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「緑さん。今からでも遅くはない。六文を取り戻すべきだ。貴女は地獄がどんなに恐ろしい所かを知らんのだ」
六文太は、緑と共に高瀬船が乗り上げた川の瀬に腰掛けながらも、彼女を説得し続けた。
六文の銭を三途の川を渡る前に譲り渡すという、前代未聞の事態の前例に心当たりがなかった六文太は、緑が逝く事になる地獄がいずれかについて、確信が持てなかったが、それぞれの地獄について、どのような罰が与えられるのかを懇切丁寧に説明した。
それは、緑の揺るがない決意を覆して、彼女に、悪人たる珠子という子供から六文を取り返させる為の六文太なりの抗いからきたものであった。
「私は地獄なぞ、恐れてなどおりません。どうぞお構い無く」
「どうか思い直しておくれ。貴女は地獄に逝くべき人ではないのだ。それにきっと、妻ある夫と姦通していたという話にもなにか訳があったのであろう? でなければお釈迦様が慈悲を与える筈がないのだ」
緑は六文太のその言葉を訊くと、ほんの少し驚いた表情をしてみせたが、直ぐに鼻で嗤うと、口許に着物の袖を当てて呟いた。
「貴方は、私が善意から、あの人と恋仲になっていたとお思いなのですか?」
「その通りだ。一体何があったのだ。私に聞かせてはくれぬだろうか。貴女のような清らかなお人がそのような過ちを犯す筈が──」
「あっはっはっは!」緑はまたしても六文太の言葉を訊いて声をあげて笑い始めた。
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