある場所に移動してって頼んだです。でもブーセンに聞いたら、それはあの男のことだったんです」 「ひでえな」 「でもあの会計係。他にも賄賂や横取り。これを他の人も巻き込んで挙句に脅迫。密告しようとした人は、濡れ衣を着せて追放させていましたね」 「どうしてそれを」 「ワインを飲ませたら、自分で自慢してました」 「ワイン……あのな」 「え」 ルカはグッとレイアの腰を抱いた。 「俺はそこまで頼んでないぞ」 「どうして怒っているんですか」 「そんなことをお前にさせたくないんだ」 ……心配しているのかな。 必死の目の彼。レイアは事情を説明した。 「あの時……ワインの味見だって言って。ちょっと飲ませただけです」 ……くそ。どうしてこんな気になるんだ。 腕の中の庭娘。ルカは彼女を離した、 「まあ、いい。して、それからどうした」 レイアは彼の想いを知らずに続けた。 「そうでした。あの男。あの物品庫でウロウロしてたんです」 会計係は盗んだお金をどこかに隠していると思ったレイア。彼の行動を探るとなぜか物品庫を行き来していることがわかった。しかし、広い倉庫。どこに隠しているのはわからない。そこで火事を装ったと話した。 「そうすれば自分で持ち出すと思いまして」 「やることがすげえな」 「面倒が嫌いなので」 「まあ、奴の犯行ははっきりしたからいいけど。お前は大丈夫なのか」 ……今頃心配ですか。 遅いと思うが彼なりの優しさなのかもしれない。レイアは気を取り直した。 「被害はないし。その時間、私は仕事をしていたし。それに肝心の狼煙の薬草は回収したので、証拠もありません」 「完全犯罪じゃねえか」 「違います。狼煙の実験です。よくあることですよ」 淡々としているレイア。ルカはその細い肩を抱いた。 「な、何ですか」 「お前は実に面白い」 「私は何にも面白くないです。離してください。これでもう、お役御免ですよね?私、庭仕事が滞って困っているんです」 弱り顔のレイア。ルカは嬉しそうにした。 「わかった。俺もそのうち手伝いに行ってやるよ」 「来なくていいです。貴方にやってもらうような仕事はないですし」 「うるせ!俺は行くって言ってんだ。お前は黙って待ってろ!」 ここでブーセンがルカの頭の上に乗った。 「来るな!レイアは僕と遊ぶんだ!」 頭をどすどす踏むブーセン。ルカは捕まえようと頭を抱えた。 「痛?あっちに行け?レイアは俺と遊ぶんだ!」 妖精を追いかけるルカ。逃げるブーセン。レイアはくすくす笑いながら見ていた。二人から離れたレイア。窓の外の夕日を眺めた。 ……マイル。姉さんはがんばっているよ。お前の分も。 背後ではギャアギャア騒いでいる王宮の廊下。夏の風が吹いていた。 穴男 完
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