二.

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二.

先ほどの雷音など無かったかのように、辺りは静かに草木の葉擦(はず)れのみを風に運ばせている。 「『セントエルモの火』はな、こうして実験室で再現するのは簡単だが、自然界ではなかなかお目にかかれないんだよ。爺ちゃんはまだ見たことが無い」 「何度も聞いたよ。だから、だったら、大学教授なんかじゃなくて船乗りになれば良かったじゃん。元々は嵐の中で船のマストの先端が光る現象のことを言ってたんでしょ?船乗りなら見放題じゃん」 老人が、椅子(いす)に腰掛けたまま背後の冷蔵庫から缶コーヒーを二つ取り出し、それを二人同時に開けて口へと運ぶ。 「船乗りなんか怖くてできるかい。何かあっても逃げ出す場所も無いんだぞ。何より調査で何度か乗った時も、船酔いがひどくて五分と正気を保てんかったわ。そもそも爺ちゃんはな、服が汚れる仕事が大嫌いなんだよ」 そう言う割には、口元からコーヒーが数滴こぼれて上着に染みを作っている。 「あはは、それでここの農家も()がずに都会に逃げて大学に立て()もったんだっけ?」 と、雛維(ヒナイ)がポケットからウェットティッシュを取り出して老人の口元を(ぬぐ)うと、老人は年寄り扱いするなとでもいうように、首を振ってウェットティッシュを奪い取り、自らの手で胸元を(こす)った。 「大学なぁ……。こんな田んぼと畑以外に何も無いド田舎から、独学だけで都会の大学に現役入学したってんで、親父も少しは周りに鼻が高かったろうに、結局学問ってもんには一つの理解も示さんで、最後の最後まで折り合いがつかんまま……」 「あ、爺ちゃん、そろそろ時間じゃないの?」 老人の昔話が始まったのを、雛維(ヒナイ)がスマホの画面を示して止めた。
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