白馬に乗った王子様

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白馬に乗った王子様

     分厚い雲に覆われた薄暗い空の下。  いつものように弘子は、背中を丸めた姿勢で視線を落としながら、夕方の帰り道をトボトボと歩いていた。  ちょうど高校と自宅の中間地点にある交差点。その信号を渡り終えたところで、背後が騒がしいのを感じた。  人付き合いが苦手で、友人もほとんどいない弘子だが、人並みの好奇心は持っている。「何が起こったのだろう?」という野次馬根性で、後ろを振り返ろうとしたのだが……。 「やめた方がいい。それより、僕を見てくれ」  甘い声をかけられて、彼女の動きが止まった。  言われるがまま、振り向くのはやめて、代わりにゆっくりと顔を上げる。  そこにいたのは、ゆるいウェーブの金髪と青く輝く瞳が美しい、整った顔立ちの青年だった。青いジャケットと白いシャツを着ており、ジャケットには袖口などに金色の縁取り刺繍、シャツの首元にはヒラヒラした装飾が施されている。まるでアニメや漫画に出てくる、貴族や王族のような格好だった。 「……え? 王子様?」  弘子が思わず呟いたのも無理はない。  その金髪碧眼の男は、白い馬に乗っていたのだ! 歩道の真ん中で! 「安心してほしい。僕の姿は、君にしか見えていないから」  王子様然とした男が、馬に乗って住宅街に現れたら、普通ならば大騒ぎになるだろう。  しかし男が言うように、確かに周りの通行人は、誰も彼を気にしていなかった。むしろ周りの者たちは、弘子の背後の交差点に注意を向けているようだ。  弘子も先ほどまではそちらが気になっていたが、今やそんな気持ちは消えてしまった。それよりも、目の前の王子様に興味津々だ。 「あなたは、いったい……?」 「君を迎えに来たのだよ。さあ一緒に行こう、弘子さん」  見るからに王子様な男から、甘い声で名前を囁かれたのだ。まさに天にも昇る気持ちになってしまう。  弘子は幸せそうに、彼が差し伸べる手を握った。 「では、出発だ!」  彼と彼女を乗せた白馬が、ゆっくりと走り出す。  行き先はわからずとも、それでも弘子の心は満たされていた。  この時、弘子は気づいていなかった。  白馬の男だけでなく、既に彼女自身も周囲からは見えていないことに。  交差点を渡り切ったのは弘子そのものではなく、その魂だけだったということに。  死神には、決まった外見はない。亡くなった魂を安らかに導けるよう、それぞれの魂が望む姿となって、迎えに来るのだった。 (「白馬に乗った王子様」完)    
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