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フルーツサンドイッチ
最初の出来事は中一の夏休み前のことだった。約束したお店に最初に着いた人が四人分注文すること。残りが三つとか二つしかなかったら全部注文すること。その時はみんなで分けて食べよう。
早めに売り切れてしまう人気のフルーツサンドイッチらしく、早い者勝ちだということだった。それから封切りのアニメ映画を見よう。
中学に入って知りあったリーダー格の子は、見惚れるぐらいにきれいな帰国子女の子だった。家はたぶんお金持ち。
前日はあまり寝られなかった。せいいっぱいのおしゃれをして、お気に入りのミニショルダーを肩に、浮き立つ胸を押さえながら電車に乗った。
たどり着いたフルーツパーラーの前で尻込みしてしまった。こんな高級な店は来たことがない。サンプルケースを見て値段に驚いた。おずおずと店内に入り見渡した。一番乗りしたのは私だった。
「あの……四人です」親指を折った右手を示した。
メニュー全部が千円以上だった。フルーツ盛り合わせなんて四千円近い。ドリンクだって千円近いのだ。恥ずかしいけれど飲み物を頼まなければいいと思った。家でジュースを飲み過ぎた、そんな嘘も考えた。でなければ映画が見られない。席に座りをメニューを指差した。
一人前でもかなり量の多いフルーツサンドイッチが四皿テーブルに乗った。あまりの豪華さに目を見張り、指先を合わせた。
約束の時間が過ぎた。お店の人に断って外に出て電話をかけた。三人全員の電話がつながらなかった。みんな電車の中だろうか。電車に乗るからといっていちいち電源を切るだろうか。
席に戻りラノベの文庫本を広げたけれど内容など頭に入ってこなかった。
十時半じゃなくて、十一時の間違いだったろうか。だけどその時間も過ぎた。サンドイッチのパンが反り返り始めた。ひょっとして十一時半だったろうか。そしてありえない推測に背筋が凍った。
誰も来ないのでは──。
会計は全部で六千円近い。そんなお金なんて持ち合わせていない。映画の分も考えて財布に入っていたのは三千円。貯金をしていたからなんとかなったけど、月々のお小遣いより多い。どうしよう。そのことだけで頭がいっぱいになった。
「あの……」
女性の店員さんが声をかけてきた。ゆで卵のようにつるりとしたキレイな頬のひとだった。店員さんたちの視線が不思議そうなものから憐れみに変っていくのは気がついていた。
「包みましょうか?」サンドイッチのことだ。
「あ、はい。あの……」
「はい」
「友だちが来なくて、お金が足りないので家まで取りに行ってもいいですか。日にちを間違えたかも」
つけくわえたありえない言いわけに、こらえていた気持ちが押しつぶされそうになった。もしも帰っていいといわれても母になんと伝えればいい。この悲しい結末をどう説明すればいいのだ。引っ込んだ女性の店員さんが戻ってきた。
「いいそうです。ここに連絡先を書いてもらえますか? 心配しなくてもいいからね」
なんに対して心配しなくていいと言ったのか、そのときはわからなかった。
原因はリーダー格の女の子を怒らせてしまったからだった。だけど、地雷がどこにあったのかはいまだにわからない。
そしてそれは序章に過ぎなかった。
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