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「爺や。今朝は気分がいいんだ」
「何よりでございます」
ベッドの王子。茶色の寝着。そっと起き上がり窓を外の景色を見た。王宮の奥。白亜の建物の上階。彼は眩しい天気に目を細めた。
「いい天気だ」
「食事を済ませましたら。庭にでもいかがですかな」
「庭?そうだね」
……以前出会った、庭師の新人に聞きたいし。
夢についての話。この途中だったユリウスはレイアに会いたいと思っていた。そんな時、寝室に誰かがやってきた。
「まあユリウス。起きて良いのですか」
「母上。今朝は気分がいいのです」
「無理はなりません。また屋根の上にいたらどうするの?」
優しい王妃の母。心配そうに息子を見た。
「それと。今朝の薬ですよ」
「はい……」
彼女はテーブルの上に置いた。
「これを飲めばお前はすぐに良くなります。さあ。私の心配を取り除いておくれ」
「は、はい」
見守る母。彼は目の前でこれを飲んだ。
「いい子ね。では、また」
「はい」
母が去った部屋。誰もいなくなった部屋。ユリウスは植木鉢に口の中のものを吐き出した。
「はあ、はあ」」
……いいんだ、これで。
優しい母を思いつつ、彼は立ち上がった。そして窓の外を見た。すると白い煙が上がっているのが見えた。
「なんだあれは?爺!」
呼ばれた爺。兵の報告を伝えた。
「王子。あれは物品庫の火事だそうです。今はもう鎮火しました」
「よかった……でも、何あれ?ガルマが何か揉めてるな」
窓の下。火事の現場の様子。しかしガルマは誰かを荒々しく捕縛していた。
「はて。火事の犯人ですかな。……まあ、ガルマなら。報告に来るでしょう」
爺の言葉。ユリウスはじっと現場を見ていた。
「いや。僕、行ってみるよ。着替えをする」
「は、はい」
素早く着替えたユリウス。側近を引き連れ現場にやってきた。
「王子?ああ。これはどうも」
「一体何が遭ったんだ」
近衛隊長のガルマ。姿勢を正して報告した。
「はい。まず物品庫から煙が出たので。急きょ消火をしていたのですが。その際、会計係が止めるのも聞かず血相を変えて煙に突っ込みまして」
「煙に飛び込んだ?それは勇敢だね」
「はい。我々もそう思ったんですが、出てきた時に、何やら抱えておりまして。おい。それをここに」
兵士が持ってきたもの。それは木箱であった。
「中をご覧ください」
「うわ……金貨か」
ここでユリウスは縄で縛られた会計係を見た。父の代からの役人、ユルウスは彼を信用していた。
「やはり横領していたのはそなたか」
「……それは私の資産です。決して国のものではありません」
「そうか。そなたの蓄えか」
優しいユリウス。これに会計係はほっとした。
「そのようなわけはない!まだあるはずだ」
冷たい声。この時。会計係は一瞬ちらと物品庫の手前の石を見た。王子は見逃さなかった。
「あそこに何かあるのか」
「え」」
青ざめる会計係。王子は指さした。
「ガルマ。あの石の下を探せ!まだ隠し金がある。そして会計係よ」
王子は優しい顔で彼を見つめた。
「国への反逆は大罪。これは許されない。これから審議するが、お前は島流しだ」
「ひい」
「引っ立て!他にも家や仕事場を調べよ」
ひ弱の王子がやけにきびきびと動くこの様子。凛々しい姿。兵達は嬉しそうに指示に従っていた。
「王子!石の下に穴がありまして。大量の金が入った甕がありました」
「よし。回収しろ。いくらあったか調べろ」
「王子。奴の自宅からも金がありました」
「何に使っていたか調べろ!奴の交友関係の洗い出し。犯罪の影に女あり、奴の女性関係を当たってこい!」
「はい」
政治にあまり興味がない王子。しかしこのような事件は好きな様子。今までにないくらい生き生きしていた。そして今度は火事の現場を調べにきた。
「ガルマ。火元はどこだ」
「ここです。王子。火事の正体はこれです」
「ろうそく……そして、これは、乾燥した草だね」
火事ではない。この乾燥した草が燃えて煙が出ただけ。しかもこれは明らかにこの物品庫のものではない。
「会計係が必死に足で消しましたので残っていましたが、燃え尽きるよう計算して置いてありましたね」
「ガルマ。お前の推理は」
ガルマは顎に手を当て考えた。
「そうですね。これはただ煙を強く起こすだけのもの。何者かが火事を装っただけですね」
「このろうそくは?なぜ直接火を付けないのだ」
「おそらく。このろうそくが短くなったら、乾燥草に着火する仕組みのようです」
王子は立ち上がった。
「それって。犯人はその時間、ここにいなくても良いってこと?」
