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本多悠里
「イジメって単純な二層構造じゃないからね。加害者と被害者の他にリングサイドで騒ぐ観衆がいて、その外側で見て見ぬふりをしている傍観者がいる。触らぬ神に祟りなしの大勢の人たちがね」
「でも、どうしてなんだろうね」
「原因?」首を傾けた僕の声に、コーヒーカップの手をとめた本多悠里は、上目遣いにちいさくうなづいた。
「リーダーだろうね。リーダーが思いやりがあって正義感が強かったら、そんなことは起こらないはずだよ。やれストレスだ、やれ自己防衛だ自尊感情の維持だのと、原因を求めることに意味はないと思う」
「リーダーがそうならイジメは起こらないの?」
「起こりにくいだろうね。ブラック企業ってあるだろ? あれがまさにそうさ。僕が知ってるちいさな会社の社長がいるんだ。
ひとりは背が高くてふっくらとしてて、笑顔が菩薩さまみたいなブラックな人。もうひとりは小柄でちょっといかつい顔をした、あたたかな組織を育てたおじさん。それはもう見事に、見た目と中身が真逆なんだから。類は友を呼ぶみたいなのもあるだろうけど、いかついおじさんの会社のひとたちはみんな屈託がない。
ブラックな人はにこやかだから、下に対する圧力は外からは見えにくい。だけど社員はご機嫌ばかりをうかがってる。突然怒り出すことがあるから、スイッチがわからなくて怯えてる。ブラック企業はおおむねトップがそうなんだよ」
「どうすればなくなる?」
「なくなりはしないさ」
僕の答えに、もう、と悠里は呆れた顔をした。もう少しマジメに考えろと言いたげに。
「ホントかわいそうだったんだから。おどおどとした彼女の顔が忘れられないの。思い出すたび胸が締め付けられるのよ」
「大人が見て見ぬふりをしたり、『いじめられる側も悪い』という対応が助長するんだね。これはイジメじゃない、自分は正しいという誤った認識を与えてしまう。自らを正当化してしまうんだ。だから免罪符を与えてはいけないんだ。
やるほうは相手が悪いと考えているし、遊びやおふざけだと感じてる。それはまぁ、罪悪感を希釈する言い逃れに使われたりするけど。どんな理由であれ、よくないことだと言い切らなければならない。これ読んでごらんよ。答えが書いてあるわけではないけど」
僕はテーブルに文庫本を置いた。
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