そそっかしい月の使者

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そそっかしい月の使者

     それは、私が十五歳を迎える日の出来事だった。  せっかくの一人娘の誕生日だというのに、よりにもよって両親は二人とも出張で不在。でも親友の智子がケーキ持参で遊びに来てくれる予定になっており、特に寂しさは感じていなかった。  だから夕方、ピンポーンとインターホンが鳴った時は、その智子が来たと思ったのだ。それでウキウキしながらドアを開けたのだが……。 「あの……。どちら様でしょうか?」  私は怪訝な顔で尋ねてしまう。  玄関の前に立っていたのは智子ではなく、年老いた男性だった。  住宅街にある我が家を訪問するには場違いな、灰色の着物姿。頭にも、それっぽいのを被っている。確か、烏帽子というやつだ。  奇妙な老人は、私とは対照的に満面の笑みを浮かべて、仰々しく叫ぶのだった。 「おお、姫様! お迎えにあがりましたぞ!」 「……は?」  ぽかんとした私は、それだけ言うのが精一杯だった。  見知らぬ老人を前にして、間抜けな顔をさらしてしまう。  しかし彼は気にせず、言葉を続けていた。 「私は月よりの使者でございます。お父上お母上から聞いておられないでしょうか? 姫様は、お二人の本当のお子ではありません。裏山の竹林にて、一本の竹が光ったのを、お父上が見つけて……」 「何それ。竹取物語のパクリ?」  短くツッコミを入れてから、私は呆れ声で指摘する。 「確かに裏山には雑木林がありますが、あれはクヌギの木。竹林じゃありません」  小学生の頃、夏休みの自由研究で近所の植生について調べたから間違いない。この辺りに竹は一本も生えていなかった。 「……え?」  一言だけ呻いてから、老人は胸元に手を入れて、一冊の帳面を取り出す。ノートというより帳面という言葉が相応しい、まるで時代劇に出てきそうな装丁の冊子だった。  それをパラパラとめくって、何か確認した後、再び私に向かって尋ねる。 「あの……。あなた様は、茨木市にお住まいの中田恵理様ですよね?」  確かに私は、姓は中田で、名は恵理だ。ただし中田も恵理もありふれた名前であり、二つ合わせた『中田恵理』だって、日本には大勢いるだろう。  確か、有名人だけでも、同姓同名の『中田恵理』が三人くらい存在するはずだ。 「人違いです。あなたがお探しの『中田恵理』は別人です。それに……」  私は首を横に振りながら、 「……ここは関東の茨城県。大阪の茨木市じゃありませんから!」  と言って、ドアをピシャリと閉めるのだった。 (「そそっかしい月の使者」完)    
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