「そうなりますね。なんでそんなことをしたんでしょうね」
首を捻るガルマ。王子は短くなったろうそくを手に取った。
……犯人はその時間。何かをして自分は犯人じゃない証拠を作ったんだ。なぜなんだ。
ろうそくを見つめて寄り目の王子にガルマは肩を叩いた。
「それにしても。横領の犯人が捕まり、金が戻ってよかったですね」
「あ、ああ」
「王子の手柄です。国王もさぞ御喜びになりますね」
「そう、だね」
しかし。ユリウスの心はスッキリしなかった。
◇◇◇
「失礼する」
「ふが?王子ですか。な、なぜこのようなところに」
いきなり庭師の管理室にやっていたユリウス王子。リラは慌てて食べていたクッキーを口に押し込んだ。
「ニッセは?聞きたいことがあるんだ」
「庭長はもうすぐ戻りますが」
王子を前にして緊張のリラ。何か出さねばならぬとオロオロしていると、ユリウスはテーブルの上に麻袋を置いた。
「それは草なんだけど、君。それが何かわかるかい?」
取りだしたリラ。早速手に取り繁々とみた。
「乾燥した草ですね」
「それは僕でもわかるから。その草の正体を教えて欲しい」
「承知しました」
リラはそれを手に取り、クンクンと匂いを嗅いだ。
「臭いですね」
「ああ。何の草かニッセならわかるはずだ」
この時、ニッセが戻ってきた。
「おや。王子。いかがされましたか」
「ニッセ。先ほどボヤ騒ぎがあったんだが。現場にそれが残っていた」
「どれ……うん、これは」
ニッセはこれを手に取り、広げたり、かざしたりした。
「わかりました」
「おお。何の草か教えておくれ」
ニッセは真顔で答えた。
「狼のフンです」
「う?!」
さっき匂いを嗅いだリラは、手を洗ってくると部屋を出た。ユリウスはそれに構わず話を続けた。
「フン?狼の」
「はい。王子は狼煙をご存知ですよね」
狼煙とは。遠くの者に知らせるために白煙を立てるもの。このゴットランド王国でも使用される伝達方法。ニッセはそれに使う物だと話した。
「王子は狼煙をあげたことがないと思いますが、ただの乾燥した枝や草を燃やしただけでは、遠くまでの大きな煙を出すのが大変なのです」
「確かにそうだね。それに火を点けてすぐパッと煙が欲しいし。迫力が欲しいよね」
もし自分はやるとなったら。大変だとユリウスは思った。ニッセもうなづいた。
「さすが王子。おっしゃる通りです。それに雨の日や風が強い日もございます。それでも狼煙を上げねばならないのが、現場の悲しい宿命。しかし!この狼のフンがあれば、簡単なんですよ」
「へえ」
草に見えるのは食べ物の繊維という説明。ニッセは試しに火を付けて見た。
「ご覧なさい。ほれ」
「すごい。煙の量が」
あっという間に白い煙が起こったのでニッセは消した。
「しかしながら。これはフンの他にも確かに乾燥草も配合されているようです。煙がより強く出ました」
分析をするニッセ。ユリウスは眉を顰めた。
「ニッセ。君に尋ねる。これを仕掛けたのは城の誰だと思う?」
「仕掛けた人……さあ。全く検討つきませぬな」
考え込むニッセ。ここで扉が開いた。
「ニッセ庭長。日誌をあ?取り込み中でしたね」
……やばい。
王子がいたので退室しようとしたレイア。王子は眉間に皺寄せた。
「なぜ僕がいると帰るんだ。入りたまえ。君の部屋だろう」
「お話中ですし。私は後で構いません」
「仕事を後回しにしてはならない。今すぐやりたまえ」
「は、はい」
……なんか、見た目よりもうるさいな。
日誌を取りだしたレイア。ささと書き始めた。それを王子が見ていた。
「君は新人の、何と言ったっけ」
「レイアです」
「そうだ。レイア、夢の話の続きなんだけど」
この時、部屋のドアが開いた。汗だくのガルマは肩で息をしていた。
「王子!ここにいましたか」
「僕は言ったよ。ニッセのところに行くって」
「いや。心配しました……」
よろよろと部屋に入ってきたガルマ。長い髪がまるで水を浴びたように濡れていた。あまりの汗だがユリウスは気にしてなかった。
「奴の女が白状しまして。奴はやはり女に貢いでいたんですが、その女は若い男に使い込んでいました。しかしその男には妻がいて、そいつには子供が三人も」
「そこまで詳しく言わなくていいから!あのね、レイア。そこに座って」
話の最中。ガルマに水差しを渡したレイア。そんなレイアにユリウスは向かいの席に座るように指した。
「なんでしょうか」
「夢の話!あのね。今、見た夢を覚えている方法だよ」
水をカブ飲みしているガルマをよそに、レイアは話した。
「それはですね。寝ている時に、誰かに起こしてもらうんですよ。その時は、今、見ていた夢を覚えていると思います」
「なるほど」
「熟睡している時がいいですね。急に起こしてもらうのがコツです」
すると濡れた口元を拭ったガルマが話に入ってきた。
「王子。それは自分がやります。水差し娘のレイア:カサブランカ。王子を急に起こせば良いのだな」
まだ大汗をかいているガルマ。レイアは部屋にあった布を渡した。
「あの。驚かすのはやめてあげてくださいね」
「何を言う?驚かせず起こすのは無理であろう」
「可哀想じゃないですか」
「ではどうせよと?!我のキスで起こせと言うのか?」
「ふふふ」
「もう!ガルマはいいから!話をするな!」
真面目なガルマが恥ずかしい王子。ここでニッセが笑みを見せた
「ほほほ。ユリウス様が元気そうで安心しましたぞ。また遊びにきて下され」
「ああ、ニッセ、そうするよ」
……やっとお帰りだわ。
ほっとしたレイア。席を立った彼らと見送ろうと立ち上がった。そのテーブルには王子が持参した乾燥草が残っていた。
忘れている王子。しかしレイアはそれを背で隠し、見送った。
◇◇◇
「レイア。遊ぼう」
「ちょっと待ってね。そろそろくるかもしれないから」
王宮の廊下。窓の外は夕暮れの景色。すると背後からコツコツと足音が響いてきた。
「よう!なぜ俺が来るとわかった」
「以前、この時間にお会いしたので」
「まあいい。とにかく、会計係の件はよくやった」
金髪の髪を無造作に書き上げたルカ。大股でにっこり微笑んでいた。そして嬉しそうにレイアの頭を撫でた。
「褒めてやるぞ」
「髪が崩れるんですけど」
「うるせえ。で?なんで、あそこに金を隠したってわかったんだよ」
「あの人。そもそもおかしかったんです」
以前。ブーセンに庭のゴミを捨ててもらったレイア。あの時、会計室に移動されていた話をした。
「私は『燃やしても良い、汚れたもの』がある場所に移動してって頼んだです。でもブーセンに聞いたら、それはあの男のことだったんです」
「ひでえな」
「でもあの会計係。他にも賄賂や横取り。これを他の人も巻き込んで挙句に脅迫。密告しようとした人は、濡れ衣を着せて追放させていましたね」
「どうしてそれを」
「ワインを飲ませたら、自分で自慢してました」
「ワイン……あのな」
「え」
ルカはグッとレイアの腰を抱いた。
「俺はそこまで頼んでないぞ」
「どうして怒っているんですか」
「そんなことをお前にさせたくないんだ」
……心配しているのかな。
必死の目の彼。レイアは事情を説明した。
「あの時……ワインの味見だって言って。ちょっと飲ませただけです」
……くそ。どうしてこんな気になるんだ。
腕の中の庭娘。ルカは彼女を離した、
「まあ、いい。して、それからどうした」
レイアは彼の想いを知らずに続けた。
「そうでした。あの男。あの物品庫でウロウロしてたんです」
会計係は盗んだお金をどこかに隠していると思ったレイア。彼の行動を探るとなぜか物品庫を行き来していることがわかった。しかし、広い倉庫。どこに隠しているのはわからない。そこで火事を装ったと話した。
「そうすれば自分で持ち出すと思いまして」
「やることがすげえな」
「面倒が嫌いなので」
「まあ、奴の犯行ははっきりしたからいいけど。お前は大丈夫なのか」
……今頃心配ですか。
遅いと思うが彼なりの優しさなのかもしれない。レイアは気を取り直した。
「被害はないし。その時間、私は仕事をしていたし。それに肝心の狼煙の薬草は回収したので、証拠もありません」
「完全犯罪じゃねえか」
「違います。狼煙の実験です。よくあることですよ」
淡々としているレイア。ルカはその細い肩を抱いた。
「な、何ですか」
「お前は実に面白い」
「私は何にも面白くないです。離してください。これでもう、お役御免ですよね?私、庭仕事が滞って困っているんです」
弱り顔のレイア。ルカは嬉しそうにした。
「わかった。俺もそのうち手伝いに行ってやるよ」
「来なくていいです。貴方にやってもらうような仕事はないですし」
「うるせ!俺は行くって言ってんだ。お前は黙って待ってろ!」
ここでブーセンがルカの頭の上に乗った。
「来るな!レイアは僕と遊ぶんだ!」
頭をどすどす踏むブーセン。ルカは捕まえようと頭を抱えた。
「痛?あっちに行け?レイアは俺と遊ぶんだ!」
妖精を追いかけるルカ。逃げるブーセン。レイアはくすくす笑いながら見ていた。二人から離れたレイア。窓の外の夕日を眺めた。
……マイル。姉さんはがんばっているよ。お前の分も。
背後ではギャアギャア騒いでいる王宮の廊下。夏の風が吹いていた。
穴男 完
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